第四十六話 一人、また一人
むしろ:主人公。世界への反抗心から死を追い求める。流されやすい性格。
うつろ:死を撮りたい狂人。脳をいじって記憶を消す術を持つ。
めいろ:うつろの旧友。死を嫌う常識人。少し押し付けがましい。
人道 明路は頑固である。
自分の考えは決して変えないし、違う意見を拒絶する。
悪く言えば幼いのだ。
だから拗ねるし、甘える。
良く言えば猫のような愛らしさがある。
彼女が協力してくれたのは、本当に喜ばしいことだった。
思想の違いから敵対し続けていたから。
私の「口添え」のおかげ??
いいや違う。
「狂気」に呑まれたに過ぎない。
自分のエゴを曲げたくなるほど彼女に夢中になってしまった。
死への異常な探究心が、私たちのわだかまりを解消させたのだ。
だから協力の動機になった。
それは多分恩義だ。
……心の底では認めていないはず。
だがそれでもいいの。
今、助けてほしいのだ。
今、手伝ってほしいのだ。
だから今、めいろには感謝してもしきれない。
それにしても寒い。
眠さもついてきた。
私は、何を残せるだろうか。
この世界に爪痕くらい……いや、何も残るはずがない。
楽しかった黄金の日々は、赤の他人に触らせたくない輝きを放つものだ。
「……起きてください、うつろさん!!!」
せひろだろうか。
もういいんだ。
「……まだ終わってないだろう。お前の夢は!!むしろを、むくろを撮るんだろう!!」
ねくろが揺する。
夢。
確かに私には「夢」があった。
彼女の死を撮影し、見届けるという「約束」だったかな。
……。
「ごめんね。私が普通の女の子で。」
『いいよ。謝らないで。』
……それは都合のいい妄想だ。
脆弱な肉体が遂に限界を迎えてしまったのだ。
私は息を引き取った。
凍える身を震わせながら、絶命していくのだ。
誰かが私に毛布?をかける。
だがもう遅い。
(ねぇむしろちゃん。)
(あなたの死に目には会えないみたい。)
(でもこれだけは伝えたい。)
あなたと。
この世界であなたと過ごせて幸せでした。
さようなら。
***
めいろは洗脳された生徒を殺しながら廊下を駆けていた。
「…たく、数が多すぎるわ。」
弾だって無限じゃない。
だが肉弾戦を仕掛けるほど愚かでもないのだ。
他対一。
圧倒的不利。
それでも前に進むのは、友人のためだろうか。
(いや、違うわ。)
私はいつだって自分のために戦うの。
むくろ、うつろ。
むしろたちは二番目に大事なだけ。
そっと息を吸う。
火薬の匂い。
私は臭いと思う。
確かな芯を持ちながら私は歩みを止めない。
「……あんたたち、私に感謝しなさい!!簡単に洗脳されておきながら、何の苦しみもなく楽に逝けるんだから!!!」
10分。
やつらにかかった時間だ。
私は生徒会室の扉を開ける。
二人。
生徒会長と……
「おぼろ。」
「久しいねえ!まさに七夕の日に出会うアダムとイブのよう!!今この瞬間に感謝の宣言をしようか!!ああありがとう!!」
おぼろは平常運転である。
まったく…緊張感がなさすぎる。
「脱出ルートを【確保】しました。さっさと逃げましょう。」
生徒会長はイスから立ち上がらない。
「何をしているんですか。時間がないんですよ?」
「……いや、ミスめいろ。こんな土壇場で、こんなことを言うのは失礼だと思うのだがね……。」
「やはりミスむくろは邪魔なのだよ。」
何なのこの男!?
レトロを倒すという条件を飲んで、むくろと組んだんじゃないの??
「私の安定した学園生活のためにも彼女には責任を取って貰わなければならないんだよ。」
「今むくろに死なれては困ると……あまりにも不条理では?」
そのガマガエルは大きな声で笑い出した。
「状況が変わったのだ。それにだ。」
彼は一呼吸つき、私の心中を覗いた。
「生きていればどうなったって良い。私と君の考えは同じではないかね?」
私は何も言わなかった。
確かに「生きる」ことは人間の命題だ。
ただこいつと私の考えは違う。
「変わらないものは美しくないわ。」
「安定の素晴らしさは子供の君にはわからないさ。」
違うんだよ、会長。
「変化なき日々は楽しさを産まないって言ってんの。」
おぼろはうなづいた。
「確かにそうだ。人間は停滞を嫌う、未来なき現状維持は人を窒息させるに違いない。」
「屁理屈だ。変化とは災厄だ。外圧によって起こされる忌むべき対象。我が学園でそのようなことはさせない!」
レトロもむしろも彼に取って災厄であったのだ。
「変わるものが美しいってわけでもない。もっと悪くなるかも知れないから。」
私も明日が嫌い。
「そうだろうそうだろう。我々には象徴が必要なのだ。永劫を生きることが運命づけられた我々には、いつでも門戸が開いている学舎が必要なのだ!!」
これは彼の表向きの夢である。
裏は───
「権力がほしいだけでしょう?」
「いつまでも、学舎という遺産を残すことで変わらない需要を提供して自分はふんぞりかえるだけ。」
「そう話がうまくいくといいわね。」
「……うまくいくさ。この先、人類はゆるやかに退化していく。」
