1章15節「村の日常へ」
9/28 ちゃんと起きれたので朝の分を投稿します。
皆さんよろしくお願いします。
翌朝、二人は町の門が開くのと同時に、再びレールダルへと足を踏み入れた。
昨夜の野営で身体が痛むこともなく、むしろ活力に満ち溢れている。
今日の目的は、アキラの身の回りの品々、特に、もはやボロボロになってしまった衣服の替えを揃えることだった。
しかし、その買い物は、実質的に二人がこれから共に暮らしていくための準備であり、終始、付き合いたての恋人同士のような、甘い空気に包まれていた。
「アキラ様、こちらの布地はいかがでしょう? 森で着るなら、これくらい丈夫な方が。色は、こちらの深い緑がきっとお似合いになります」
「そうか? 俺は、こういうのはよく分からんから、お前がいいと思うものにしてくれ」
エルは、自分の服を選ぶかのように楽しげに、しかし村での生活を考えた実用的なシャツやズボンを真剣に選んでいく。
仕立て屋の女主人と、布地の傷みやすさや染料の質について、アキラには到底理解できない専門的な会話を交わしている。
その姿を眺めながら、アキラはこれまでにないほどの幸福感に包まれていた。
二人で生活必需品を選んで回るという、ごく普通の日常的な行為。
元の世界の灰色の日常では、ただの義務でしかなかったその時間が、今は何よりも愛おしく感じられた。
露店に並ぶ、ささやかな銀の髪飾りを見つけた時、彼はふと思った。
(……エルに、何か贈ってやりたい)
簡素な作りだが、月光を思わせる柔らかな輝きは、彼女の黒髪によく映えるだろう。
だが、革袋の中身を思い出し、その考えを打ち消した。
手にした資金は、二人の生活を立て直すための、村の虎の子なのだ。
今は、そんな贅沢は許されない。
(……今度来るときは、必ず)
彼は心に誓った。
自分の力で金を稼ぎ、この少女を喜ばせてやりたい。
この世界で、初めて抱いた明確な目標だった。
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昼過ぎには買い物を終え、二人は名残惜しそうにしながらも、レールダルの町を後にして、帰路についた。
三日間の帰り道は、行きとは比べ物にならないほど、穏やかで親密な空気に満ちていた。
初々しい緊張感はすっかり消え、荷馬車を御するアキラの隣に寄り添うエルの姿は、まるで長年連れ添った夫婦のようでもあった。
旅の最後の夜。
焚き火の前で、二人は言葉少なにご飯を食べた。
だが、そこに気まずさはない。
時折視線が合っては、どちらからともなく微笑み合う。
その心地よい沈黙が、何よりも雄弁に二人の絆を物語っていた。
幌の中の毛布にくるまり、互いの体温を感じながら眠りにつく。
道中、脅威となるような出来事は、何一つ起こらなかった。
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無事にウンドレダル村へ帰還すると、村人たちは安堵の表情で二人を迎えた。
その誰もが、旅を経てより一層親密になった二人の姿を、温かい目で見守っている。
エルは旅の成功を村長に報告すると、すぐにアキラの家へと戻り、町で買い揃えた品々の整理を始めた。
その日の夕方、村長が一人でアキラの家を訪れた。
「アキラ様。少し、よろしいかな」
「村長。どうぞ」
囲炉裏を挟んで向かい合った村長は、父親のような、どこまでも真剣な眼差しで、アキラの真意を問いただした。
「アキラ様は……エルを、生涯の伴侶として、迎えるおつもりは、おありかな?」
その問いに、アキラは少しも迷わなかった。
元の世界への未練など、もはやこの少女の笑顔の前では、色褪せた幻でしかない。
エルと共にいること。
それは、もはやこの世界で生きる上での、最大の喜びであり、目的そのものとなっていた。
「はい。俺でよければ、ぜひ」
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その夜、村の中央広場で、ささやかな祝宴が開かれた。
村長が、アキラとエルの結婚を正式に宣言すると、村人たちから大きな歓声と拍手が沸き起こった。
村を救った恩人が、正式に村の一員となる。
その事実は、村人たちにとって、何よりの喜びであり、安心だった。
ガルドは、無骨な手でアキラの肩を力強く叩き、「エルさんを泣かせたら承知しねえぞ」と、いつもの台詞を繰り返した。
カインは、少し離れた場所から、寂しそうに、しかしどこか吹っ切れたような表情で、二人を見つめていた。
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その日から、エルは正式にアキラの家で暮らすことになった。
翌朝、アキラが目を覚ますと、隣にはエルの寝顔があり、台所からは温かいスープの匂いが漂ってくる。
「いってらっしゃいませ、あなた」
新品の弓を背負い、鉄の剣を腰に下げたアキラを、エルが家の前まで見送る。
その頬に軽く口づけをしてから、彼は狩りへと向かう。
夕方、獲物を背負って家に帰ると、「おかえりなさい」という優しい声と、温かい食事が待っている。
夜は、二人で寄り添い、互いの肌の温もりを確かめ合う。
彼は、すっかりこの村に馴染んでいた。
村を救った男としての尊敬、愛する伴侶、村人からの信頼、そして充実した仕事。
元の世界の灰色の日常では決して得られなかった、満ち足りた幸福。




