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3章17節「モルデの依頼と灰色の遺跡」


シルバー等級に昇格してから、一年が経とうとしていた。


パーティー「希望の園」の名は、王都の冒険者たちの間でも、確固たる地位を築いていた。

彼らは決して無謀な挑戦はしない。

しかし、一度受けた依頼は、いかなる困難があろうとも、必ず、そして完璧にやり遂げる。


その日も、一行はそうした指名依頼の一つ、王都近郊の森に出現したオーガの討伐を終え、ギルドへと帰還したところだった。


「よし、これで今月も目標達成だな! 今夜は美味い酒が飲めるぜ!」


グッズの陽気な声に、仲間たちが笑顔で応える。

もはや彼らの間には、駆け出しの頃のような緊張感はなく、熟練の職人集団のような、落ち着いた自信が漂っていた。


だが、受付で報酬を受け取った直後、彼らは一人の職員によって引き止められた。


「―――『希望の園』のみなさん、ギルド長がお呼びです。執務室へどうぞ」


 


王都冒険者ギルドの最奥、ギルド長の執務室。


そこに通された彼らを待っていたのは、ギルドマスターの、いつもより少しだけ真剣な顔だった。


「うむ、ご苦労だったな。お前たちに、一つ面白い依頼が来ている」


ギルドマスターは、机の上に広げられた地図を指差した。


示されたのは、王都から遥か西に位置する、険しい山岳地帯。


「学術都市モルデの調査団からだ。西の山中にある、未調査の古代遺跡に、ゴブリンの群れが住み着いてしまったらしい。その討伐を、ギルドに依頼してきた」


「ゴブリン、ですか。数は?」


グンターが、即座に問い返した。


ゴブリン一体一体は弱いが、その繁殖力と集団性は、常に警戒すべき脅威だ。

数を甘く見て、全滅したパーティーの話など、この世界では掃いて捨てるほどある。


「……それが、分からんのだ」


ギルドマスターは、苦々しい顔で続けた。


「先行した調査団の護衛では、遺跡の入り口付近までしか確認できず、奥にどれだけの数がいるか、皆目見当もつかんらしい。だからこそ、お前たちに白羽の矢が立った。腕が立ち、かつ慎重な仕事ができるパーティーが必要でな。それと、もう一つ」


彼は、依頼書に書かれた一文を指差した。


「調査対象である遺跡を、できるだけ損傷させないでほしい、と。モルデの学者先生方は、そういうことにうるさくてな。ただ強いだけの連中を送り込んで、遺跡を半壊させられては敵わん」


 


モルデ、そしてゴブリン。


その二つの言葉に、アキラたちは一瞬、クララの方を見た。

だが、彼女は特に気にする様子もなく、ただ冷静に、ギルドマスターの話に耳を傾けているだけだった。


「初めての遺跡依頼か。面白そうじゃないか」


グッズが、楽しそうに言う。

アキラもまた、未知の冒険への期待に、胸を高鳴らせていた。


「依頼を受けるか?」

「はい。ぜひ、やらせてください」


アキラが、リーダーとして即答した。


冒険者の仕事は、準備も大事だが、腰の軽さも同じくらい重要だ。

一行は、その日のうちに準備を終え、翌日の早朝には、王都の西門を後にした。


 


□■□■□■


 


七日間の旅は、比較的穏やかなものだった。


街道を外れ、山岳地帯へと近づくにつれて、風景はなだらかな平野から、険しい岩肌が剥き出しになった、荒涼としたものへと変わっていく。


やがて、一行の目の前に、山間の谷間にひっそりと佇む、小さな村が見えてきた。

今回の依頼の、前線基地となる場所だ。


村は、モルデから来たという調査団のメンバーたちで、少しだけ浮足立った空気に包まれていた。

一行は、調査団のリーダーだという、神経質そうな初老の学者に挨拶し、遺跡の状況について詳しい話を聞いた。


「……我々の護衛では、遺跡の入り口付近までしか確認できませんでした。奥にどれだけの数がいるか、皆目見当もつかんのです。ただ、奴らの行動が組織化されていないことから、ジェネラルのような上位個体はいないものと思われますが……」


