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序章:灰色の現実と最後の一日

人生初の小説です。

少しづつ書き進めようと思いますので温かい目で見ていただければ幸いです。

月曜日の朝は、いつもより五分早く家を出る。


始業より二時間も早い満員電車に揺られ、死んだ魚のような目をした人々の群れに加わる。会社に着けば、日付が変わるまで終わらない単純作業と、上司の理不尽な叱責が待っている。家に帰れば、疲労困憊の身体にムチを打って風呂に入り、作り置きの冷めた夕食を一人で胃に流し込み、狭い寝室で先に眠っている妻子の寝息を殺しながら、泥のように眠るだけ。


それが佐藤明さとうあきらという、三十代半ばの男の日常だった。


安月給、雀の涙ほどの小遣い。かつて抱いていた夢や希望は、日々の労働によってすり潰され、とうに色褪せていた。そんな明にも、唯一、心の奥底で燻り続ける憧れがあった。


――VRMMORPG『ビヨンド・アヴァロン』。


かつて社会現象を巻き起こしたそのゲームの世界に、一度でいいからダイブしてみたかった。だが、専用のダイブギアはあまりに高価で、今の明には到底手の届かない贅沢品だ。妻に切り出そうものなら、「そんなお金があるなら、子どもの将来のために貯金して」と、まともな議論にすらならずに一蹴されるのが目に見えていた。


諦念。それが、今の自分を構成する最も大きな要素であると、明は自覚していた。そんな彼に、思いもよらない話が舞い込んだのは、先週の金曜日のことだった。


「先輩、『ビヨンド・アヴァロン』、興味あるんスか?」


社屋の隅にある喫煙所で煙草をふかしていると、後輩の鈴木が声をかけてきた。彼が古参のプレイヤーであることは知っていた。羨望と、ほんの少しの嫉妬を込めて頷くと、鈴木は意外な提案をしてきた。


「実は、来週の月曜でサービス終了なんですよ。どうせ全部消えちまうデータなんで、よかったら最終日、俺のキャラで遊びません?」


その瞬間、淀みきっていた明の日常に、一筋の光が差し込んだ気がした。


そして月曜日。明は「急なトラブル対応で、今夜は泊まりになる」と、ここ数年で最も流暢な嘘を妻の留守電に吹き込んだ。仕事など、まったく手につかなかった。定時のチャイムが鳴ると同時にタイムカードを切り、罪悪感と高揚感が入り混じった奇妙な心地で、足早に会社を後にする。


途中のコンビニで、発泡酒の6缶パックと、少しばかりのつまみをカゴに入れた。ささやかな手土産だ。鈴木のアパートは、会社の寮から電車で五駅ほど離れた場所にある。二部屋あるこぎれいな賃貸で、一人暮らしには少し広く感じた。


「よくうちの安月給で、こんな広い部屋が借りられたな」

「その分、通勤時間が長いんスよ、先輩。ドアtoドアで一時間半です」


軽口を叩きながら部屋に上がり、早速ダイブギアを装着させてもらう。視界を覆うヘルメット、身体にフィットするスーツ。未知の感覚に心臓が高鳴る。


「時間は大丈夫なのか? 途中で起こしちまったりしないか?」

「大丈夫っスよ。午前0時になったら、サーバーが強制的にシャットダウンされますから。それまでは心置きなく、あっちの世界で遊んできてください。俺はここでビールでも飲んで、先輩の武勇伝を待ってますんで」


鈴木が悪戯っぽく笑う。明はこくりと頷き、深く、深く息を吸った。


―――ログイン。


次の瞬間、明は鬱蒼とした森の中に立っていた。


(おお……!)


視界に広がる光景は、現実と見紛うばかりの緻密さだった。木々の葉一枚一枚の葉脈までが見え、遠くで聞こえる獣の鳴き声は、まるで本物のようだ。風が吹き抜け、木々がざわめく。だが、その風が肌を撫でる感覚はない。湿った土や草いきれの匂いもしなかった。痛覚も極限まで抑制されていると聞く。すごい技術だ。しかし、やはりこれはゲームなのだと、妙に冷静な自分が頭の片隅にいた。


感動に打ち震えていると、足元で何かが蠢いた。視線を落とすと、青く、ぷるぷるとしたゲル状の塊がいる。スライムだ。あらゆるファンタジーゲームにおいて、最弱モンスターの代名詞として登場する存在。

しかしそこには某国民的RPGに出てくるような可愛さはなかった。


右手には、いつの間にか禍々しい装飾の施された、身の丈ほどもある大剣が握られていた。鈴木が愛用していたという、最高ランクの課金アイテムだろう。明は抑えきれない高揚感のままに、それを力任せに振り下ろした。


物理的な手応えは、なかった。


剣がスライムに触れたと思った瞬間、ゲル状の身体がまばゆい光の粒子となって弾け飛んだ。派手なエフェクト音と共に、キラキラとした光が宙を舞い、すぐに消えていく。後には、焦げ付いた地面がわずかに残るだけだった。血の匂いも、体液が飛び散る感触もない。ただ、視界の端に『スライムを討伐しました』という無機質なシステムメッセージが表示されるだけ。


「……え?」


あまりの威力と、そのあまりのゲームらしさに、明は呆然と立ち尽くすしかなかった。


初めての小説ですので、感想やポイントなどで応援をいただければ励みになります。

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