第三十一話 私だってクレイジー
むしろ:主人公。世界への反抗心から死を追い求める。流されやすい性格。
うつろ:死を撮りたい狂人。脳をいじって記憶を消す術を持つ。
めいろ:うつろの旧友。死を嫌う常識人。少し押し付けがましい。
私は放課後せひろとカフェにやってきた。
店員がにこやかに注文をとる。
いまどき人を雇うなんてこの店は繁盛してるんだな、なんて思っていた。
「私はお腹すいたので、オムライス食べますが…むしろさんはどうなさいますか?」
せひろちゃんはこの状況で夕飯をとろうとしている。
なんたる豪胆さ。
見習いたい姿勢だ。
私はこの心中をばれまいと冷静に答える。
「抹茶オレ、ホイップを盛ってください。」
プラス40円ほどで山盛りの甘味が緑の丘に建立された。
「整理したいんだけどさ。せひろちゃんはうつろの洗脳実験とかのこと全部覚えてるんだよね?」
彼女はこくりと頷く。
私たちがここにやってきたのは今後の方針を固めるため…いや、レトロへの対抗策を練るため?
違うね、レトロが何をしたのか、その一点だけを知りたいのだ。
せひろちゃんは予想外の方向に突き進んだ。
「…私はもうあなたと関わりたくありません。」
「えぇ!?どうして!?」
(もう牙の抜けた老いライオンだよ!?)
彼女は冷えた水をじっと見つめた。
その水面に移るのは私の罪だろうか、それともうつろ?
手は震えている。
どちらにせよ、かなりのトラウマになってしまったように見える。
「いいえ、あなたは怪物です、以前変わりなく。」
訴えかけるその眼光は虚勢である。
おのれを喰われまいとする最後の抵抗。
ただひたすらに睨みつけるのだ。
かわいそうに…。
「うん、確かに私は怪物かもね。結果的に全校生徒を皆殺しにしたわけだし。」
「それですよ、それ!!普通の人は、人格を消してでも、思い出したくないものにするはずなんです!!なんで平然と生きていられるんですか!!」
「まあまあ。落ち着いて、せひろちゃん。」
正直うつろたちとの日々で人の死は見慣れてしまった。
一人でも全員でも差異はない。
「…本当は【辛いけど】忘れちゃったらまた最初からやりなおしだよ?それも虐殺は再放送するかもしれない。だから私は忘れない、決して。」
選択の末路。
私は大多数を切り捨てた、己のために。
…人を殺した感覚は確かにここにある。
『罪を意識して、記憶の片隅にその重みを置いておけば自然と贖罪の意識が芽生える、と思うんだ。』
おぼろが語った贖罪の方法。
彼女の意思は私の中で眠っている。
でも、不思議と懐かしい気がした。
もう一人の人格"むくろ"の影響かな…?
