3章10節「災害級魔獣ヒュドラ」
初の大物モンスターとの戦闘です。
戦闘ってむつかしいですよね。
頑張りましたのでよろしくお願いします。
その日、パーティー「希望の園」は、王都から往復で二日以上を要する村でのオーク討伐を終え、意気揚々とギルドへ帰還したばかりだった。
「よし、これで今月も目標達成だな! 今夜は美味い酒が飲めるぜ!」
グッズの陽気な声に、仲間たちが笑顔で応える。銀ランクに昇格してからの数週間は、順調そのものだった。
その、どこまでも続くと思われた日常は、受付で報酬を受け取った直後、一人の職員によって唐突に破られることになる。
「―――パーティー『希望の園』、ギルド長が至急お呼びだ」
その、ただ事ではない雰囲気に、アキラたちは顔を見合わせる。
王都冒険者ギルドの最奥、ギルド長の執務室。そこに通された彼らを待っていたのは、歴戦の古強者であるギルドマスターの、険しい顔だった。
「急な呼び出し、すまんな。実は、昨日、王国から緊急の討伐協力依頼がギルドにもたらされた」
ギルドマスターは、机の上に広げられた地図を指差した。
「南方の湿地帯に、災害級魔獣、ヒュドラが出現した」
ヒュドラ。その名を聞いた瞬間、グッズとクララの顔色が変わった。サイモンとグンターも、その名が意味するものを理解しているのか、息をのむ。アキラだけが、他の四人とは少し違う種類の衝撃を受けていた。
(ヒュドラ……だと? まじかよ、レイドボスじゃねえか)
元の世界で熱中したゲームの記憶が、鮮明に蘇る。首を斬れば増え、再生を止めるには炎か酸が必要な、厄介極まりないモンスター。それは、おとぎ話の怪物ではなく、具体的な攻略法を伴った、悪夢のような存在として彼の脳裏に浮かび上がった。
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「我々のギルドからは、すでに所属する最高戦力である白金ランクパーティー『白銀のグリフォン』と、腕利きの金ランクパーティー数組が、討伐本隊として現地へ向かっている。お前たちに頼みたいのは、その後発隊として編成された、聖職者の一団の護衛だ」
聖職者たちの聖なる力で、ヒュドラの再生能力や毒を弱体化させる。それが、王国とギルドが立てた作戦の要の一つらしかった。
ギルド長は、厳しい顔でアキラたちを見据えた。
「いいか、『希望の園』。お前たちが最近、調子がいいのは知っている。だが、少し腕に自信が出てきた頃が、一番危ない。逸って死んでしまっては元も子もない。今回の任務は、あくまで聖職者たちの護衛だ。決して、無理はするな」
翌日の早朝、一行は王都の南門で、護衛対象である聖職者の一団と合流した。
高位の司祭に率いられた、十数名の神官たち。彼らを護衛し、一行はハーマルからさらに南西へ、三日三晩、馬を飛ばして現地へと急行した。
到着した村は、もはや村としての機能を失っていた。
家々の扉は開け放たれ、村人たちの姿はない。代わりに、武装した兵士や、見慣れぬ紋章を掲げた冒険者たちが、慌ただしく行き交っている。
家々は、彼らの臨時の寝床や、物資の集積所と化していた。
村の中央広場には、王都から派遣された将軍と、白金ランクの冒険者によって、合同作戦本部が設置され、その空気は、アキラがかつて経験した、ウンドレダル村の絶望の日とは比較にならないほど、大規模で、そして組織化された緊張感に満ちていた。
「―――第一波は、失敗に終わった」
作戦本部で、将軍が苦々しい顔で告げた。
「白金の『グリフォン』は無事だったが、ゴールドの連中のうち、二つのパーティーが半壊。死者も出ている」
その言葉に、アキラたちは息をのんだ。金ランク。今の自分たちより、遥かに格上の実力者たち。その彼らが、命を落とした。
アキラたちが護衛してきた聖職者の一団が、作戦本部に合流する。
彼らの到着を待って、第二波攻撃の作戦が練り直されるようだった。
「『希望の園』は、兵士たちと共に、後方で待機。戦況を見守りつつ、ヒュドラの逃亡に備えよ」
将軍から下された命令は、アキラたちが主戦力ではないことを、明確に示していた。
一行は、村の外れにある広大な平地へと移動した。
そこから、遥か前方の湿地帯が、遮るものなく一望できる。
そして、アキラは、初めてそれを見た。
(……大きい)
遠目に見ても、その大きさは異常だった。沼の中心で、とぐろを巻くようにして鎮座する、巨大な影。そこから伸びる、大蛇のような首が、何本も、何本も、ゆらゆらと揺れている。
人が、到底敵う相手には見えなかった。
やがて、作戦開始の合図であろう、角笛の音が鳴り響いた。
まず動いたのは、聖職者たちだった。
彼らの一斉祈祷によって、ヒュドラを包むように、淡い光の檻が出現する。デバフ(弱体化魔法)だ。
