第四十五話 兄妹戦争
しばらく沈黙が続いた。
「すまない、むくろくん。」
ほんのわずかな拒絶。
ほかの二人もうつむいていた。
まあ仕方ない。
そう仕方ないんだ。
私はむしろにはなれない…。
カリスマにはなれない。
「わかった。私は行くからみんなは逃げて。」
(むくろさん、素直じゃないんですから。)
シエロがそう言った…と思う。
「Code:MCR646.Re:install」
光った。
その顔面が。
端子が。
窓ガラスが。
あたたかい記憶とともに。
「君は…むしろくんなのか?」
てきろは目をうるうるさせながら、私を見つめた。
「姉御。」
「むーちゃん。」
みくろもそぞろも同様だ。
それぞれの黄金期へと還っていく。
うつろげな、その6つの目玉が私を見ている。
一方、私はそれどころではなかった。
むしろの記憶が、私を塗りつぶしていく。
シエロは何をしたんだ!!
せめぎあう。
頭が痛い。
アイデンティティはいともたやすく崩れゆく。
「私は、誰だ。」
「あなたはむくろさんです。」
そっとシエロが音声を出した。
ベッドに横たわったガラクタが、私を【唆す】。
「私は!!わたしは……。」
…いや、こだわる必要などない。
私はむしろだ。
むくろと同じ。
どちらでもよい。
最初から。
「うん、…記憶が戻ったんだねみんな。」
再び会えた感動。
私たちは4人で抱き合った。
「うつろのやつはどこだ。アタシはあいつを…!!」
みくろは怒っていた。
確か……うつろと決闘して殺されたんだっけ。
みくろとてきろは死活部を組織していた夏休み前まで記憶が戻ったようだ。
「むーちゃん、まだ計画は続ける?ちょっと時間はかかっちゃったけどまだ……」
そぞろは死徒会結成、全生徒洗脳大作戦のときまで記憶がさかのぼっている。
情報過多である。
このラグ、そしてこの状況が偶然にも引き起こされたのだ。
無計画による悲劇である。
(ど、どーしよ!!)
(悪いんだけど、説明してる暇はないんだよね……。)
ふとベッドの方に目を向けた。
彼女は、煙を出し壊れかけていた。
「シエロ!!」
彼女の手を取った。
「む…くろさん。……あなたは。」
「シエロ。バックアップデータはどこ!?まだ助けてほしいことが……」
「私に夢を与えてくれましたね。……あなたが…。」
「シエロ。死んじゃうの…機械だから大丈夫だよね…?」
会話がかみ合わない。
「ヒーローです。誰にかまうことなどなく、わが道を突き進んでください。」
シエロは壊れてしまった。
もの言わぬ骸へと変わってしまった。
その残骸は冬の陽光に包まれながら、冷えていく。
これが【死】か。
息をつき、心を整理する。
私は混乱する三人の方を向いた。
「時間はないから、ざっくり話すね。」
「私は屋上へ向かいたい。だけど、ある人間に命を狙われている。だから──
───助けてほしい。」
拙いなりにも、思いは伝えた。
…命を狙うという『ある人物』が誰だかわかる必要はない。
てきろとみくろは、「うつろ」だと思うかもしれない。
そぞろは「めいろ」だと思うかもしれない。
誤解をただす必要はない。
だが、敵がいるということがわかればいい!
「わかったよ、君を助けようじゃないか!!」
「アタシも同意見だ。絶対に守ってやる。」
「うん、できることは少ないけど頑張るよ~!!」
協力を取り付けられたようだ。
私は変わらない。
混ざりあっても、信念は一つだ。
人に役割を与える「監督」でありながら、メイクをあつらえ、フィナーレを飾る「演者」であればいい。
白と黒を行き来する、灰色のヒーローに。
***
うつろは歩いていた。
誰もいない校庭を。
ときたま現れる狂乱した生徒を切り殺すくらいで、静かなひと時であった。
私が歩いているのには理由がある。
それは、体育館にいるレトロを殺すためだ。
私は車が止まっているのを確認する。
体育館の入口では、人が入っては出ていく。
何が起きているのか?