「生殖活動すら禁止され、ただ惰性で生きるようになる。
そうなれば私のものだ。
今に楽しそうな夢を見せる、学園型アミューズメントの王として君臨するさ。」
「……あなたは変わっているわ。」
「未来永劫私は変わらない。」
「いいえ、変って意味よ。」
懐から拳銃。
「あなたがむくろを裏切るなら、私も敵としてあなたを殺すわ。」
「くだらん。他人のために命をかけるなど人間的行動ではない。」
「めいろ殿、銃を下そう。な?」
このたぬき親父に、コウモリ女。
私は覚悟を決めた。
もう行くとこまで行ってやる。
パン
「な?!」
「え!」
最後の弾丸。
それを天井に向けて撃ったのだ。
「人間的でなくて結構。」
「あなたたち、獣畜生に合わせて喋れば簡単だったわね。」
考えることを放棄すれば、必ず破滅する。
社会学が証明している。
この場の誰もが忘れていたわけではない。
物事の優先順位が下がれば、頭の片隅に置かれるだけだ。
それを愚かとは言わないさ、話に熱中すればこうもなるはずだ。
「危機感が足りなさすぎるわ。」
廊下の奥から誰かが走ってくる。
滑りながら、何かを叫ぶ。
「人道 明路だ。」
「めいろだ。」
「身柄を確保せよ。」
「コロセコロセ。」
大群。
レトロに洗脳された生徒は未だ命令を実行している。
「血迷ったかめいろ!!」
「別にあんたらは【狙われてない】と思うわよ。」
「冗談が御上手だ。」
「私は今まで隠れていたんだぞ!!こうなるからだ。」
上履きの音か、スリッパか。
擦れるおと。
「いっぺんくらい死んでみなさいよ。何か変わるかもしれないわよ?」
「ふざけるな!!おぼろ、どうにかできないか!!!」
「無理だな。四面楚歌、この状況にふさわしい言葉だ!!」
会長は大軍に単騎で突っ込んでいく。
錯乱したのかもしれない。
もしくは恐怖に駆られたのだ。
「嫌だ。死にたくない。」
学園長だぞ。この私は!!
「私はまだ…。」
今日という日々が、黄金の日が永劫続けば……。
「価値を生み出していない!!」
躍起になるのは、自らのポジションのためだ。
「ぐおおおおおお!!!」
彼は踏まれていく。
自らが築いた王国が、崩壊していく。
レトロはこのとき、皮肉にも英雄となった。
革命の先導者として。
洗脳された国民が、自らを汚していく。
その目は私を見ていない。
めいろだ。
支配者たる私ではなく、こんな一介の少女ごときに。
骨が砕けていく。
いくら叫んでも足は止まらない。
何かが破裂する。
死の痛み。
むしろは、こんな痛みを自ら……。
「あのぉマゾヒストめぇ…。」
生徒会長、宇高 航路は絶命した。
むくろへの裏切りを明かすタイミングがもっと遅ければ、彼の帝国は崩れなかったかもしれない。
しかし、そんなイフは存在しない。
・彼が野心剥き出しの狸であったから。
・獣としての本能を、マウント癖を抑えることは未来永劫できないからだ。
***
「窓を破れば助かったかもしれないのに。」
「彼は怪我すらも恐れていたということさ。生きていれば良い、口先ばかりで実行はできなかったようだがね。」
おぼろとめいろはかすかな抵抗を続けていた。
「なあめいろ殿。知っているか??」
「何よ、さっさと喋んなさい。」
「某、過去に人を殺したらしいんだ。」
「へぇ。おあいこね、私もよ。」
意思のない生徒たちは、どうしても私の命が欲しいらしい。
「贖罪って考えたことあるかい?」
「ないわ。」
「じゃあ、私の考えを言うよ!」
「贖罪とは、善き行いをすることさ。」
「自らをからっぽにし、すべてを受け入れる。それが私の新たな贖罪さ!!」
「一回、人の話を聞いたら?何を求めているか聞けば、十年続く因縁もキレるものよ!」
私は在りし日を求めていた。
うつろが純粋な宝石のような姿に戻ることを期待していた。
だけれど理想を現実に落とし込むことは容易じゃない。
そのズレが何年も何年も嫌でたまらなかった。
むしろが死ぬまでは。
あのホテルでレトロに殺されたとき、私は何もできなかった。
うつろは真っ向からナイフを構えて立ち向かったのに。
結局仇討ちも叶わず、私たちの心はぐしゃぐしゃに折れてしまった。
お互いがお互いの傷を癒すように。
ただ一緒にいた。
お互い弱かった。
ただのJK。
心が溶け合い、初めて歩み寄ることができた。
私は明日が嫌い。
でも時が進んだことで救われた。
いろんな人に迷惑をかけた。
悩んで迷って、ようやく謝ることができた。
だから私は前を向いて生きようと思う。
あの子の分も。
『うつろは私の親友だから、私だけのッ!!』
違うわ。
昨日が恥ずかしすぎて、前を向くしか選択肢がないみたい。
……ほんっと。
あなたに会えて、本当によかった。
ドコドコドコ
私は、踏まれて死んでいく。
誰かが私の指を折る。
狂気に当てられた哀れな生徒。
私もそっち側だったんだよ?
「バイバイ。」
問いかけても返事はない。
誰に向けたものなのか。
ただ清々しかった。
おぼろも、私も圧死した。