それを合図に、後方に陣取っていた魔法使いたちが、一斉に攻撃魔法を放った。
色とりどりの光が、ヒュドラの巨体に着弾する。だが、そのいずれもが、分厚い皮膚に阻まれ、有効なダメージを与えているようには見えなかった。
「……火力が足りていませんわね」
クララが、冷静に分析する。
「あれでは鱗を貫く前に、熱が拡散してしまいますわ」
「行くぞ!」
強化魔法を受けたゴールドランクのパーティーが、鬨の声を上げて、一斉にヒュドラへと突撃する。
彼らの動きは、人間とは思えないほどに速く、力強い。
だが、ヒュドラは、そんな彼らをまるで虫けらのようにあしらった。
振り下ろされる首の一撃。それを避け損ねた一人の戦士が、叫び声を上げる間もなく、空の彼方へと吹き飛んでいく。
「……防げないな」
グンターが、顔を引きつらせて呟いた。
あの巨体と質量から繰り出される一撃は、彼の武技「不落要塞」ですら、受け止めきれるかどうか。
「人が、あんなに飛ぶなんて……」
サイモンの声が、震えている。
戦況は、混戦模様を呈していた。
戦士たちが果敢に切りかかり、その傷口を魔法使いたちが炎で焼く。
僧侶たちの回復魔法が、絶えず仲間たちへと降り注ぐ。
しかし、どう見ても、ヒュドラに押されていた。
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眼下で繰り広げられていたのは、もはや戦いですらなかった。
その最前線に立っているのは、王国最強と謳われる白金等級パーティー『白銀のグリフォン』だった。
彼らは確かに、金等級の猛者たちとは一線を画す動きでヒュドラの首と渡り合ってはいる。
だが、それも圧倒的な物量の前に、決定打を与えるには至らない。
他のパーティーは、ただその巨体に翻弄され、吹き飛ばされていくだけ。勝負にすらなっていなかった。
「……駄目だ。このままじゃ、全滅する」
グッズが、苦々しく吐き捨てる。
「俺たちが加勢したところで、どうなるもんでもなさそうだが……」
アキラも、その圧倒的な力の差を前に、言葉を失っていた。
だが、このまま、指をくわえて仲間たちの死を見ていることなど、彼にはできなかった。
「……それでも、行くしかないだろ」
アキラの静かな決意に、グッズはにやりと笑った。
「だよな。じゃあ、景気づけに、派手なやつを一発お見舞いしてやろうぜ。クララ!」
その声に、クララは待っていましたとばかりに杖を構えた。
彼女の瞳には、もはや恐怖の色はない。
ただ、目の前の巨大な敵に対する、研究者のような冷徹な好奇心と、魔法使いとしての純粋な闘志だけが燃えていた。
「―――サイモン! 私たちに強化を!」
サイモンの祈りに応え、アキラ、グッズ、グンターの三人の身体が、淡い光に包まれる。
「―――双つの炎よ、螺旋となりて敵を穿て! <<ツインマジック・ファイヤーボール>>!」
クララが習得したばかりの、二つの火球を同時に操る上位魔法。
二条の炎が、美しい螺旋を描きながら、ヒュドラの巨体に着弾し、爆ぜた。
その威力は、金等級の魔法使いたちのそれとは比較にならない。
ヒュドラは、初めて感じる明確な痛みに、甲高い咆哮を上げた。
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「―――行くぞ!」
その隙を、アキラたちは見逃さなかった。
強化魔法によって常人離れした速度を得た三人は、一直線にヒュドラへと肉薄する。
「俺が引きつける!」
グンターが、パーティーの壁としての役割を果たすべく、最も近くにあった首の前に立ちはだかった。
振り下ろされる、大木のような首。
「―――武技、『不落要塞』!」
凄まじい衝撃音と共に、グンターの身体が大地にめり込む。
彼はその一撃を正面から受け止めるのではなく、盾を巧みに滑らせて受け流した。
それでも、彼の巨体は数メートルも後方へと弾き飛ばされたが、倒れない。
その屈強な肉体と精神力で、怪物の猛攻を、確かに凌いでみせた。
「今だ!」
グッズの叫び声と同時に、アキラと彼は、グンターが引きつけている首の両側面へと回り込んだ。
アキラは、銀等級に昇格して新調したばかりの、身の丈ほどもあるバスターソードを握りしめていた。
彼は渾身の力を込めて、その刃を、ヒュドラの鱗が並ぶ首筋へと叩きつける。
ごっ、という鈍い音と共に、鱗が砕け、刃が肉を深々と切り裂いた。
緑色の体液が噴き出す。
その瞬間、アキラのすぐ目の前を、灼熱の塊が通り過ぎていった。
「うおっ!?」
クララの放ったファイヤーボールが、寸分の狂いもなく、アキラが作った傷口に着弾し、その内部を焼き尽くしたのだ。
(ヤベー……鼻が焼けるかと思った……!)
