4章11節「勝利の夜に残されたもの」
仕事の関係で投稿に間が空きまして申し訳ありません。
その夜、キャンプの中心で、盛大な宴会が開かれた。
先の襲撃作戦の成功を祝し、黒鉄砦の司令部から、報奨金と共に大量の酒樽が届けられたのだ。
串刺しにされた肉の塊が焚き火の上でじゅうじゅうと音を立て、男たちはそれをナイフで削ぎ落としては、貪るように食らう。
酒は、樽から直接、湯水のように酌み交わされた。
宴がたけなわになった頃、団長であるサムが、巨大なエールの杯を片手に立ち上がった。
「野郎ども、静かにしろ! 今夜は、俺たちの勝利と、そして、死んでいった仲間たちに捧げる宴だ! だが、その前に、一人の男の功績を讃えなきゃならねえ」
サムの、酔ってはいるが力強い声が、キャンプ中に響き渡る。
全ての視線が、輪の中心へと向けられた。
「ビョルン! 前へ出ろ!」
サムに促され、ビョルンは戸惑いながらも立ち上がった。
「今回の作戦、こいつの働きは抜群だった。特に、先陣を切って敵陣を切り崩した、その勇気は見事という他ねえ。俺たちの最高の戦士だ! ビョルンに、乾杯!」
「「「おおおおおっ!」」」
地鳴りのような歓声と、無数の杯が掲げられる。
ビョルンは、戸惑いながらも、差し出される杯を次々と干していった。
サムから直接褒められたことで、彼の気分は、この傭兵団に来てから初めて、少しだけ高揚していた。
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その光景を、宴の輪の中で、熱い視線で見つめる者たちがいた。
男たちに酒を注ぎ、料理を運んでいた、団の未亡人たちだ。
彼女たちもまた、必死だった。
誰の庇護を受けるかによって、今後の自分と、残された家族の運命が決まる。
この北の辺境で、後ろ盾のない女子供が生きていくのが、どれほど過酷なことか。
そして今、彼女たちの目の前に、最高の獲物が現れた。
圧倒的な実力、団長からの厚い信頼、そして、まだ誰のものでもない、孤独な男。
ビョルンは、彼女たちにとって、何としても手に入れなければならない、最優良物件だった。
戦いが、始まった。
それは、剣も槍も使わない、しかし男たちの戦いよりも、遥かに熾烈で、静かな戦いだった。
「ビョルンさん、今回の戦い、すごかったんだってねえ。さ、あたしの酌も受けておくれよ」
最初に動いたのは、熟れた果実のような色香を漂わせる、一人の寡婦だった。
彼女は、ごく自然な仕草でビョルンの隣に腰を下ろすと、その豊満な胸を彼の腕に押し付けるようにして、酒を注いでくる。
「あらあら、お肉が足りていないじゃない。これをお食べなさいな」
すかさず、別の女が、焼きたての肉の塊を串に刺したまま、ビョルンの前に割り込んでくる。
酔った振りをして、その身体をしなだれかからせる者。
かいがいしく、彼の空になった杯を満たしようとする者。
ビョルンの周りは、いつの間にか、甘い香りと、柔らかな肌の熱気で満たされていた。
その光景を、古参の団員たちは、ニヤニヤと楽しそうに見つめていた。
いつもなら、早々にこの場を引き上げるビョルンだったが、その夜は違った。
サムに褒められたことで機嫌が良く、何より、彼の精神はもはや酔うことがない。
彼は、差し出される杯を、拒むことなく、次々と干していった。
だが、女たちもまた、引く気はなかった。
ビョルンの隣の席は、いつの間にか、熾烈な奪い合いの場と化していた。
一人が酌をすれば、もう一人が肉を差し出し、その隙に別の女が、酔った振りをしてその身体をビョルンの背中に預ける。
「……普通の酒じゃ、ダメみたいだねえ」
やがて、一人の女がそう言うと、彼女たちは示し合わせたように、それぞれのテントから、とっておきのブツを取り出してきた。
