3章7節「クララの憂鬱」
10/2 お昼前投稿をうっかりしてました。
鉄等級に昇格してからの日々は、驚くほど充実していた。
アキラは、心からの幸福を感じていた。
ギルドで受ける依頼は、銅等級の頃のような雑用ばかりではなく、討伐系の仕事も受けられるようになった。
それは、彼の心を躍らせるには十分だった。
そして何より、家に帰れば、妻であるエルが、心からの笑顔で「おかえりなさい」と迎えてくれる。
彼女が、パーティーの昇格を自分のことのように喜んでくれたあの日から、アキラの心は一点の曇りもなく晴れ渡っていた。
パーティー「希望の園」の連携も、日を追うごとに洗練されていった。
基本的な戦術は、盾役であるグンターが敵の攻撃を受け止め、アキラとグッズが両側面から攻撃を加える。
後方ではサイモンが支援と回復に徹し、万が一前衛を突破された場合に備えて、クララが魔法で迎撃するというものだった。
しかし、アキラとグッズの二人を抜けてくるようなモンスターなど、鉄ランクの依頼ではまず存在しなかった。
そこで、グッズはパーティーの戦い方を、よりグンターの育成に特化させるようになった。
「いいか、グンター。お前はまだ若い。経験が足りねえ」
依頼を終えた後の酒場で、グッズはいつもそう言って、盾役であるグンターに説いていた。
「だから、実戦で経験を積むしかねえ。次のオーク戦、お前は防御に徹しろ。俺とアキラは、お前が敵の攻撃を捌ききるギリギリまで手を出さねえ。サイモン、お前はグンターから絶対に目を離すなよ」
その訓練方針は、すぐにパーティーの基本となった。
サイモンの回復魔法があるという絶対的な信頼のもと、グンターは自らの限界に挑戦するように、敵の猛攻を一身に受け止める。
アキラとグッズは、その後方で、まるで猛獣使いのように、戦況が崩壊しないギリギリのラインを見極めてから、一気に介入する。
そのスリリングな戦い方は、アキラとグッズにとっても、新たな楽しみとなっていた。
グンターは日に日にたくましくなり、サイモンの回復魔法はより迅速になっていく。
アキラは、この頼もしい仲間たちと共に、自分たちの未来がどこまでも明るく続いていると信じていた。
そして、俺たちは見落としていたことがあった。
そう、重大なことを。
マグマは、ふつふつと噴火の時を迎えようとしていたのだ。
□■□■□■
その日、パーティーが受けたのは、比較的ありふれた依頼だった。
王都から半日ほどの距離にある酪農家が所有する、牧草地の外れにある古い掘立小屋に、ゴブリンが数匹住み着いてしまったらしい。
依頼主からは、「あの小屋はもうボロボロだから、壊してしまっても構わない」という許可も得ていた。
「ゴブリンか。まあ、楽な仕事だな」
グッズがそう言って笑う。
他のメンバーも、特に緊張した様子はない。
だが、その時、クララの表情が、ほんの少しだけ硬くなったことに、アキラは気づいていなかった。
現場に到着し、アキラが「よし、じゃあいつも通り、まずはグンターが前に……」と作戦を切り出そうとした、その瞬間だった。
「……ゴブリン」
クララが、普段の彼女からは想像もつかないほど、低く、押し殺したような声で呟いた。
次の瞬間、彼女は仲間たちが止める間もなく、一歩前に進み出ると、杖を強く握りしめ、憎悪に満ちた光で掘立小屋を射抜いていた。
「―――爆ぜよ、炎の塊! <<ファイヤーボール>>!」
仲間たちの驚愕を置き去りにして、詠唱が完了する。
一発目の火球が、轟音と共に掘立小屋の壁に突き刺さり、乾燥した木材を瞬く間に燃え上がらせた。
小屋の中から、ゴブリンたちの甲高い悲鳴が聞こえる。
だが、彼女は止まらなかった。
二発、三発、四発。
まるで何かに取り憑かれたかのように、彼女は杖を振り続けた。
もはや小屋全体が業火に包まれ、黒い煙を上げているにもかかわらず、彼女は燃え盛るその炎に向けて、さらにファイヤーボールを撃ち込み続けた。
そのたびに、炎はごうごうと音を立てて、さらに激しく燃え盛る。
どう考えても、過剰攻撃であった。
鉄ランクになってからというもの、討伐依頼では常に、アキラとグッズが敵を殲滅してしまい、彼女の出番はほとんどなかった。
うち漏らした敵を仕留めるための「最後の砦」。
しかし、このパーティーに、うち漏らしなどという事態は起こり得なかったのだ。
溜まりに溜まったそのストレスが、そして今回の討伐対象が、彼女が異常なまでの敵愾心を抱くゴブリンであったことが、最後の引き金となった。
やがて、彼女の魔力が尽きかけたのか、あるいは気が済んだのか。
ようやく魔法を撃ち終えたクララは、肩で大きく息をしながら、自らが作り出した、業火に包まれて崩れ落ちていく小屋を、恍惚とした表情で見つめていた。
そして、その顔に、満足げな、狂気じみた笑みを浮かべた。
「ふふ……ふふふ……あはははははは!」
その高らかな笑い声が、静まり返った牧草地に響き渡る。
アキラ、グッズ、グンター、サイモンの四人は、その光景に、ただ顔を引きつらせるしかなかった。
((((こえーよ……))))
四人の心は、完璧に一つになっていた。
その日の帰り道。
パーティーは、重い沈黙に包まれていた。
アキラも、グッズも、グンターも、そしてサイモンも。
口には出さなかったが、四人の心は、この日、完璧に一つになっていた。
―――たまには、クララさんにも、活躍の場を譲ってやらなければならない、と。