肌が焼けるほどの熱風に、アキラは一瞬怯んだ。
今日のクララさんは、いつも以上に容赦がない。
アキラは、恐怖を振り払うように、蠢く傷口に、さらに二度、三度と斬撃を叩き込んだ。
一度破壊された鱗は脆く、剣は面白いように肉を抉っていく。
そして、四度目の振り下ろし。
牛の胴体はあろうかという巨大な首が、ついに、その根本から断ち切られた。
その瞬間もまた、クララのファイヤーボールが、切り口を焼き尽くすために、アキラの頬を掠めて飛んでいった。
最初の首が、轟音と共に地面に落ちた。
その光景は、絶望に包まれていた戦場に、確かな変化をもたらした。
「……首が、落ちたぞ!」
「あの銀等級のパーティーだ!」
他の冒険者たちの士気が、爆発的に向上する。
それと呼応するように、これまで効果が薄いように見えた聖職者たちのデバフが、完全に効果を発揮し始めたのか、ヒュドラの傷の再生速度が、目に見えて弱まっていった。
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そこからは、まさに死闘だった。
勢いづいた冒険者たちと、首を失い怒り狂うヒュドラとの、一進一退の攻防が続く。
これまでも最前線を支えていた『白銀のグリフォン』が、さらに一歩踏み込み、攻撃の要となった。
彼らが一つの首を完全に引きつけることで、他の金等級のパーティーが連携し、別の首を集中攻撃する好機が生まれる。
ヒュドラも黙ってはいない。
残った首を鞭のようにしならせ、あるいは毒のブレスを吐き散らし、抵抗する冒険者たちを次々と薙ぎ払っていく。
それでも、一度見えた勝利への道筋を、彼らは手放さなかった。
一時間を超える戦いの末、冒険者たちの混成部隊は、ついにヒュドラの全ての首を落とし、その巨大な心臓を貫くことに成功した。
勝利の雄叫びが、湿地帯に響き渡る。
だが、その代償は、あまりにも大きかった。
生き残った冒険者のうち、立っていられる者は半分もおらず、その多くが、倒れた仲間たちの亡骸を前に、力なく座り込んでいた。
その中で、アキラたち「希望の園」の男衆は、沼地の泥と返り血にまみれて立っていた。
ただ一人、後方で魔法を放ち続けたクララだけが、疲労困憊の表情ながらも、その衣服を汚さずにいた。
やがて、作戦本部から、将軍と、『白銀のグリフォン』のリーダーが姿を現した。
彼らは、満身創痍の「希望の園」の前で足を止めると、将軍が、その厳粛な声で言った。
「……見事な働きだった、パーティー『希望の園』。膠着した戦況の中、貴殿らが最初の突破口を開いてくれたおかげで、この勝利がある。
銀等級でありながら、この戦いに参戦し、勝利のきっかけを作ったその勇気と実力は、最大の賛辞に値する」
そして、彼は懐から羊皮紙を取り出し、アキラに手渡した。
「これは、今回の貴殿らの功績を証明する、軍功書だ。ギルドへ提出すれば、相応の報奨金が支払われるだろう」
それは、彼らがこの過酷な戦いを生き延びた、確かな証となった。
感想・指摘などよろしくお願いいたします。




