3章5節「希望の園、鉄等級へ」
銅等級の冒険者としての日々は、地味で、報われない仕事の連続だった。
薬草採集、荷物運び、貴族の庭掃除。
そんな雑用を、彼らは一ヶ月近く、黙々とこなし続けた。
銅等級とはそういうものだと、誰もが理解していたからだ。
彼らは、ただ真面目に、依頼の一つひとつをこなしていった。
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そんなある日の朝、ギルドの掲示板を眺めていた仲間たちから少し離れ、グッズが受付の女性と親しげに言葉を交わしていた。
やがて彼は、一枚の羊皮紙を手に、してやったりの顔で戻ってきた。
「おい、お前ら。いいの見つけたぜ」
彼が掲げた羊皮紙には、こう書かれていた。
『王都より一日ほどの距離にある農村にて、オークの目撃情報あり。討伐を求む』。
「オーク討伐……! でも、銅ランクでも受けられるのですか?」
サイモンが、信じられないといった顔で尋ねる。
「ああ。普通は鉄ランクからだが、珍しく俺たちにも解放されてる。俺がギルドのねーちゃんに、俺たちの真面目な仕事ぶりをアピールしといたおかげだな!」
グッズはそう言って胸を張った。
彼が足繁くギルドに通い、コネを作っていたおかげで、優先的に情報を回してもらえたのだろう。
「オーク……。ついに、まともな戦闘依頼ね」
クララの瞳に、好戦的な光が宿る。
アキラもまた、久しぶりの本格的な戦闘への期待に、胸を高鳴らせていた。
その日の昼前、パーティー「希望の園」は、意気揚々と王都の門を後にした。
王都から一日ほどの距離とはいえ、途中で夜を迎えることになる。
その夜の野営で、事件は起きた。
「クララさん……あの、お肉が……」
夕食の準備をしていたサイモンが、恐る恐るといった声で、火の番をしていたクララを指差した。
皆がそちらを見ると、串に刺さって焼かれていたはずの兎肉が、見事な炭の塊と化している。
その、あまりにも完璧な炭化具合を前に、パーティーは一瞬沈黙し――次の瞬間、大爆笑に包まれた。
「ははは! クララ、お前、魔法の才能を全部攻撃に振っちまったのか!」
グッズの言葉に、クララは顔を真っ赤にして俯いた。
この一件により、パーティー内では満場一致で「クララは料理担当から永久に外す」という、最初の、そして最も重要なルールが制定されることになった。
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翌日、一行は目的の農村に到着した。
依頼主である恰幅のいい牧場主は、深刻な顔で語った。
近くの森にオークが三匹ほど住み着き、すでに三頭もの牛が食い殺されたのだと。
「三匹か。よし、さっさと片付けるぞ」
森の中を進むと、すぐにオークたちの拠点が見つかった。
だが、そこにいたのは、三匹ではなかった。
牧場から盗んできたのであろう牛の亡骸を囲み、十匹ものオークが、貪るように肉を食らっていた。
「……十匹」
ギルドで聞いていた話より遥かに多いその数に、グンター、クララ、サイモンの三人は、ごくりと喉を鳴らした。
「……おいおい、話が違うじゃねえか」
グッズはそう悪態をつくと、小声で即席の作戦を練り始めた。
「いいか、奇襲をかける。サイモン、俺とアキラ、グンターに強化を。グンターは真正面から突っ込んで、一番デカいやつの注意を引け。俺とアキラは両側面から、数を減らす。クララは、俺たちが打ち漏らした奴がいたら、すかさず魔法で仕留めろ。いいな?」
全員が、緊張した面持ちで頷く。
サイモンが、そっと前に進み出て、前衛の三人に、誰にも気づかれぬよう、静かに強化の魔法をかけた。
アキラとグッズ、そしてグンターの身体が、淡い光に包まれる。
「―――武技、『要塞』!」
グンターが雄叫びと共に飛び出し、一体のオークの注意を引きつける。
それを合図に、アキラとグッズが両側面から、疾風の如くオークの群れへと切り込んだ。
グンターが一体目のオークと激しく切り結んでいる、そのわずかな時間のうちに、アキラとグッズは、面白いように三体のオークを切り伏せていた。
残るは、六体。
グンターが、渾身の力で二体目のオークの首を刎ねた、まさにその瞬間。
アキラとグッズは、まるで示し合わせたかのように、残っていたオークたちを同時に屠っていた。
戦闘は、あっという間に終わった。
「……嘘、だろ……」
後方で待機していたクララとサイモンの二人は、その光景にただ呆然とするしかなかった。
あれほど脅威に感じていたオークの群れが、ほんの数十秒で、ただの肉塊へと変わっている。
アキラとグッズ、二人の実力が、自分たちとは全く次元が違うことを、彼らは改めて痛感させられた。
「……もう。わたくしの出番、ありませんでしたわね」
クララは、杖を握りしめたまま、少しだけ不満そうに、ぷりぷりと頬を膨らせていた。
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一行は、討伐の証拠と、依頼主からの達成書を手に、その夜は牧場主の家に泊めてもらうことになった。
食卓には、お礼だと言って、新鮮な牛肉と、この地方特産のチーズをふんだんに使ったシチューが並ぶ。
その、あまりの美味さに、誰もが夢中で舌鼓を打った。
翌日の夕方、王都へ戻った一行は、意気揚々とギルドへと向かった。
討伐の証拠を提出し、報酬を受け取る。
一人当たり、銀貨三十枚。
これまでの雑用依頼とは比べ物にならない金額だった。
だが、彼らを待っていたのは、それだけではなかった。
「―――パーティー『希望の園』。今回のオーク討伐の功績を認め、本日をもって、貴殿らを鉄ランクへ昇格させる」
受付の女性の、凛とした声が響く。
「君たちの実力なら、鉄等級でも十分に活躍できると、我々は判断した。今後の活躍に、期待している」
「……やった!」
「よっしゃあ!」
アキラとグッズは、子供のようにお互いの手を握りしめ、ガッツポーズを決めた。
グンター、クララ、サイモンの顔にも、これまでにないほどの喜びと、誇らしげな色が浮かんでいる。
その足で、五人はギルドに併設されている酒場へと駆け込んだ。
「親父! エールを、全員にだ!」
グッズの威勢のいい声が、酒場中に響き渡った。
カウンターに並べられた、なみなみと注がれたエールの杯。
五人は、それを高々と掲げた。
「「「『希望の園』に、乾杯!」」」
その日、彼らが飲んだエールの味は、これまでの人生で味わった、どんな酒よりも美味かった。




