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1章2節「予期せぬ歓迎」

「ああ、もちろんだとも」


明は、少しばかり芝居がかった仕草で胸を叩き、笑顔で応えた。


「任せておけ。村まで、俺が責任をもって送り届けてやる」


イベントの登場人物になりきるのは、存外に楽しい。しかし、エルと名乗った少女は、痛みに顔をしかめながら立ち上がろうとし、すぐに小さく悲鳴を上げて座り込んでしまった。


「足が……動かせなくて……」


見れば、彼女の足はあらぬ方向に曲がっている。どうやら、ゴブリンに襲われた際に怪我をしたらしい。


「よし、捕まれ。俺が運んでやる」


明はためらうことなく少女の前にしゃがみ込み、背中を向けた。エルは一瞬戸惑ったようだが、やがておずおずと明の背中に身体を預ける。その瞬間、ずしりとした生々しい重みと、柔らかな感触、そして確かな体温が背中に伝わってきた。


(うおっ……重っ……いや、柔らかい……)


あまりのリアルさに、明は思わず動揺する。これがNPCだというのか。重量や体温まで完全に再現しているとは。ビヨンド・アヴァロンの技術力は、彼の想像を遥かに超えていた。背中に感じる規則正しい呼吸の温かさまで、本物としか思えない。


「村はどっちだ?」

「あちらの方です……」


エルの細い指が示す方向へ、明は歩き出した。背中の少女は思ったよりも軽く、高レベルキャラクターのステータスのおかげか、足取りは少しもふらつかない。鬱蒼とした木々の間を抜けていくと、やがて前方に、粗末ながらも頑丈そうな木の柵で囲まれた集落が見えてきた。


柵の入り口では、数人の男たちが松明を掲げ、農具や粗末な槍を手に警戒していた。その顔には、深い疲労と警戒の色が滲んでいる。明の姿を認めると、彼らは一斉に武器を構えた。


「ま、待て! 誰だ、お前は!」


男たちの一人が、緊張に上擦った声で叫ぶ。その槍の穂先は、明らかに明に向けられていた。


(ほう、ちゃんと衛兵の役割をこなすのか。芸が細かいな)


明が面白そうに眺めていると、背中のエルが慌てて声を上げた。


「待って、リクさん! この方は、私を助けてくださった恩人です!」


「エル!?」


その声を聞きつけ、村の中からわらわらと人々が出てくる。その人垣をかき分けるようにして、一人の青年が飛び出してきた。


「エル! 無事だったのか!」


その声は、他の村人たちの安堵の声とは明らかに違う、切羽詰まった響きを持っていた。青年――カインは、エルを背負う明の屈強な姿と、その腰に下げられた見慣れぬ剣を、感謝と警戒が入り混じったような複雑な目で見つめていた。


「父さん……!」


エルが声を上げると、人の輪をかき分けて、壮年の男女が駆け寄ってきた。彼女の両親だろう。母親は娘の姿を見るなり泣き崩れ、父親は安堵の表情を浮かべながらも、鋭い目で明を値踏みするように見つめている。


やがて、一行の中から、ひときわ恰幅のいい、五十代ほどの男が進み出てきた。村長と紹介されたその男は、深い皺の刻まれた顔で、明に深々と頭を下げた。


「この度は、村の者を救っていただき、感謝の言葉もない。私は、この村の長をしておる者です。詳しい話は後ほど。さあ、こちらへ。まずはエルを手当てせねば」


村長の家は、他の家よりは少しだけ大きかったが、それでも質素な作りに変わりはなかった。部屋の隅には薬草らしきものが吊るされ、独特の匂いが漂っている。明はエルを慎重にベッドに降ろす。村長は慣れた手つきでエルの足に触れ、その顔をわずかにしかめた。


「うむ……脱臼だな。骨まではいっておらんようだが……少し痛むぞ、エル。しっかり掴まっておれ」


「見ての通り、この村に医者はおらん。わしが見よう見まねでやっているだけだ」


村長は明にそう言うと、エルの父親に娘の身体をしっかりと押さえさせ、エルの膝と足首を掴み、一気に捻り上げた。


「ぎゃっ!?」


エルが短い悲鳴を上げる。ごきり、と鈍い音が響き、村長は額の汗を拭った。家の隅では、先ほどの青年カインが、心配そうに固唾を飲んで治療の様子を見守っている。


「よし、これで入った。一週間もすれば、元通り歩けるようになるだろう」


その手際の良さと、エルのあまりにリアルな悲鳴に、明はただただ感心するばかりだった。治療を終えると、エルは両親に支えられ、何度も明に頭を下げながら自宅へと帰っていった。カインもまた、心配そうにその後に続いていく。


「恩人殿、ささやかながら食事の用意をさせました。どうか、ゆるりとおくつろぎいただきたい」


村長は改めて明に向き直った。


「夜も更けてまいりました。恩人殿をこのままお帰しするわけにはまいりません。何のお構いもできませんが、今宵は村に泊まってってはくださらんか?」


(よし、イベント継続だな)


明は村長の申し出を、二つ返事で快諾した。


案内されたのは、村の隅にある一軒の空き家だった。簡素ながらも清潔に掃除されており、寝床として藁を敷き詰めたベッドが用意されている。すぐに村長の奥さんが、焼いたパンと干し肉、それに温かいスープを運んできてくれた。


「口に合うか分かりませんが……」


そう言ってはにかむ奥さんの笑顔も、驚くほど自然だった。明は空腹だったこともあり、夢中で食事を平らげた。味は、ない。VRMMOでは味覚までは再現されていないのだ。だが、硬い干し肉を噛みしめる歯ごたえ、ざらりとした黒パンの食感、そして温かいスープが喉を通っていく感覚は、妙にリアルだった。


食事を終え、硬い藁のベッドに横になる。戦闘の興奮と、初めてのVR体験の感動で、頭が冴えている。


(しかし、すごいゲームだ……)


このイベントが終わったら、どんな報酬がもらえるのだろうか。それとも、このまま村に滞在して、別のクエストが発生するのだろうか。村人たちのあの必死な目、村長の切実な言葉。全てが、作り物とは思えないほどのリアリティに満てていた。現実の我が家にある、スプリングのへたったベッドよりも、この硬い藁のベッドの方が、今は心地よくさえ感じられた。


そんなことを考えているうちに、心地よい疲労感が全身を包み込み、明の意識はゆっくりと闇の中へと沈んでいった。




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