第三十話 浸ってんじゃないわヨ
むしろ:主人公。世界への反抗心から死を追い求める。流されやすい性格。
うつろ:死を撮りたい狂人。脳をいじって記憶を消す術を持つ。
めいろ:うつろの旧友。死を嫌う常識人。少し押し付けがましい。
簡潔にまとめると私はすべてを失った。
友人も権力も、死へのロードマップすらも。
残ったのはちっぽけな意地だけだ。
しかしあきらめるつもりはない。
うつろに死を撮ってもらう、それだけは譲れない。
「わあ!!」
うつろは感動していた。メガネを極彩色に光らせて世界を見ていた。
「まさか学園にこんなところがあるだなんて!!」
そう、連れてきたのは屋上だ。
私たちの出会いの地、とりあえず困ったらここへ来れば何とかなる。
「どう?何か思い出せた?」
「ごめん、むしろちゃん。何にも思い出せないや。私はここ数年間何をしていたんだろう。」
うつろの記憶は幼稚園時代で止まっていた。
そこからの記憶は断片的。授業にはついていけるみたいだけど交友関係は非情に狭まってしまったそう。
そして、問題なのは社会的常識はあるのだけれど、精神性が非常に幼い。
つまり、今の彼女は何者にも手の加えられていないダイヤの原石なのだ。
(あれ、私うつろみたいなこと言ってるな…)
感じる不安。
それは元のうつろに戻せるのか、という懸念。
あの日交わした約束をどうしても守ってほしい私は、サイコパスチックでミステリアスなクレイジーサイコメガネに戻ってほしいのだ。
もちろん、他に考えることあるだろ!!と突っ込まれれば返す言葉はないのだけれど。
それはきっと私のオリジンであり、譲れば私である意味がないのだと思う。
私の憂慮とは裏腹に、うつろは妙にうっとりと空を眺めていた。
空は晴れているがぽつんとした雲があった。
その近くにはヘリコプターが飛んでいる。
うつろは何を考えているのか気になる。
わずかな微笑みを見せる彼女の横顔を眺める。
私は不意に口が動いたのだ。
「浸ってんじゃないわヨ。」
「え?」
もたらしたのは滑ったという現実。
耳の先まで赤くなるのを感じる。
恥じらい、そう行動に見合わない自信が私を辱めた!
「むしろちゃんって…
やめろぉ!!うつろよ。もう何もいわないでくれぇ!!
わりとかわってるのね!」
おーまいがー
今度こそは完璧美少女むしろちゃんを目指そうと思ってたのに。
だが。
うつろの笑顔はひまわりのようだった。
季節外れの遅れてきた夏の妖精。
まあいっか。
屋上のドアがガラガラと音を立てて開く。
???「探したわよ、うつろ!!」
…随分と聞きなじみのある声だった。
私に生の楽しみを教えてくれた人、私のそばで学校生活を充実させてくれた人。
うつろを人格矯正センターへと通報した人、生徒会長に通告しうつろの寿命を減らした人。
学生の私の最大の理解者であり、死の絶対的敵対者。
───めいろだった。
***
「めいろ…。」
警戒MAX。いつ銃を取り出されてもいいように構えた。
「何見てんのよ。というかアンタ誰?」
彼女は機嫌を悪くしながらこちらへ近づいてきたのだ。
剣幕がすごい。
初めてあったときを思い出す。
どうやら直近の記憶はなさそうだ。
「えっと私は木上 夢白です…。うつろさんとは【今日知り合いました。】」
「そ。私は人道 明路。うつろの大親友よ。幼稚園からの古い、古い友達。ぽっと出のあなたと違ってね。」
若干の毒を吐く。
これは対抗意識からくるものなのか。
簡単な自己紹介を済ませたのち視点はうつろに移された。
「うつろ!!もう、今日は図書館で勉強しようって言ったじゃない!!」
「あはは。忘れてた!!」
朗らかに笑ううつろ、うーん太陽。
「もう、あんたはいつもそうやって…。」
私にはこの二人がうらやましく見えた。
たぶんこれはめいろのオリジンであり、彼女が望んだ世界だ。
普通の青春、特に描写する場面のない陳腐でありきたりなストーリー。
(でも、この友情は何よりも価値がある。)
「ごめんね、むしろちゃん。めいろちゃんと勉強してくるから~」
「うん、わかった。いってらっしゃい!」
彼女はずっと手を振っていた。
ちらっとめいろは手で首を横にきった。
そうだった、めいろは嫉妬深いんだった。
私は笑顔で中指を立てた。
二人がいなくなり再び私の世界は静まってしまった。
昼休みは長くあと半刻ほどある。
鞄の中からコッペパンを取り出しかじる。
ほんのりスパイシーなカレー味。
(寒いな。)
私はただ口を動かしていた。
***
気づけば夕方になっていた。
(授業さぼっちゃったな。)
私はのんきなことを考えていた。
足音が近づいてきてドアノブが音を立てる。
(うつろ!?)
来訪したのは意外な人物だった。
せひろちゃんだった。
生徒会庶務 蔵人 千紘 (セフィロ・クロード)。
数日前まで私とともに死徒会に入っていた人物だ。
「げ…。会ちょ…えーっと、木上さん。」
一瞬の呼び間違い。
その声には確かな恐怖心を孕んでいた。
「下校時刻が近づいていますので…。それでは。」
彼女は何事もなかったかのように、そして平静さを保つように冷淡に言い放った。
その隙を見逃す私じゃない。
「ねえ、せひろちゃん。
…覚えてるでしょ。」
一刻も早くその場を後にしようとするせひろ。
彼女が死徒会に加わっていたのは生徒会のノウハウを知るという理由のほかにもう一つある。
彼女は〈ヒューマンコンピュータ〉と呼ばれているほど記憶力が良いのだ。
そのためうつろが洗脳実験の被検体としてスカウトしたらしい。
「【何のことだかさっぱりです。】」
「嘘つき。」
彼女は沈黙している。
「ちょっとお話したいな。」
「…。わかりました。少し歩いたところにカフェがあります。そこでお話しましょう。」
私は何も彼女を脅そうとしているわけじゃない。
ただ──
レトロが何をしたのか、その一点だけを知りたいのだ。
いつかまたやってくる正義の使者を倒すために。