学者が、眼鏡の奥から、値踏みするような目でアキラたちを見据えている、その時だった。


「……え、クララ?」


学者の背後から、一人の若い研究者が、信じられないといった顔で声を上げた。

三十代ほどの、人の良さそうな男だった。


「……レオ先輩?」


クララもまた、驚いたように目を見開いた。

彼女が、モルデの研究所にいた頃の先輩だった。


「君が、王都から来たというシルバー等級の……? 驚いたな。研究所にいた頃とは、まるで別人だ」


レオと呼ばれた男は、感慨深げに言った。


「あの頃は、いつも所長に無理を言われて、素材採集に駆り出されていただろう。不憫に思っていたんだが……まさか、こんなに立派な冒険者になっているとは。人生、何があるか分からないものだな」


「……色々、ありましたので」


クララは、昔を思い出したのか、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。

グッズとアキラは、そんな彼女の様子を、興味深げに眺めている。


 


「―――よろしいですかな」


リーダーである学者が、咳払いをして話を戻した。


「くれぐれも、遺跡は、なるべく傷つけぬよう。あれは、王国にとって、いや、人類にとっての、貴重な文化遺産なのですからな」


その、あまりに念の入った釘の刺し方に、グッズはやれやれといった顔で肩をすくめた。


 


翌朝、一行は、調査団に見送られながら、遺跡のある山へと足を踏み入れた。

ここから、さらに三日。険しい山道を登った先に、彼らの目的地はある。


アキラは、胸が高鳴るのを感じていた。

初めての、本格的な遺跡探索。


その期待と、ほんの少しの緊張感を胸に、彼は仲間たちと共に、山道へと足を踏み入れた。

 


□■□■□■


 

村を出発し、三日。


一行は、もはや道とは呼べない、険しい山道を登っていた。木々の間を縫うようにして続く、かすかな獣道。一歩足を踏み外せば、眼下の谷底へと転がり落ちてしまいそうな、危険な道のりだった。


「……はぁ……はぁ……。それにしても、モルデの学者先生方は、本当にここまで登ってこれるのかねえ」


先頭で藪をかき分けながら、グッズが軽口を叩く。その声にも、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。


「文句を言わない。もうすぐのはずですわ」


後方から、クララの冷静な声が飛ぶ。彼女は、村人から借り受けたという現地の地図を片手に、時折立ち止まっては、そこに書き込まれた道順と周囲の地形とを照らし合わせている。


やがて、一行の目の前に、木々が不自然に途切れた、小さな広場のような場所が現れた。

その中心に、それはあった。


苔むした石材が、巨大な骸のように折り重なっている。蔦や植物に覆われ、その大半が土に埋れてはいたが、かつてそこが人の手によって作られた壮麗な建造物であったことは、疑いようもなかった。


「……これが、灰色の遺跡」


アキラは、その静かな威容に、思わず息をのんだ。


「建築様式は、古王国時代初期のものに似ていますわね。でも、石材の加工技術が、少し違う……。興味深いですわ」


クララが、元研究者の目で、遺跡の外壁を観察しながら呟いた。


「―――静かに」


アキラの、鋭い囁き声が、一行の空気を引き締めた。彼は、遺跡の入り口らしき、黒く口を開けたアーチの両脇を指差す。そこには、二体のゴブリンが、粗末な槍を手に、退屈そうにあたりを見回していた。見張りだ。


「俺とグッズさんで行く」


アキラが言うと、グッズはにやりと笑って頷いた。二人は、音もなく左右に分かれると、まるで森に溶け込むかのように、それぞれの獲物へと近づいていく。そして、ほぼ同時に、二つの影が動いた。


アキラの剣が、一体のゴブリンの喉を深々と切り裂き、グッズのナイフが、もう一体の心臓を正確に貫く。二体のゴブリンは、声を発する間もなく、崩れ落ちた。


「よし、行くぞ。グンター、前だ。クララ、サイモンは俺たちの後ろに」


アキラの指示で、パーティーは慎重に遺跡の内部へと足を踏み入れた。


内部は、ひんやりとした、カビ臭い空気が漂っていた。壁には、かろうじて判別できるほどの、色褪せた壁画が描かれている。クララが興味深そうにそれに視線を送ったが、今はゆっくりと鑑賞している場合ではない。


