(2)敵の刃
急いで駆け寄ったウィリルが、扉を開けた。扉の向こうでは、離宮の城門を守っていた衛兵の一人が、額に薄い汗を浮かべながら立っている。
きっと、知らせを受け取って、門から急いで走ってきたのだろう。
「どういうことです! 使者が賊に襲われたとは!?」
扉に手をかけたままのウィリルが、紫の瞳を大きく開いて、叫んだ衛兵を射殺しそうな勢いで見つめている。
普段にはないウィリルの様子に、扉の向こうにいた衛兵は一瞬驚いたようだったが、すぐに背筋を伸ばし直すと、敬礼をしながら叫んだ。
「はい! ただ今、ヘキーロ村の村長から早馬がまいりまして! それによると、一週間前に山中で賊に襲われて倒れていた旅人の意識が戻ったとのこと。そして、自分をロランド・クリストと名乗り、ウィリル長官に知らせてほしいと頼まれたと申しております!」
「やられた……」
思わず、ウィリルが額を押さえた。広い手に持ち上げられた薄茶色の髪が、ばらばらと見開かれた瞳の上に落ちてくる。
髪が乱れても、ウィリルは唇を噛んだままだ。
「ウィリル長官!」
だから、私も意味を呑みこんだ。
「使者が襲われたって、まさか王妃様方に!?」
「おそらくそうでしょう。ロランド・クリストは私が信頼していた男です。それ故、今回ギルドリッシュ陛下への手紙を託したのですが――」
――やられた!
きっと、この離宮に入っていた王妃側の間者か、もしくは離宮の出入りを見張っていた者に気づかれたのだろう。
だから、旅立ってしばらくして襲われた。私たちにわからないように、誰もいない山の中で――。
私も強く唇を噛んだ。握った手に爪が食い込んでくる感覚が生々しい。それなのに、瞼の裏にはオーレリアンの銀色の髪が、不敵な笑いと共に浮かび上がってくる。
「それでロランドの具合は?」
「はいっ! 村の医師の見立てでは、全身傷だらけで、瀕死に近い状態だったそうですが、意識が戻ったので、あとは静養をしていれば回復に向かうだろうということです!」
「わかりました。ありがとうございます」
必要なことだけを訊くと、バタンとウィリルは扉を閉めた。しかし、扉を背にして立ち尽くす顔は、ひどく険しい。
「ウィリル長官――」
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
側では、マリエルが心配そうな青い顔で立ち上がっている。
「襲ったのが王妃様側なら、私が託したギルドリッシュ陛下への手紙も読まれてしまったと考えたほうがよいでしょう」
「だったら!」
私は急いで、駆け寄った。
「すぐに次の使者を立てないと! こちらの手が読まれた以上、相手も同じことをしてくるでしょう!?」
「ええ、そうですね。すぐに次の使者を立てないといけません。けれど、ロランドは私が知っている中でも大変な武功者です。それより強く、かつ秘密を託せる者となると――」
「私が行きます!」
「アンジィ!?」
マリエルが、後ろで驚いたように叫んでいる。けれど、ここはやはり私が行くべきだろう。
「私なら、事情をよく知っています! マリエルの良いところも、毎日立派な女王になるために勉強していることも! それに、どんな相手が妨害に来たって、剣の腕なら簡単には負けません!」
「だめよ、アンジィ! 危ないわ!」
後ろからマリエルが、必死に止めようとしている。気持ちはわかるが、ここはやはり私の出番だろう。それに私はマリエルを女王として守ると決めた。それならば、これは騎士としての私の仕事だ。
「それは、確かにアンジィリーナなら信頼できる存在ですが……」
呟きながら、横で取り縋るマリエルの様子に、ウィリルが悩むように首を傾げている。
その時だった。
急に、後ろでかたんとなにかが落ちる音がする。
振り返ると、ミーティが蒼白な顔で、口を押さえているではないか。ピンク色の唇の間からこぼれているのは、真っ赤な鮮血だ。
「う……」
「ミーティ!?」
その姿にはっとした。床に膝を突いたミーティの側に落ちているのは、銀食器とさっきまで毒見をしていた生チョコの塊だ。
そのフォークで切り取られた焦げ茶色の断面に、一緒に埋められているもう一つの素材が見える。
あの花形はクッキーの生地?
どうして、生チョコの中に、隠すようにクッキーを入れて――。
疑問に思う間にも、口を押さえたミーティは、指の間から血を溢れさせると、苦しそうに顔を歪めている。
生々しくミーティの口から溢れ落ちてくる鮮血と、変色せずに転がった銀食器。そして、床に転がった生チョコのお菓子に、不自然に埋め込まれていたクッキーの欠片を見つめ、やっと怒りと共に私の脳裏には一つの言葉が浮かび上がってきた。
――まさか、そのクッキーにノヨドルの毒が……!
あいつら、どうしてもマリエルを亡き者にする気か!




