第六話 怖かったんだよ!!
むしろは一ヶ月眠っていた。目覚めた先に待ち構えていたのは新たな部員と新たな日常。しかし、同時に試練もあった。うつろに元の自分に戻ったことを悟られないようにしなければならない。理由は甘っちょろいむしろでは死に近づけないと判断され、人格を変えられてしまうから。
私がもとに戻ったことをバレないようにする生活が始まったわけだけど…。
「おいテメェら姉御に挨拶しろ。」
「「むしろさん、おはようございます!!!」」
一同、礼。
どーしてこんなことに…。
「みくろ…。次からは挨拶させなくていいからね。」
「ご不快でしたか!!そりゃ迷惑かけました、姉御ぉ。」
天蘭てんらん 御玄みくろ、隣のクラスの問題児。
私が別の人格に乗っ取られているときに【彼女の命を助けた】らしい。
(死なない世界で命を救ったって言われてもよくわからないんだけれど…)
みくろと別れ、汗を拭いながら教室への席につく。
「「ご機嫌麗しゅう、木上様♡」」
わぁ。
座った途端にクラスの女子たちが駆け寄ってきた。
彼女たちはみくろ同様に私を救世主だと信じ込んでいる。
「この間はサブスクリプションのメールを打ち切っていただきありがとうございます!!」
「私もモバ充の捨て方を教えてくださりありがとうございます!!」
「…わ、私も着拒の仕方を御指南していただいて、本当にありがとうございます!!」
さまざまなクラスメイトからこれまで以上の謝辞を述べられた。
でも、流石に何もしていないのに感謝されるのは…
案外心地よかった。
「いいえ、できることをしたまでですよ。」
イケる。私はこの1ヶ月記憶はないがボッチを脱却し完璧人間に生まれ変わったんだ!!
そう根拠のない自信で私は満たされている。
後ろから誰かの手がゆるりと私の首を一周する。
ふへへ、私は逃げないよ。
ゆっくりと振り向けば、そこに立つのは険しい表情のうつろだった。
「やっぱり、あなた…」
おお。
私は彼女に手をつかまれ、トイレへと。
個室に閉じ込められた。逃げ場はない。
不可能に近い挑戦だったのはいうまでもない、今朝の朝ごはんの内容も覚えてやしない。なのに今の私と全く違う完璧な私なんてわかるわけがない。
(あーあ、バレちゃった。殺されちゃうな…。)
私はうつろの機嫌を損ねないようにゆっくりと顔を上げる。
哀しみだろうか。
それとも怒りだろうか。
彼女の顔に書かれていたのは…
憐憫に近い歓喜だった。
「おかえり、むしろちゃん。」
うつろはこちらの目の奥を、私の考えを透かすように、ただ一点を見つめている。
「今のあなたからは初めてあった時の純粋で儚い甘いあなたと友達を弱みにつけ込みこの部活を立ち上げるまでに至ったロボットのようなあなたを感じる。」
「…私は失敗したの、あなたのチューニングに。すこし前のあなたは感情を無くした合理の固まりだった。誰にでもクリティカルを出すモンスター。」
「でもね、そんなあなたとの日常は恐ろしくつまらなかった。痛みは感じていたようだけど死からはますます遠ざかっていたの。」
「だからくすんだダイヤモンドの鈍色を放つ、そんな儚いあなたが戻ってきてくれて本当に…本当に良かった。」
…うつろはどこまでも自分本位だ。
殺しておいて、記憶を書き換えて、"良かった"なんて…。
私が戻れなかったら、どうするつもりだったのか。
「私がどれだけ、どれだけ怖かったか知らないで。知らない人間に身に覚えのない功績、過ぎ去った時間。怖かった、怖かったんだよ!!」
「ごめんなさい。勝手に殺して、何も伝えずに。」
でも、こういうのも青春だな。
普通ってやつなんだな。
彼女とぶつかり合いながら、激しい口論を続けた。
やがて怒りは冷え切ってまっすぐ彼女の瞳を覗いた。
黒々とした先の見えない…【不安】が固まっていた。
秘密を一人で抱えたままにするのはきっと辛い。
…以前にもこんなことがあった気がする
──私は自分の感情を押し殺し、寄り添うことにした。
「…仲直りっ。」
それは数日前の私ならば容易に行なっていたであろう"人たらしの奥義"。
全ての人が求める愛の伝導。
うつろはそれに応えて私の空っぽな胸に飛び込んできた。
暖かな抱擁。
私は全てを許した。
チャイムが鳴り、授業が始まる。
私は今日初めて、嫌悪と復縁の心を知った。
こうして、私たちは授業に遅れたことを叱責されるのだった。
時間は経って、放課後部活の時間が始まった。
『むしろちゃんへ』
うつろからメッセが届く。すごい長文だったので要点をまとめるアプリを使う。
・今日部活に行けないこと。
・めいろは今日も来ないこと。
・てきろの家には行くな。
大体こんなカンジの内容だったけど…
やっぱりうつろはまだ隠し事をしている。
きっとそれは私が死に向かう上で不都合なこと、ならばスルーが安定だろう。
私はそう言い聞かせることにした。
理由は殺されないため。
「やあ、むしろくん」
部室に居たのはてきろだった。
少し汗の匂いが漂う。
彼女は一人で踊りの練習をしていたようだ。
全く死活部と関係ないことは目をつぶろう。だって私も知らないもん。
部屋が暗かった。時刻は15時過ぎ、まだ日が出ていたのに、異様に暗かった。
「あれ、みくろちゃんは?」
「彼女は今日もケンカさ。東の方へ行っているんじゃないかな。」
てきろの顔はよく見えない。声は軽快ないつもの彼女だ。
「私からも聞きたいのだけれど、うつろくんはいないのかい?」
「ええ、うつろちゃんは今日…用事があるらしいの。だから今日来ないわ。」
彼女は軽快な様子でこちらに近づいてきた。とびきりの笑顔で、幕をおかずに話始めた。
「今から私の家に来ないかい?もちろん君に暇があればなのだけれど。」
正直二人でできることは限られている。
『てきろの家には行かないで。』
うつろのアドバイス。
私は彼女の真意を理解していなかった。
「てきろちゃん、私あなたのお家に行けないけれど、二人で遊びに行くことはできるよ。」
にこやかな笑顔で彼女の手を取った。
やはり完全に前の私は消えていないようだ。多分混ざり合っているのだ。
こんな恥も外聞もないことを節操なくする女子ではない、はずなのだ。
てきろは何かが昂っていた。
それは私に災厄をもたらすのだった。