知っているだろう。
それは「私たちのやり方」だった。
「こんにちは~~」
体育館に響く声量で。
「うつろ……おまえか。」
レトロはステージの上に座っていた。
装置は今も稼働しており、罪なき学生が洗脳されていく。
「あんたを殺して、むくろちゃんのビデオを撮るの。」
「おまえは昔からいかれているな。許すわけないだろ司法が。」
レトロの手に合わせて、学生たちが襲い掛かってくる。
考えなしの哀れな群衆。
まあ数の多いこと。
「おーいうつろ。むくろをこっちによこせよ。お前とめいろは強制転校だけでゆるしてやるからさ。」
レトロはだるそうに大局を見ていた。
多対一。
勝利は確定事項だ。
相手が私でなければな。
「てめぇみたいなクソ兄貴に指図されてたまるかよ。」
懐からダイナマイト。
天高くあげられたそれは派手な音とともに爆発。
拡散、錯乱、大混乱。
鼻につくにおいとともに煙が立ち上る。
ぼろぼろの校舎にもスプリンクラーはあるようで、一斉に水をあびるのだ。
「慈雨だね。」
冬に水をかぶる行為は死に等しい。
脳無しの学生諸君は立てなくなってしまったようだ。
「馬鹿な妹よ。お前も動けまい。考えなしの衝動的な行動。」
ヤツは近づいてくる。
拳銃。
それも百年前に使われたとかいう古臭いもの。
「死ね、うつろ。我が正義の名のもとに。」
「……クソ兄貴。お前が正しかった時期があったか?」
「何ぃ?」
私は体を震えさせながら、しっかりと答える。
「自分の考えにないものを排斥し、イエスマンばかり近くに置く収集家。私が生まれてからずっと、ずっと誰にも怒られずに育ってきた。お前を支える人間はどこにいるんだ?」
舌がとどまることを知らない。
まあいいさ、これが最期になるかもしれないんだから。
「お前は一人だ、正義を気取っているが……洗脳でもしないと人を従えさせられないんだろ??学園長という立場をとらないと対等に話せないんだろ??」
「やめろ、ひ、ヒーローは孤独だ……。」
頭が熱くなっていく。
ああ、私はこの男《クズ野郎》に悪口をいうことで【生きている】と実感しているようだ。
楽しいじゃないか。
「てめぇはヒーローなんかじゃない!!誰の目標にもならない、誰も救えない。芯からの自己中心野郎だろ!!」
「お前は死ぬことさえもできないさ。ビビりのお前には、むしろちゃんにもむくろにも一生勝てねぇよ!!!」
「言わせておけばぁああああ!!!!!」」
激情。
火をともすように弾丸が射出され、私を……。
「……間に合ったようですね、うつろさん。」
「ああ、安心したまえ、この全知全能であるアポロ様が助けにきた!」
助けに来たのは、せひろとアポロであった。
警察とともに。
「午前10時21分、容疑者確保。」
「容疑者確保!!」
レトロは唖然としていた。
なぜ、正義の味方である自分が捕まるのか。
悪の権現たるむしろではなく、市民の味方であり正義である警察に倒されるのが不思議でしかたなかった。
「まてまて、オレは何も……。」
一枚の資料。
これは、生徒会長が渡してくれたものだ。
「学園長なんてもの、一朝一夕でできるわけないだろ。」
彼の頭は、いつまでも少年時代であり、遵法精神なんて持ち合わせているわけない。
ファンタジーが彼を形づくっていた。
もっともあっさりとした、ばからしい決着であった。
***
種明かしをしよう。
警察は本物ではない。
呼べば確実に私もムショ行きだからな。
私が【偽装】したものである。
そこらへんのおっさんの脳を改造して、警察であるという意識を植え付けた。
記憶の上書き。
何度もおこなった甲斐あってか、短い時間でニセ警官を用意することができたのだ。
もちろん、もう二つほど仕込ませてもらったけれど。
「おい、なんで銃を持っている?警察署に、いやまずパトカーか??」
手錠につながれた愚兄は、身動きも取れず、奇々怪々な音に戦慄している。
「犯人、銃殺。」
「銃殺、執行。」
「おいまてまて。オレは何も成してない!!」
彼は一瞬こちらを見た。
「……うつろぉ。」
それは、人生の中で初めて聞いた情けない音であった。
ぱん
これが一つ目、確保した犯人をその場で殺す。
その後警官たちも後を追う。
これが二つ目、私刑執行後自分のこめかみを撃つ。
もっとも、ニセ警察の二人ともこの数時間のことは記憶されない。
アフターケアも完璧だというわけだ。
「はあ。」
「やりましたね、うつろさん」
「……ほんと緊張したんだからぁ。」
三人そろって息を吐く。
身体を張って、無策の振りをとおして。
ようやく兄を倒すことができた。
ダメだったプランも考え、せひろとアポロに毒物か引火性ガスも用意させたが、使用しなくてよかった。
【悪をもって悪を制す】
最大の障害はこれで取り除けたわけだ。
「頼んだぞ、めいろ。」
わたしは生徒会室があるであろう、東を見た。




