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3章6節「癒えぬ不安」

その夜、帰ってきたアキラは上機嫌だった。

ギルドでの祝杯の後、宿屋に戻ってきた彼の足取りは少しだけおぼつかなかったけれど、その顔はこれまでにないほどの達成感と喜びに輝いていた。


「本当におめでとう、アキラ! (アイアン)等級なんて、すごいわ!」


私が心からの祝福を伝えると、彼は子供のようにはにかんで、その日の成果である銀貨の入った革袋を、誇らしげにテーブルの上に置いた。


「ああ。これも、みんなのおかげだ」


銀貨三十枚。

それは、これまでの雑用依頼とは比べ物にならない大金でした。


アキラは、その夜もすぐに満足げないびきをかき始め、あっという間に眠りに落ちていきました。


一人になった部屋で、私はテーブルの上に置かれた銀貨を、指でそっと数えました。


(……銀貨、三十枚)


三日間の、命がけの仕事の報酬。

一日あたり、銀貨十枚。


私たちの宿代と食費は、一日で銀貨十五枚。……足りていない。


私は、夫の輝かしい功績であるはずの銀貨を前に、背筋が冷たくなるのを感じていました。


 


□■□■□■


 


(アイアン)等級になってから、私たちの生活は少しだけ変わりました。


アキラが受けてくる依頼は、討伐の仕事が増え、それに伴い報酬も少しずつ上がっていきました。


パーティーの収入は、ようやく、私とアキラの一日の生活費と、ほぼ同じくらいの金額になったのです。


もう、村から持ってきたお金が日に日に減っていくのを、怯えながら数える必要はなくなりました。


でも、私の心から不安が消えることはありませんでした。

むしろ、不安の種類が、もっと深刻なものに変わっていったのです。


グッズさんによると、(アイアン)等級は冒険者の中で一番数が多く、討伐依頼も取り合いになるのだそうです。


そのため、討伐の仕事にあぶれた日は、以前と同じように、報酬の少ない雑用をこなさなくてはなりません。


そして何より、討伐の依頼が増えるということは、アキラが危険な目にあう機会が増えるということ。


彼が毎朝、剣を手に家を出ていくたびに、私の心臓はきゅっと締め付けられるようになりました。


(もし、アキラが大きな怪我をしたら……?)


そうなれば、収入は途絶える。

治療には、莫大なお金がかかるかもしれない。


万が一のことを考えて、少しでも貯金をしたい。

でも、今の収入では、日々の生活を維持するのが精一杯で、貯えなどできるはずもありませんでした。


以前のような、お金が底をつくかもしれないという焦燥感とは違う、もっとじわじわとした、漠然とした不安。


それが、常に私の心の奥底に、黒い影のように蟠っていました。


 


□■□■□■


 


そんな時、私の心の拠り所となってしまったのは、やはりグッズさんでした。


アキラが仲間たちとの戦いの疲れで、ぐっすりと寝静まった夜。

私は一人、彼の部屋を訪ねるようになっていました。


「……また、難しい顔しちまって。どうしたんだよ、エル」


彼は、いつだって優しいのです。


私が、アキラの身体の心配や、将来への漠然とした不安をとりとめもなく話しても、彼は決して笑ったり、馬鹿にしたりしません。


ただ、黙って、根気よく、私の話を聞いてくれるのです。


「……そっか。まあ、アキラは強いから大丈夫だとは思うが、あんたが心配する気持ちも、分かるぜ」


彼は、私の不安を、決して否定しない。

ただ、静かに寄り添ってくれる。


その優しさが、張り詰めていた私の心を、いつも解きほぐしてくれるのでした。


 


旅が終われば、あの夜のことも終わるのだと、そう思っていました。

あれは、旅の道中だけの、特別なことだったはずなのです。


でも、王都に来てからの、このどうしようもない不安。

それを唯一受け止めてくれる彼の存在。


気づけば、私たちは、またあの夜のように、互いの温もりを求めずにはいられなくなっていました。


それは、アキラを裏切っているという罪悪感とは、少し違う感情でした。


ただ、この厳しい世界で生きていくための、ほんの少しの慰め。


そう、自分に言い聞かせながら。



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