ドワーフの国から仕入れたという、秘蔵の火酒。
その、ずっしりとしたボトル。
「さあ、ビョルンさん。これを飲んで、もっと楽しもうじゃないか」
その、琥珀色に輝く液体は、蓋を開けただけで、鼻を焼くような強烈なアルコールの匂いを放った。
「おいおい、そいつはまずいんじゃねえか」
近くで見ていた古参兵の一人が、面白そうに茶々を入れる。
「男でも、一杯で潰れる奴がいるって代物だぜ」
その言葉は、むしろ女たちの闘志に火をつけた。
「あら、私たちのビョルンさんが、そんな安酒で潰れるわけないじゃないか」
「そうよそうよ!」
女たちは、口々にビョルンを煽り、小さな杯に火酒をなみなみと注いで、彼の口元へと運んでくる。
ビョルンの精神は酔わない。
だが、アルコールは、確かに彼の体内に蓄積されていく。
火酒を数杯煽った頃には、さすがに彼の身体も、その毒素に悲鳴を上げ始めていた。
視界が、わずかに揺らぐ。
手足の先に、微かな痺れを感じる。
(……そろそろ、潮時か)
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
その足元は、自分でも分かるほどに、少しだけ怪しかった。
「あら、もうお帰りかい?」
「早いじゃないか、ビョルンさん」
女たちの、甘く、引き留めるような声が、背後から追いかけてくる。
彼は、それに答えず、ただ黙々と、自分の割り当てられたテントへと向かおうとした。
だが、その行く手を、三つの影が塞いだ。
いつの間にか彼の後をつけてきていた、三人の未亡人だった。
「まあ、そんなに急がないでおくれよ」
一人が、彼の腕に、自らの腕を絡ませる。
「外は冷えるじゃないか。私たちのところで、温まっていきなよ」
もう一人が、彼の背中に、その柔らかな胸を押し当ててきた。
「そうよ。あなたが、一人で寒い夜を過ごすなんて、可哀想じゃないか」
最後の女が、彼の目の前に回り込み、潤んだ瞳で、彼を見上げた。
半ば強引に、しかし拒むことのできない、巧みな誘い。
ビョルンは、もはや抵抗する気力もなかった。
彼は、ただ、なすがままに、近くにあった空きテントの中へと、その身体を引き寄せていった。
無人のテントに満ちていた、雪の夜の冷え切った空気は、今や薄暗く、獣の脂と安酒の匂いが混じり合った、むっとするような熱気に変わっていた。
ビョルンは、三人の女たちに囲まれ、なすがままになっていた。
抵抗する気力も、意味も、もはや彼にはなかった。
一人が、彼の汚れた服を、手慣れた様子で剥ぎ取っていく。
もう一人が、彼の背後に回り込み、その冷たい身体を、自らの肌で温めるように抱きしめた。
「あらあら、氷みたいに冷え切っているじゃないか」
「大丈夫だよ。すぐに、温めてあげるからね」
女たちの、甘く、しかしどこか有無を言わさぬ声が、彼の耳元で囁かれる。
彼は、ただ目を閉じ、これから訪れるであろう、感情の伴わない行為を、受け入れようとしていた。
だが。
一人の女の手が、彼の胸に、そして腹へと滑り、やがて、その下半身へと触れた、まさにその瞬間。
―――彼の頭の中で、全てが暗転した。
フラッシュバック。
血の海。汗と、媚薬の甘ったるい匂い。
自分のベッドの上で、親友の身体の下で、恍惚とした嬌声を上げていた、エルの姿。
俺がいるのに。俺が、目の前にいるのに。
その白い肌。その柔らかな胸。
そこに、俺の剣が、突き立てられていく。
ごぷり、と。
生々しい音と共に、肉を断ち、骨を砕く感触。
噴き出す、温かい血。
それでも、彼女の瞳は虚ろなまま、俺を見ようとはしない。
ただ、快楽の波の中で、喘ぎ続けている。
「……う、ぁああ……あああああっ!」
彼の身体が、痙攣したように硬直した。
