3章14節「旅路にて示された力」
私の名はアントン。王都スタヴァンゲルに店を構え、十五人ほどの従業員を抱える、中規模の商人だ。
専門は、北方との交易。王都から十日ほどの距離にある、竜牙山脈の麓の交易都市ドランメンとの間を行き来し、彼の地でしか手に入らぬ鉱石やモンスターの素材を仕入れるのが、私の主な仕事だ。
それは、利幅も大きいが、危険も大きい。
秋も深まり、北の山々から吹き付ける風が日増しに冷たさを増すこの時期は、我々北方商人にとっては正念場だ。
冬が来る前に、最後の一仕事。王都の食料をドランメンへ運び、雪が街道を閉ざす前に王都へ戻る。
今年の北の道は、特に荒れていると噂だった。
グローマルク平野での小競り合いが激化し、食い詰めた傭兵が野盗と化しているのだという。
こういう時の護衛選びには、ことさら神経を使う。適当に選んで外れを引いた日には、荷も命も危うい。
護衛選びを失敗して、荷もろとも全滅したキャラバンを、私はこの目でいくつも見てきた。
そんな折、私の耳に、あるパーティーの噂が届いた。
「希望の園」。ヒュドラ討伐で名を上げた、銀等級の新人たち。
私は、ギルドで彼らの記録を調べさせ、一つの結論に至った。
銀等級。しかし、その実績は金等級にも匹敵する。
そして何より、まだ銀等級ゆえに、依頼料が比較的安い。
これほどの掘り出し物を、私のような商人が見逃す手はなかった。
そうして雇った彼らと共に、キャラバンは王都を出発した。
リーダーだというアキラという男は、口数は少ないが、常に周囲への警戒を怠らない。
その眼差しは、常に森の奥や、丘の稜線を鋭く観察している。
もう一人のグッズという男は、全く対照的だった。陽気な人柄で、私の連れてきた従業員たちや、他の旅人たちの輪にすぐ溶け込み、冗談を言っては笑いを取っている。
一見するとただのお調子者だが、その実、彼の存在がこのキャラバンの空気を和ませ、無用な諍いを防いでいることも、私には分かっていた。
旅も半ばを過ぎた頃、案の定、奴らは出た。
街道が、鬱蒼とした森に差し掛かった時だった。
道の両脇から、鬨の声と共に、十数名の男たちが躍り出てきた。
その統率の取れた動きと、使い古されているが質の良い武具。素人ではない。噂の、傭兵崩れの野盗団だ。
私の従業員たちが悲鳴を上げる。
だが、それより速く、「希望の園」は動いた。
「―――グンター、前!」
リーダーであるアキラの、短く、しかし鋭い声が響いた。
パーティーの盾役である青年が、雄叫びと共に野盗の群れへと突撃し、その進攻を正面から受け止める。
その分厚い盾は、まさに鉄壁だった。
そこへ、アキラとグッズが、両側面から襲いかかった。
彼らの戦い方は、無駄がなかった。
アキラの剣は、常に最短距離で野盗の急所を捉え、グッズは、仲間との連携を常に意識しながら、着実に敵の数を減らしていく。
後方からは、魔法使いの女が放つ酸の矢が、逃げようとする者の足を的確に射抜き、僧侶の青年が、味方に飛んでくる矢を聖なる障壁で弾き返している。
アキラとグッズの二人が前衛にいるという安心感からか、盾役の青年も、普段の実力以上の働きを見せているようだった。
野盗の一人が放った矢が、荷馬車の幌を掠めた。
その瞬間、アキラの動きが僅かに速くなったのを、私は見逃さなかった。
戦闘は、驚くほど短時間で終わった。
野盗たちは、自分たちが手を出した相手が悪かったと悟ったのだろう。
半数ほどの仲間を失ったところで、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
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その夜の野営地で、私は、パーティー「希望の園」の全員を、私の焚き火へと招いた。
礼を言うのは当然として、彼らを値踏みする良い機会でもあった。
「見事な腕前だった。おかげで、助かった」
労いの言葉と共に、とっておきのワインを振る舞う。
「いえ、仕事ですから」
アキラは、そう言って、静かに頭を下げた。
その所作には、そこらの冒険者にはない、落ち着きがあった。
貴族のような気取りはないが、確かな教養を感じさせる。
一体、どこで育った男なのだろうか。
一方のグッズは、私の従業員たちともすっかり打ち解け、酒を酌み交わしながら、馬鹿話で場を盛り上げている。
魔法使いのクララは、普段は冷静沈着といった風情だが、酒が入ると少しだけ口元が緩むようだった。
盾役のグンターは、寡黙だが実直。
僧侶のサイモンは、まだ若いが、芯の通った目をしている。
なかなかの逸材揃いだ。
その夜を境に、私は野営のたびに、彼らを自分のお茶に誘うようになった。
アキラは、驚くほど聞き上手だった。
私の、少しばかり自慢の混じった商売の話にも、真剣な顔で耳を傾け、的確な相槌を打ってくる。
グッズは、話題が豊富で、人を飽きさせない。
北方の鉱山の話から、王都の酒場の噂話まで、彼の話はいつだって、私の退屈な旅路を彩ってくれた。
彼らとの会話は、単なる気晴らし以上のものになっていた。
そうこうしているうちに、旅はあっという間に過ぎていった。
やがて、キャラバンの前方に、ドランメンの灰色の城壁が見えてきた頃、北の風は、すでに冬の匂いを運んでいた。
(……今回の護衛依頼は、当たりだったな)
私は、静かに満足していた。
王都に戻ってからも、彼らを贔屓にしよう。
私の商売にとって、彼らは良い取引相手になりそうだ。
私は、ドランメンでの仕事と、彼らとの帰りの旅路のことを、頭の中で算段し始めていた。




