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第十三話 空より星降る暑い夏

めいろ、それはむしろにとって二人目の友人であり、思い出すことのできなかった存在である。


「誰!?」

「私はめいろ、ただの幽霊部員よ。」


あ、名簿で見たことがある。

ずっと部活に来なかったけど、こんな人だったんだ。


「なんでこんなところに…。」

ふとブレザーを羽織る。

私は自分の姿を隠したかった。

身体中泥まみれ、草の臭いを引っ下げる無様な姿を。


「たまたまよ。体が鈍っていたから遠くまで歩いていただけ。」


「聞いてよむしろ。久しぶりに学校に行ったけど、本当に退屈な一日だったの。もっともずっとベッドで寝ているよりもマシだったけれど。」


ナチュラルに接してくる彼女。もしかして記憶がなくなったことを知らない!?

…そんなことより一つの疑問。

「部活に来れなかったのはなんで?…身体が悪かったの?何か治りの遅い病気だったとか。それとも単純に私のことがキラいだったとか…。」


めいろは少し考えた。

「いいえ。身体が悪かったというか、身体がなかったの。」


え、それってどういう。

「心臓と、頭だけ。そこで助けも求められず、身体が形成されるのを待ったわ。」


「死ねない苦しみってのを味わってたの。」

すっかり暗くなった舗装路を歩く。

蝉よりも鈴虫がうるさい。


人の数だけ歴史がある。

壮絶な出来事があったのだろう。

具体的なイメージはやめておこう。


「側から見ればペナンガランとかピー・ガスとかそんなカンジの妖怪だったわ。」

随分とあっけらかんとしている。

悲壮感ゼロ。

あ、↑閲覧注意ね。


それに比べて私は…

自己嫌悪の無限ループ


「はああああああ…。帰るよ。」

超でかいため息のあとに、めいろは私の薄汚れた手を取る。


「帰るってどこに。」

「あなたの家以外ないでしょ。」


てきろちゃんを見つけるまでこの場から動きたくない。

しかし、こんな暗い中探しても無駄だ。

とうに分かっている。

携帯の充電も随分前から切れている。


私の手を取る彼女の手は小さく白味がかっていた。


「うげぇ、汚すぎでしょ。帰ったらちゃんと風呂に入りなさい。」

すっごい嫌な顔。

でも…言動とは裏腹に確かな良心を感じた。


「ありがとう。」

「別に…。あんたを送ったら帰るから。」


空より星降る暑い夏。

泥に塗れた少女と薬臭い少女がただ道を進んでいった。


***


「随分遅かったじゃないか。」


部屋の中にはうつろがいた。

暗証番号は変えたはずだ。


「なんでアンタがここにいるのよ。」

真っ先に噛みついたのはめいろだった。


うつろはしゅんとしながら髪をいじっている。

「私はこの家でお泊まり会でもしたかっただけだよ。」


同意してませんが、そんなこと言える雰囲気じゃない。


「ハァッ!?なんでよ!!」

そうだ、めいろその勢いでいっけぇ!!