それとも…
「…私には理解できません。さあ、なんでも聞いてください。覚えている限りすべて話しましょう。」
怪訝な顔を見せているが、その実せひろはおびえている。
「じゃあスリーサイズはどのくらいかな?」
「帰っていいですか。」
優しさというには不器用で。
***
運ばれてきたのはデカいオムライス。
彼女は写真も撮らず、スプーンでその山を崩す。
かかった謎のソースは卵と絡み合うのが見えた。
「なるほど、レトロは生徒会室から侵入してそぞろたちを殺害ね…。」
「はい、そのあとにめいろさんがやってきてうつろさんを…」
彼女の末路は見届けた。
望んでいた監督ではなく、役者になってしまったうつろ。
その最期は凄惨で猟奇的だった。
(彼女のあんな姿はもう見たくない。)
「レトロの動機がわからないなぁ。彼女はいったい何者なの?」
「私は政府関係者だとみています。どこの所属かはわかりませんが…。」
…うーん、たぶんそれは違う。
一度おぼろが仲間になったときに聞いたことだ。
『私たち役人は問題に対応する速度は遅い。いちいち上の人に確認取らなくちゃ動けなかったりしてさ…。まるでアキレウスと亀のようにね。』
彼女も私たちの奇行を突き詰めてから二、三ヶ月かかって潜入に成功したと語った。
…だが、レトロは未然に防いだ。
フットワークが軽く、とても役人には思えない。
計画が露呈していたとしても、そのプロジェクトが始まったのは事件のわずか一週間前。
早すぎるのだ。
(彼女はもう一度私の邪魔をしてくる、そんな嫌な予感がする…。)
「もう一つ謎があるの。わずか四日でほぼ全生徒の記憶を消去し復元、さらに血などの汚れを短時間でできるものなの?」
洗脳作戦では体育館に人を集めて、簡単に歪な元の日常を作ろうとしていた。
それは洗脳方法が薬を使用したものだから集会が適切だったという理由だけではなく、ログに集会という外部の人間から見ても怪しまれない理由付けをすることの方が大きい。
「…前者に関しては誰がやったのか知っています。その者の名はアポロ。パソコン部の部員です。」
さっすがヒューマンコンピュータ兼生徒会庶務。
そんなささいな人物まで記憶しているだなんて。
「アポロくん?ちゃん?よく知らないけどパソコンが得意な子なの?」
「はい、彼女は性格にやや難ありますが、超人です。我々生徒会も秘密裏に何度か依頼したことがあります。」
「ほう…。してせひろセンセ、いったい何を頼み込んだのですかい?」
「禁則事項です。」
「なんでも答えるっていったじゃん!!」
「…私にも人権があります。それにあなたの野望とは関係ないでしょ!!」
ちぇっ。
生徒会のさらなる弱みを握ろうと思ったのにな。
──気づけば二時間が経っていた。
聞きたいことも聞けて満足だった。
出ようとした時、せひろが私の袖を引っ張った。
「もう少しだけ、居たい。」
つやっぽい表情を見せる彼女。
(ああ、まだ足りなかったのか。)
空腹は辛いと彼女を慮り、わがままに付き合うことにした。
しかし、妙に居心地の良い。
思い出のカフェだからだろうか。
せひろちゃんは二個目のオムライスを頼んだ。
私もカプチーノとワッフルを頼んだ。
(よく食べる子だな。)
私は笑みが溢れていたと思う。
三十分ほどが経過した。
私たちは会計を済ませる。
値段は高いけれど、それでもあの頃を思い出せたような気がして…
「むしろさん。私はまだ洗脳にかかっているのでしょうか。」
「どうしてそんなことを聞くのかな。」
「あなたへの恐れの下には気持ち悪い、唾棄すべき愛情のようなものが眠っていたようです。」
せひろは緊張が解けた。
頬を赤らめている。
寒さのせいだとは決めつけられなくて。
「…その感情の処理はあなたに任せるよ。」
簡単な別れ話。
もっともそんな親密な間柄ではないのだけど。
せひろはどこか悲しそうに手を振った。
「せひろちゃ~ん。」
大きな声で。
精一杯感謝を込めて。
「今日はありがと~!!もっとお話しようね!!」
彼女はすこし微笑んだように見えた。
そうして煌々と光る街の闇にへと消えていった。
彼女は残念ながらまだ洗脳にかかっているらしい。
うつろが取り付けた無条件の愛の呪い。
きっと上手く使えれば…。
「ダメ、だよね。」
絶滅危惧種の善性がその倫理観に待ったをかける。
マイノリティは私を良い子に導こうとしているのだ。
脳には未だ不明な点が多い、技術が進歩した今でもフルパワーの人間の身体能力はわからない。
…私はうつろの思考回路に近づいてきてしまったのだ。
吹き荒ぶ風は異様に冷たすぎて。
多分、私もクレイジーサイコ希死念慮ちゃん。
その頂へと歩みつつあるのだと実感してしまった。
(それが嬉しくもあるのがなんとも嘆かわしい。)
とにかく次の目標が定まった。
パソコン部のアポロ。
──うつろへのキーパーソンの一人だ。




