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(2)あの夜の女性は

 扉から入る朝日以外の光源がない武器庫の中で、レオスはじっと私を見つめ続けている。


 息が詰まるような沈黙だ。


 それなのに、目の前に座って私を見つめ続ける藍色の眼差しは、視線を逸らすことさえ許さない。


 どうする!?


 どう考えても、まずいって!


 だから、引き攣りながら笑顔を浮かべた。


「へええー……。暗かったんだろう? 多分、それでそう見えたんだって」


「そんなことはない! 確かに、この世にあんなに綺麗な人がいるのかと息を呑むほどだったが、目や鼻の形が君にそっくりだった!」


 よくあのラインやシャドウで盛りまくった顔で、そこまで判別したな!


 素直にその眼力には感嘆してやるが、本当にいらん能力に恵まれた奴! その力をすべて筋肉に回せれば、本人のコンプレックスは解消されるし、私も平穏な生活を送れて言うことなしだったのに。本当に人生って思いどおりにいかないものだな!


 でも、レオスが怒ったおかげで、身じろぎもさせなかった視線には少し隙ができた。


「世の中には三人は似た人がいると言うしな。暗がりで少し似ていると感じたから、無意識に私と面影を重ねたんだろう」


 明るく誤魔化し、この隙にと素早く顔を逸らすと、レオスの前から立ち上がる。


 そして、壁に並べられている磨かれた槍を五本ほど抱え持った。


「じゃあ、私、これをその西の勤務所に運んでくるから――」


 離宮の防備を司る騎士の勤務所は、南北と西にそれぞれ一つずつあり、東の騎士棟とあわせて有事の際の連絡や、必要な武器の置き場所にもなっている。


 だから私は磨かれた槍を抱えると、そこに届けるふりをして、急いでここから離れようとした。


「待て」


 しかし、扉を出ても慌ててレオスが追いかけてくる。その手には、同じように何本かの槍が抱えられているではないか。


 しつこいな!


 振り切るように、騎士棟から庭の小道に飛び出したが、まだ後ろを追ってくる。


 近づいてくる気配に振り返れば、不審がられないように木々の間に続く道を早足でしか歩けない私に対して、レオスは槍を束で抱えたまま堂々と走ってくるではないか。


 くそっ!


 同じくらいの重さを抱えているのに、思った以上に足が速い。


 やはり、男の筋肉がこんな時には有利に働いているのだろうか。これからは隠れマッチョと呼んでやろうか。


「どこまでついてくる気だ!」


「まだ話は終わっていないだろう!?」


「しつこい!」


 苛々も募って、横に並ぼうとしてくる姿を思い切り睨みつけた。


「だいたい、お前、顔、顔って――――顔なんて、気にしないんじゃなかったのか!?」


 自分のこともあって、てっきり美醜に無頓着なんだと思っていた。というよりも、これだけ綺麗な自分の顔を嫌いな時点で、美人が嫌いなんだと思っていたのに違うのかよ!?


 けれど、これは思ったよりも効いたらしい。


 苛立った口調のまま吐き捨てるかのように言うと、明らかにレオスの表情が強張った。


 そして、かなりためらうような仕草を見せる。


「すまない……。顔のことを言われるのが嫌いな君に、さっきから女みたいだなんて――」


 うん? そこは、別に怒っていないんだけどな?


 なにしろ、私が女に見えるのは当たり前だし、間違いなく昨日の本人なんだから。


「すまない。君が女みたいだと言っているわけじゃないんだ」


 いや、そこを謝られても。かえって複雑な気分にしかならないんだが。


「ただ、どうしても昨日、俺を助けてくれた彼女が忘れられなくて……。手がかりが、君に似ているということしかないから、ひょっとしたらなにか知っているんじゃないかと思って……」


 うわあ、泣きそうな顔をしているなあ。うん、きっと職務熱心なレオスにしたら、この離宮で暴漢に襲われていたのが、騎士として気になるのだろう。だから、彼女に事情を訊いて守りたいのだろうが――。


「あー……、そうは言ってもなあ……」


 私だから安心してというわけにもいかないし。ただ、目の前で、まるで叱られた犬のようにしょんぼりとしているこいつを見ていると、なんとかしてやりたくなるのだけれど。


 うーん、困った。


 白状すれば、確実に変態の罵倒を浴びるだろうしな。今、これだけ心配させた分、普段の倍になって怒られる未来しか見えない。


 悩んでいると、その時、梢の向こうから華やかな笑い声が聞こえてきた。


「姫様、そこの枝に気をつけられませんと。三十度の角度で裾のレースに引っかかってしまいますわよ」


 低い生垣の向こうを覗き見ると、冬薔薇の中を歩いているマリエルに声をかけているのは、栗色の短い髪を揺らしたミーティだ。


「新しく届いた御衣装がお揃いですから、嬉しくて早く着てみられたかったのですよね。本当に高貴な芸術のようにお美しいお姿ですわ」


 早朝の庭をゆっくりと、薔薇を眺めながら歩いているマリエルの姿は、昨日私が着ていたのと同じ青いドレスだ。顔も昨日の私と同じように化粧を施され、長い豪華な首飾りをかけた姿は、まさに女王様としか見えない。


「あれは――――」


 けれど、生垣の向こうを見つめるレオスの視線は、突然現われた姿に釘付けとなった。


「うん? マリエル姫だな」


「なんか、君に似ていないか!?」


 驚いたように、レオスが私とマリエルとを見比べている。その話し声が聞こえたのか、マリエルが振り返ると、庭の向こうから私に笑いながら手を振ってきた。


 それに軽く振り返す。


「知り合いか!?」


「あー……親類なんだ。だから、しばらくここに勤めてみないかと言われて」


 こう言っておけば、これ以上は追求してこないだろう。


「そうか、あれがマリエル姫……。あの人は、姫だったのか……」


 うん? ひょっとして、こいつあの夜の私のことをマリエルだと勘違いした?


 それなら、疑いがなくなって好都合だ。


 感謝。マリエル。


 遠くのマリエルの姿に、心の中で小さく手を合わせる。それなのに、見つめているレオスの視線に、なぜかきゅっと胸が締まった。


 あれ? なんだろう?


 初めての奇妙な感覚にこっそりと胸を押さえた私の隣で、レオスは笑いながら庭を歩いていくマリエルの姿を、いつまでも見つめ続けていた。



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