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1章6節「才の光と、嫉妬の影」

四日目の朝も、明はガルドと共に森へ入った。


昨日、あれほど不慣れだった森の中での立ち振る舞いは、驚くべき速さで明の身体に馴染んでいった。

ガルドが長年の経験で培ってきたであろう、風を読む技術や、獣の気配を消す歩法。

それらを、明は一度見ただけで、まるで自身の知識であったかのように再現してみせる。


「……アキラさんよ、あんた、本当に狩りは初めてなのか?」


昼餉の干し肉を齧りながら、ガルドが半ば呆れたように尋ねた。


「ああ。昨日が初めてだ」

「嘘だろ……。俺がこれを覚えるのに、どれだけかかったと思ってやがる」


ガルドはそう言って頭を掻いたが、その表情に嫉妬の色はない。

むしろ、未知の才能を目の当たりにした職人のような、純粋な驚きと、ほんの少しの楽しそうな色が浮かんでいた。


その日の狩りでも、明の異常性は際立った。


この森に棲むホロホロ鳥は、野鳩より一回り大きいだけの地味な鳥だが、その動きは矢のように速く、ベテランのガルドですら仕留めるのに苦労する獲物だった。


しかし、明は木々の間を縫うように飛ぶその鳥を、まるで動きを先読みしているかのように、いとも容易く射落としてみせる。

それは経験からくる技術ではなく、純粋に、人間の動体視力を超えた何かによるものだと、ガルドには分かった。


そして五日目の夕刻。


その日の成果は、ガルドが仕留めたホロホロ鳥が一羽と野兎が一匹、そして明が仕留めたホロホロ鳥が一羽。

二人合わせて三匹という、村にとっては十分すぎる成果を上げて、彼らは帰路についていた。


「村長には、俺から話しておく」


森を抜ける直前、ガルドが唐突に切り出した。


「明日からは、別々の猟場で狩りをしよう。これだけの腕があれば、もう俺がついてる必要もねえ。

それに、同じ場所ばかりで狩りをしちゃあ、獲物が根こそぎいなくなっちまう」


「……いいのか?」

「ああ。それに、あんたなら心配いらねえ」


ガルドは、明の腰に下げられた剣にちらりと視線をやった。


「万が一、森で面倒な奴らに出くわしたとしても、あんたなら問題なく追い払えるだろうからな」


その夜、ガルドは言葉通り村長の家を訪れ、明の異常なまでの狩りの才能と、明日からの独立した狩猟について報告した。


モンスターと出くわしても不安はない、というガルドのお墨付きは、村長の心を期待で満たした。


あのアキラという男は、この人手不足の村にとって、まさに宝だ。

彼の力があれば、食糧事情が豊かになるだけでなく、いざという時の安心にも繋がる。

貴重な働き手だ、上手く村に馴染んでくれると良いが、と。


その頃、明は夕暮れのウンドレダル村をあてどなく歩いていた。


この数日間で、村の風景もずいぶんと見慣れたものになった。

すれ違う村人たちも、もはや初日のような警戒心に満ちた視線を向けてくることはない。


「アキラ様、今日の獲物も見事でしたな」

「うちの子供が、いつも感謝しております」


はにかみながら声をかけてくれる者も増えた。


明は、その一つひとつに、ぎこちなくも応える。

灰色の日常では決して得られなかった、他者からの純粋な感謝の言葉。

それが、彼の荒んだ心を少しずつ解きほぐしていくのを感じていた。


村の中央にある井戸の近くで、見慣れた人影を見つけた。

エルだった。


彼女はまだ松葉杖を手放せないでいたが、それでもゆっくりと、自分の足で歩く練習をしているようだった。


「よう。足の具合は、もういいのか?」

「アキラ様! ……はい、村長さんのおかげで、もうほとんど痛みはありません。でも、まだ少し怖いんです」


エルはそう言って、悪戯っぽく笑った。

明に気づくと、彼女は自然な仕草で距離を詰め、手を伸ばせば触れられるほどの位置に立つ。


「あの、この前の猪、とっても美味しかったです。村のみんなで分けても、たくさん食べられて……本当に、ありがとうございました」


エルは、潤んだ瞳でじっと明を見つめると、感謝を強調するように、彼の腕にそっと手を触れた。


その一瞬の、柔らかな感触に、明は少しだけ気まずさを覚え、視線を逸らす。


「……じゃあ、俺はこれで」

「あっ、はい! また……!」


エルに背を向け、歩き出した直後だった。


前方から、青年が一人、仁王立ちで道を塞いでいた。

カインだ。


その顔には、隠しようもない敵意と嫉妬が煮え滾っている。


(……また、あいつか)


面倒だな、と明は思った。

だが、カインは意を決したように、ずかずかと明の前まで歩み寄ってきた。


「おい、アンタ」


その声は、怒りを抑えようとして、わずかに震えている。


「エルに馴れ馴れしくするな。いくら命の恩人だからって、調子に乗るんじゃねえぞ。

エルは……エルは、俺の彼女なんだからな!」


子供じみた、あまりに真っ直ぐな独占欲。


精神年齢が四十路に差し掛かろうとしている明にとって、それはどこか微笑ましくさえあった。


灰色の日常ではとうに忘れてしまった、青臭い感情。青春、というやつだろうか。


明は何も答えなかった。

返す言葉が見つからなかった、という方が正しい。


そんな明の沈黙を、カインは肯定と受け取ったのか、あるいは無視されたと怒りを増したのか、苦々しい顔で「ちっ」と舌打ちをすると、踵を返して去っていった。


その夜、明は割り当てられた空き家で、一人、譲り受けた弓の手入れをしていた。


ガルドに教わった通り、弦の傷みを確かめ、矢羽の乱れを直す。


この三日間で、獲物の解体も、見様見真似で何とかこなせるようにはなっていた。


明日からは、一人でこの広大な森に入る。

だが、不思議と不安はなかった。


むしろ、彼の心を占めていたのは、未知への挑戦に対する、静かな高揚感だった。

元の世界では決して味わうことのできなかった、自分の力だけで明日を切り拓いていくという、確かな手応え。


(悪くない……)


そう思った瞬間、脳裏に妻と息子の顔が浮かび、すぐに掻き消えた。


明は、自嘲するように小さく息を吐くと、黙々と道具の手入れを続けた。


そうして、ウンドレダル村の夜は、静かに更けていった。



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