心の奥底から、どうしようもない吐き気と、絶対的な絶望がこみ上げてくる。
彼の心と身体は、もはや、女性そのものを受け入れることを、完全に拒絶していた。
彼の男としての機能は、完全に、停止していた。
「……あら?」
女たちも、彼の異変に気づいたようだった。
「どうしたんだい、ビョルンさん。もしかして、緊張してるのかい?」
一人が、悪戯っぽく笑う。
だが、彼の顔から血の気が失せ、その身体が小刻みに震えているのを見ても、彼女たちの態度は変わらなかった。
「まあ、可愛い。あの戦場での姿が嘘のようだねえ」
「仕方ないさ。今日の英雄様は、戦でお疲れなんだよ」
彼女たちは、同情するのではなく、むしろその状況を面白がるかのように、さらに悪戯っぽく、そして執拗に、彼を責め立て始めた。
その声は、もはや獲物を狙う雌豹のものではなく、ただ、壊れた玩具で遊ぶ、残酷な子供たちのようだった。
彼は、絶望の中で、自らが負った傷の、本当の深さを、今更ながらに自覚していた。
それは、ただの記憶ではない。
彼の魂に、そして肉体にまで刻み込まれた、決して癒えることのない、呪いそのものだった。
彼の絶望を、女たちは気にも留めなかった。
いや、あるいは、気づいていたのかもしれない。
だが、彼女たちにとって、そんなことは些細な問題だった。
男が、戦場で心に傷を負うことなど、日常茶飯事。
彼女たちが知っているのは、ただ一つ。
男の身体は、女の身体でしか癒せないということ。
「……あらあら。本当に、疲れちまってるんだねえ」
一人が、まるで壊れ物を扱うかのように、彼の身体からそっと離れた。
だが、それは諦めたのではなかった。
「こういう時は、無理強いは禁物さ。あんたたちは、少し手荒すぎるんだよ」
彼女はそう言うと、他の二人を制し、自らがビョルンの前に座り直した。
この三人の中では一番年嵩で、そして最も経験豊富な女だった。
「……大丈夫だよ。何があったのかは知らないが、男ってのは、みんなどこかで何かを背負って生きてるもんさ。あんただけじゃない」
その声は、驚くほど優しかった。
彼女は、ビョルンを無理に立たせようとはしなかった。
ただ、その逞しい肩や背中を、ゆっくりと、丹念に揉みほぐし始めた。
それは、これまで彼が経験したことのない、愛情とも、情欲とも違う、ただ純粋な、肉体の癒やしだった。
「……戦で張った身体は、こうやってほぐしてやらないと、すぐに駄目になっちまう。あんたのその身体は、団の宝なんだ。大事にしなきゃならんよ」
彼女の巧みな指使いが、凝り固まった彼の筋肉を、少しずつ、少しずつ解き放っていく。
やがて、彼女の手は、背中から胸へ、そして腹へと滑るように移動していった。
それは、決して急かすことのない、どこまでも丁寧で、執拗な愛撫。
ビョルンの頭の中では、まだあの夜の悪夢が渦巻いていた。
だが、彼の身体は、正直だった。
心の傷とは裏腹に、その肉体は、女の巧みな手練手管に、少しずつ、しかし確実に、その熱を取り戻していく。
「……ほら、な。あんたは、まだ死んじゃいないさ」
女は、そう言って、妖艶に微笑んだ。
他の二人の女も、再び彼の身体に絡みついてくる。
そこからは、もはや彼の意思が介在する余地はなかった。
三人の女たちは、彼がこれまで知らなかった濃厚で、執拗な愛撫と性技で、その肉体だけを、快楽で満たしていった。
感情を伴わないまま、ビョルンは、半ば強制的に、何度も絶頂へと導かれた。
その行為は、彼が疲れ果て、意識を手放すまで、夜通し続いた。
そして、彼が次に目を覚ました時には、日はすでに高く昇っていた。
テントの中には、彼の他に誰の姿もなかった。
ただ、女たちの、むせ返るような匂いだけが、昨夜の出来事が夢ではなかったことを、雄弁に物語っていた。




