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1章13節「雨宿りの歌」

出発の朝は、雲一つない快晴だった。


ウンドレダル村の村人たちが、総出で広場に集まり、二人を見送っている。


村の農耕馬の一頭が引く、幌付きの簡素な荷馬車には、村長が工面してくれたなけなしの資金と、数日分の食料、そして村人たちからの餞別である干し肉や保存用の果物が、ぎっしりと積み込まれていた。


「アキラ様、エル。道中、くれぐれも気をつけてな」


村長が、父親のような優しい目で見送る。


隣に立つガルドは、ぶっきらぼうな口調で言った。


「アキラさんよ、妙なもんに首突っ込むんじゃねえぞ。エルさんを泣かせたら、承知しねえからな」


「分かっている」


明は、はにかみながら頷いた。


村人たちの温かい視線が、少しだけ気恥ずかしい。


エルは、そんな明の腕にそっと自分の腕を絡め、幸せそうに微笑んだ。


ガタガタと音を立てて、荷馬車は村の門を抜けた。


遠ざかっていく村人たちの姿が見えなくなるまで、エルはずっと手を振り続けていた。


やがて、森の道へと入り、二人の世界だけが残される。


 

□■□■□■ 

 


三日間の旅路は、アキラにとって、生まれて初めて経験するような、穏やかで満ち足りた時間だった。


灰色の日常では、旅行など夢のまた夢だった。


それが今、自分の腕で手綱を握り、隣には愛しい少女が微笑んでいる。


一日目は、そんな事実だけで胸がいっぱいだった。


時折、エルが手作りの干し肉サンドを彼の口元へ運び、彼はそれを照れながらも頬張る。


幌の下で、寄り添ってうたた寝をする。


そんな、何でもない一つひとつの出来事が、彼の心を温かいもので満たしていった。


夜になり、森の開けた場所で野営の準備を始めると、アキラの心はさらに躍った。


未来の都市部で育った彼にとって、自分の手で火をおこし、獲物を捌いて食事を作るという行為は、何もかもが新鮮で刺激的だった。


満天の星空の下、パチパチと爆ぜる焚き火の音を聞きながら食べる、少し焦げ付いた兎の肉は、これまで口にしたどんなご馳走よりも美味しく感じられた。


そして、夜の闇と、二人きりという状況が、彼らの理性のタガを静かに外していく。


幌の中に敷かれた毛布の上で、どちらからともなく互いを求め、肌を重ねる。


アキラの有り余る体力は、ここでも遺憾なく発揮された。


夜が更け、白み始める頃になっても、彼の情熱は衰えることを知らない。


明け方、彼の腕の中で眠るエルは、幸せそうに、しかしどこか満足げな疲労の色を浮かべていた。


その姿に、アキラは人間離れした自分の身体と、彼女の愛おしさの両方を、改めて実感するのだった。


 

□■□■□■ 

 


二日目、急な夕立に見舞われた。


二人は慌てて荷馬車の幌の中に逃げ込み、一枚の毛布にくるまりながら、過ぎ去っていく雨音を聴いていた。


肌寒いほどの空気の中で、互いの体温だけが温かい。


エルが、ふと、村に古くから伝わる恋の歌を、小さな声で口ずさみ始めた。


その素朴で、少しだけ物悲しいメロディは、不思議とアキラの心に染み渡った。


 

□■□■□■ 

 


三日目の昼下がり、森の木々が途切れ、視界が大きく開けた。


「……アキラ様、見てください!」


エルの弾んだ声に促され、アキラは丘の上から眼下を見下ろした。


そこには、これまで見たこともない光景が広がっていた。


高さ5メートルほどの、苔むした石壁にぐるりと囲まれた、小さな町。


石畳の道がまっすぐに伸び、その両脇には、瓦屋根の家々がひしめき合っている。


壁の外には広大な畑が広がり、多くの人々が働いていた。


未来のメガロポリスを知るアキラにとって、それはまるで歴史的なテーマパークのように映ったが、人口85人のウンドレダル村しか知らないエルにとっては、まさに大都会そのものだった。


「あれが、レールダル……」


アキラの呟きに、隣でエルが興奮したように声を上げた。


「はい! すごいですね、アキラ様! たくさん人がいて、お店もいっぱいあります!」


彼女の純粋な喜びに、アキラも自然と口元が緩む。


新しい剣と弓。


そして、この少女と二人で歩く、初めての町。


灰色の日常では決して味わえなかった、ささやかな、しかし確かな高揚感を胸に、二人は荷馬車を町の門へと進めた。



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