第十話 ごみ収集者
夜の商店街はしんと静まり返り、
街灯の下を落ち葉がころころと転がっていく。
ミルは棚の上で尻尾をゆっくり揺らしながら、
風の流れをじっと見つめていた。
扉が小さくきしみ、
スーツ姿の男性が疲れた足取りで入ってきた。
ネクタイは少し曲がり、目の下には深い影。
「……すみません。少しだけ、いいですか。」
その声には、今日一日の重みが沈んでいた。
ミルはカウンターへ降りて、
椅子を前足でぽん、と押した。
「すわるにゃ。心の荷物を下ろすにゃ。」
男性は腰を下ろすと、深い息を吐いた。
「上司に……毎日のように八つ当たりされて。
ミスもしてないのに怒鳴られたり、
機嫌が悪いときは僕に全部ぶつけてきたり……
なんで僕ばっかりって思うんです。
でも反論すればもっと険悪になるし……。」
ミルは静かに近寄り、男性の手の甲をぽふ、と触れた。
「にんげんの心はにゃ、ごみ収集車と同じにゃ。
不満や怒りがたまって満タンににゃれば
どこかに“捨てる場所”を探すにゃ。」
男性は目を見開く。
「……じゃあ、僕は捨て場所にされてるってことですか?」
ミルはこくりと小さくうなずいた。
「そういう人はにゃ、
自分の心のごみを誰かに投げて軽くなろうとするにゃ。
でもにゃ、
そのごみを受け取る義務はどこにもないにゃ。」
男性の肩が、ほんの少し下がった。
「……受け止めなくていいんですか。」
ミルは尾をふわりと揺らした。
「そんなごみを投げてくる人を、
相手にする必要はないにゃ。
相手にするなら、
自分を尊重してくれる人のほうにゃ。」
男性の表情が少しやわらぐ。
「……たしかに、周りには優しい同僚もいるんです。
でも上司ばかり気にしてしまって……。」
ミルはゆっくり近づき、
男性の腕に前足をそっと乗せた。
「心のごみをまき散らす人と
同じ土俵に立たにゃくていい。
こっちは余裕の笑顔で
その人の幸せをそっと願っとけばいいにゃ。
距離を置くのは“逃げ”じゃなくて、
自分を守るためのブレーキにゃ。」
男性は肩の力をゆっくり抜き、
深く、ゆっくり息を吐いた。
「……なんだか、気持ちが楽になりました。
全てを受け取る必要なんて、なかったんですね。」
ミルは満足げに喉を鳴らし、
カウンターの奥から 魚型クッキーをころん、と押し出した。
甘い香りが、男性の緊張をゆっくり溶かしていく。
〈自分を大切にするにゃ。
足音が軽くなるほうへ進み続けるにゃ〉
男性が扉を開けると、
夜風がさっきよりやさしく感じられた。
ミルは棚の上に戻り、
ひげをふわりと揺らしてから目を閉じた。
まるで「荷物は置いていっていいにゃ」と
静かな夜へ合図を送るように。