一行は、できるだけ音を立てないように、暗い通路を奥へと進んでいく。


何度か、巡回しているゴブリンの小隊と遭遇したが、それらもアキラとグッズの連携によって、本格的な戦闘になる前に、静かに数を減らしていった。


やがて、一行は、これまでで最も大きな石の扉の前にたどり着いた。扉は半開きになっており、その隙間から、複数の松明の光と、何十ものゴブリンが立てる、不快なざわめきが漏れ聞こえてくる。


(……ここか)


アキラは、仲間たちと視線を交わし、無言で頷き合うと、扉の隙間から、内部の様子を窺った。


そこは、かつて儀式でも行われていたのであろう、天井の高い大広間だった。そして、その中央には、三十は下らないであろうゴブリンの群れが、火を囲んでひしめき合っていた。


「―――突入する!」


アキラの合図と共に、グンターが音もなく、しかし爆発的な速度で大広間へと突撃した。


「グガッ!?」


一番近くにいたゴブリンが、驚いてこちらを振り向く。だが、もう遅い。


グンターの盾が、その一体を弾き飛ばし、その背後から、アキラとグッズが、両側面から襲いかかった。後方からは、サイモンの支援魔法の光が、前衛の三人を包み込む。


乱戦。


アキラの剣が、銀の軌跡を描いてゴブリンの首を刎ね、グッズの長剣が、敵の陣形を巧みに切り崩していく。グンターは、パーティーの壁として、三体、四体のゴブリンの攻撃を、その巨盾で同時に受け止めていた。


後方からは、クララが援護の<<ファイヤーアロー>>を放っていた。遺跡を傷つけるなという依頼の条件から、単体攻撃魔法に限定しているが、その精度は確かだ。


彼女は、グンターの側面に回り込もうとする、一際俊敏なゴブリンに狙いを定める。


しかし、そのゴブリンは、獣のような勘で危険を察知したのか、矢が着弾する寸前に、床を転がるようにして回避した。


「ちっ!」


クララの舌打ちが響く。炎の矢は、ゴブリンがいた場所を通り過ぎ、その背後にあった暗い通路の奥へと消えていった。一瞬、通路の奥で何かが硬い石に当たって弾けるような甲高い音が響いたが、すぐに乱戦の喧騒にかき消された。そのゴブリンを、すぐさまアキラの剣が一閃のもとに切り伏せる。


戦闘の混乱の中、通路の奥で起きたその小さな出来事に、誰も注意を払う者はいなかった。


その時だった。


「ギガァーガガッ!」


広間の奥、一段高くなった祭壇の上から、甲高いゴブリンの叫びが響いた。次の瞬間、一本の火の矢が、グンターの盾を掠めて、背後の壁に着弾した。


「ゴブリン・メイジか!」


グッズが、忌々しげに吐き捨てる。


「クララ!」


アキラが叫ぶ。


「分かっていますわ!」


クララは、杖を構え、即座に応射の体勢に入った。


「―――<<ファイヤーアロー>>!」


彼女の杖から放たれた炎の矢は、寸分の狂いもなく、メイジが次の詠唱を始める、その一瞬の隙を捉えて、その肩を射抜いた。


メイジが、苦痛に詠唱を中断する。


その好機を、アキラとグッズが見逃すはずはなかった。


「グンター、道を開けろ!」


「応!」


グンターが、力任せに前方のゴブリンを薙ぎ払う。その一瞬の隙間を、アキラとグッズは、まるで弾丸のように駆け抜けた。


祭壇を守ろうとする数体のゴブリンの前に、アキラが立ちはだかる。彼の圧倒的な剣圧が、護衛たちの動きを完全に封じ込めた。


それが、グッズが必要としていた、ほんの一瞬の隙だった。


彼は、アキラの作り出した壁の横を、影のようにすり抜けると、無防備になったゴブリン・メイジの胸に、その長剣を深々と突き立てた。


リーダーを失ったゴブリンの群れは、もはや統率の取れた軍勢ではなかった。残ったゴブリンたちは、恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出そうとする。


「逃がすな!」


その残党を、パーティーは冷静に、しかし容赦なく、一体、また一体と、殲滅していった。


やがて、大広間には、静寂だけが残された。


床には、おびただしい数のゴブリンの亡骸が転がり、濃密な血の匂いが立ち込めている。


一行は、荒い息をつきながら、しばしその場に立ち尽くしていた。




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