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3章9節「銀貨の重み」


その夜、アキラは上機嫌だった。


ギルドでの祝杯の後だというのに、宿屋の扉を開けるなり、私を子供のように抱き上げて、くるくると回った。


「エル! やったぞ! 俺たち、(シルバー)等級になった!」


その、心からの喜びに満ちた声に、私の心も浮き立つ。


テーブルの上に、じゃらり、と重い音を立てて置かれた革袋。

中からこぼれ落ちたのは、これまで見たこともないほどの枚数の銀貨だった。


「すごいわ、アキラ! 本当に、おめでとう!」

「ああ。今回の報酬だ。銀貨四十枚。これだけあれば、しばらくは安心だろ?」


久しぶりに見る、まとまったお金。

そして何より、夫の誇らしげな笑顔。

私は、心からの喜びで胸がいっぱいになった。


 


その後の夕食の席で、アキラは今日の冒険の様子を、目を輝かせながら、面白おかしく話してくれた。


依頼内容より遥かに多いオークの群れ。

そこに、予期せず現れたオーガの大群。


「……それでな、グンターの奴が、オーガの一撃を盾で受け止めて、その隙に俺とグッズさんで……」


彼は、まるで武勇伝を語る吟遊詩人のように、身振り手振りを交えて戦いの様子を再現してみせる。


でも、彼の言葉が雄弁になればなるほど、私の心は逆に、冷たい不安に包まれていった。


(……オーガが、七体……?)


それは、(シルバー)等級のパーティーですら苦戦するという、あまりにも危険な敵。

一歩間違えれば、彼は、もうこの家には帰ってこなかったかもしれない。


「……本当に、怪我はなかったの?」


私の声が、少しだけ震えているのに、興奮している彼は気づかない。


「ああ、もちろんさ!」


アキラはそう言うと、椅子から立ち上がり、わざとらしく力こぶを作って、元気なポーズを決めてみせた。


その子供じみた仕草に、私は思わず笑ってしまい、そして、彼がここにいるという安堵感から、気づけば彼の胸に飛び込んでいた。


彼は、そんな私を優しく抱きしめると、そのまま軽々と抱き上げ、寝室へと向かった。


 


その夜、アキラは満足げな寝息を立てて、すぐに眠りに落ちてしまった。


私は、隣で眠る夫の穏やかな寝顔を、しばらく黙って見つめていた。


(……本当に、大丈夫だったのかしら)


アキラは、いつも大丈夫だと言う。

でも、今日の話は、これまでとは明らかに危険の度合いが違っていた。


確かめたい。

でも、彼にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。


気づけば、私は音を立てないようにそっとベッドを抜け出すと、マントを羽織り、夜の闇の中へと踏み出していた。


 


向かった先は、グッズさんが借りている、街の少し外れにあるアパートの一室だった。


「……よう、エル。どうしたんだ、こんな夜更けに。アキラは?」


グッズさんは、突然の来訪者に驚きながらも、私を部屋へと招き入れてくれた。


「……アキラは、疲れて、もう眠っています。あの、今日の戦いのこと、少しだけ、聞かせていただけませんか?」


私の真剣な表情に、彼も何かを察してくれたのだろう。

いつもの冗談めかした態度を消し、真摯な目で頷いてくれた。


「アキラから、話は聞きました。オーガが、七体もいたなんて……。本当に、危険な戦いだったのでは?」


グッズさんは、しばらく黙っていた。


そして、一度だけ、深く息を吐くと、重々しく口を開いた。


「……ああ。正直、アキラがいなかったら、やばかったかもしれねえな」


 


その、いつもはおちゃらけている彼が、初めて見せた真面目な顔と、偽りのない言葉。


それが、私の心に深く突き刺さった。


ああ、やっぱり。

彼は、本当に死ぬかもしれなかったんだ。


こらえていた恐怖と安堵で、身体が震える。

私は、気づけば、目の前にいる彼の胸に、すがるように抱きついていた。


 


家に戻る道すがら、私の腰は、かすかな悲鳴を上げていた。

さすがに、立て続けは少しだけ、きつかったかもしれない。


 


(シルバー)等級になってから、私たちの収入は、びっくりするくらい増えた。


アキラが持ち帰る報酬は、これまでの倍以上。


前回のような、命がけの戦いは滅多にないとグッズさんは慰めてくれたけれど、それでも、依頼の難易度が上がっているのは間違いなかった。


収入が増えれば増えるほど、彼が負う危険もまた、大きくなっていく。


そのどうしようもない事実に、私の心の不安が、完全に晴れることは、決してなかった。

少しでもいいなって思たら応援をよろしくお願いします。

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