「なんでコイツの家でなのよ!!」

拳をギュッと握りしめていた。血管すら浮き出る勢い。


そうだった、めいろはうつろ大好きなクソ重ヤンデレガールだった。

忘れてた忘れてた。


「…まあ他愛ない話は終わりにして、本題に入ろうか。」


「むしろちゃん、実はてきろが見つかったの。」

「え」


「何度か連絡したんだけれど、繋がらなくて。」

着信履歴を私に見せる。


電話の電源は今日の朝にメッセを送って以降切れていた。


「でさ。彼女がこのお泊まり会に参加したいって言っていてね。あ、みくろも。」


そっか。それは…良かった。

二人には、いやうつろにも迷惑かけちゃったな。


「探してくれてありがとうね、うつろ。」


「ねえ、二人はいつ来るの!?」

「?」

うつろは首を傾げた。


「もうすぐじゃない?」

「随分あやふやな返事ね。準備もあるだろうししっかりするべきだとは思うけど…。」

めいろはクドクド他の部員に悪態つき始めた。


いつだってうつろはスマイル。

さりげなくめいろを無視した。

「それでむしろちゃんに一つ聞きたいんだ。」


彼女は奥の部屋から二つの大きな箱を持ってきた。

「この前、あなたは私を労ってくれた。これはそのお返し。でも開ける前に聞きたいことがあるの。」


「…何?」

流れるのはエアコンの冷気。


「生を賛美するてきろ、君の過去を追うみくろ、自死を忌むめいろ、死を肯定する私。君は誰を相棒としたいんだい?」


私は…


「友達に優劣はつけないよ。」


「それに、私は今のみんなが好き。のほほんとした日常が。私の湿っぽい夢を忘れさせてくれる淡い日々がとっても。」


うつろは冷たく。

「嘘はよくない。」


「君はてきろと過ごしたいと願っているね。」


…そんなことない。

自分にそう言い聞かせた。


いや、嘘はやめよう。

私はてきろのことが、ほんのり好き。

いや結構大好き。


でも恋人になりたいかって言えばそうでもない。

部員としてのみんなが大好き、どこかおかしいみんなが本当に。


「うつろの言う通り、てきろのこと気にかけてる。それだけじゃなくてみくろのことも。みんなのことも!!」


彼女の顔が曇った。

「で、でも約束は忘れてないよ!!うつろには私の死を撮ってほしいし。めいろの手助けだってしたい…。でも誰かを相棒になんて選べない。」


「みんな仲良くッ。現状維持ってダメかなぁ?」


さすがのうつろもため息をついた。

「ダメ。」


「ねえうつろ。やっぱり勝負は別のものにしましょう。これ以上むしろを巻き込むことないわ。」

「ダメ…。」


はあああああ。

彼女による二度目のため息。

「…じゃあ殺すしかないわ。」

「え」


飛ぶナイフ。とっさに避けるも肩をざっくり負傷。


「なんで?またリセットするの?」

「現状維持の先に改革はない。死はない。いわば双方の夢は絶対叶わないってことなの。私は死を撮りたい。」


「だからなかったことにする。思い出を、一握りの青春を。」

頑固。ひたすらに。

このクレイジーサイコメガネはそういう人だった。


(そ、そんなぁ。情熱はあるよ。死にたいって思ってるし。

だから、だからぁ。)

結論を出せずウジウジする。


「みくろちゃんに昔の私の武勇伝も聞かせてもらってないし…。てきろちゃんに告白の返事もしてないの。二人が来るまで待っててよぉ。」

必死の懇願。


「二人とも死んでいるわ。」

うつろはプレゼントの中身を見せる。

屈葬されたてきろとみくろがいた。


「もう漂白してしまったから、記憶も全て。今残っているのは死活部に誘う前の記憶だけ。」


学校にあるバックアップもすでに手を回して消しているだろう。

うつろは用意周到だから。


日常が、普通の日々が取り返しつかなくなってしまった。

…なら、もう未練はない。二人の記憶が完全に戻らない今、私は生き延びる意味などない。


「…せめてやさしく殺してね。」

私は首を差し出した。

涙か怒りかぐっと湧き出る何かを堪えて目を閉じる。


「ねえ、うつろ。やめて。殺さないで。お願いだから。」

泣きながらうつろの腕を掴むも振り払われた。

足をくじき、うずくまり唸っている。


「めいろ、私はここで止まっちゃダメなんだ。すまない。」

「…ごめんねむしろちゃん。」


鋭い痛み。

凶器が何かはわからない。

知る必要がないから。


私は意識が落ちていく。

死ぬってなんだろう。


それは、人が忘れた温もり。

怖いけど、どこか安らぎがある終着点。


今まで漠然とした理想だったもの。

どうやって先人は死んできたのだろう。


万能細胞に弱点なんてあるのかな。

みくろちゃんとてきろちゃんには迷惑かけちゃったな。

わざわざ死ぬことなんてなかったのに。



(あーあ、死にたい。)


意識はまどろみの中に沈むように。


***

「あれ、私なんかふわふわしてる。これってもしかして死!?」


「残念!!これは夢だ。」

「ま、思うようにいかねぇって点では死も似たようなモンかもな。」


てきろとみくろがそこにいた。姿形は朧げだけど。


「二人とも、会えてよかった…」

泣きながら抱きしめようとしても、すり抜けるだけ。


「むしろくん、私たちはここで終わりだ。君と過ごした日々はかけがえのないものだったけれど…」

「泡みてぇに儚いもんだ。永く生きれば忘れちまうような、そんな崩れやすいもんだ。」


「だから、あれを大事にしてくれたまえ。」

「姉御の死につながるかもしれねえ、キーパーツってやつだ。」


二人が指差したのは一枚の写真。

あの時プリクラで撮った死活部の集合写真。


「思い出に残っている限り、私たちは君の胸の中で生き続ける!」

「つまりは誰からも覚えられてなけりゃ、そいつは死んでるってこった。」


「それはむしろくんが自分で導く答えだったのに!!」

「時間もねぇんだ、さっさと伝えるのが筋だろ!!」

二人はいがみ合う。


それを見て笑ってしまった。

いや泣いていたのかも。


「じゃあね、むしろくん。」

「グッバイ、姉御ぉ〜。アイツらによろしくな。」


二人は最初からそこにあったかのような鏡に進んでいく。


私は声を振り絞った。

幻想だとしても伝えたい。

「てきろちゃん、愛してるよ。死ぬまで忘れないから!!」


「みくろちゃん、メイド服可愛かったよ。武勇伝は…もう聞けないけど、昔の私に恥じない強い女の子になるから!!」


二人が笑った気がした。


見えなくなるほど遠くに。鏡の奥の奥に。

声も交わせないほどずっと先に行ってしまった。


途端に吸い寄せられる。


目覚めの時だ。


私が殺された7月15日から一ヶ月が経ち、8月の後半。

家のベッドで目を覚ます。

忘れないうちに、と二人からの伝言をノートに書き留める。



空より星降る暑い夏。

私は生き返った。

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