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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

前歯膨張欠損症

作者: 大岩 竜夜

 カフェで腕時計を眺めていると、ピロンとスマホに通知が来る。その通知には「そろそろ着くから俺の分も先に注文しておいてくれ。いつも通り微糖で頼むよ」と書かれていた。

「なるほど、遅れてくるとは好都合だな」

 口元に笑みを浮かべてブラックコーヒーを2つ注文する。事前に調べて入った店なので、微糖のコーヒーなんか置いていないことはわかっていた。

注文の品が届いた後、カバンの中に入れておいたシロップの容器を探り当てようとする。が、手が震えて上手く取り出せない。深呼吸をしながらふと顔を上げると、見知った顔の人物が辺りを見渡していた。予想以上に速い到着に焦りながらも軽く手を振ってやる。するとこちらの存在に気づいたようで、なんとも言えぬ憎たらしい笑顔で俺の前の席に座るや否や口を開いた。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「あぁ、元気だったよ」

 コーヒーを口に運びながら答える。俺はこいつのことが嫌いだった。

だが、今日は会いたくて仕方がなかった。とはいっても思い出話に花を咲かせたいわけではない。上手く話を繋げてなんとしてもシロップの容器の中の液体を入れなければ……。

「そうだ、この店には微糖は置いてないらしいからお前のもブラックなんだ」

「えぇっ、勘弁してくれよー」

「悪かった。代わりと言っては何だが、シロップなら俺が持ってきてある。入れるか?」

「まじで?じゃあ遠慮なくもらうぞ」

口から咄嗟に出た言葉だったが怪しまれずに済んだようで助かった。それと同時に、もう後戻りはできないことを悟る。覚悟が決まったのか、もう手は震えていない。

 俺がシロップの容器についている蓋を剥がしてコーヒーに入れてやるとすぐに飲み始め、満足そうな笑みを浮かべた。羨ましいほどに白い歯がカップと唇の隙間からチラリと覗く。相変わらず自分の職場でホワイトニングを欠かさずやっているのだという事実を突きつけられて少し苛立ちを覚えたが、これからこの顔が歪む様を想像すると悪くないように思えた。

「お前はまだ歯科医をやってるんだっけ?」

「おう。親父の跡継ぎでな」

 軽く探りを入れてみると、やはり思った通りだ。もう少し深堀してみようか。

「どうだ、最近は大変なんじゃないのか? なんでも奇病が流行っていると言うじゃないか」

「実はそうなんだよ……どうしたものか」

 ぐしゃぐしゃと頭を搔く様子を見るに、相当困っていることが分かる。

これは学生時代から変わらない彼の癖だった。難問に直面すると頭を掻くのだ。それほど厄介な奇病なのだから仕方がない。


症状としては、キーンと耳鳴りがしたかと思えば、前歯が膨張してパキッパキッと欠けていくというもの。しかも発症する原因が不明。なにもわからない未知のウイルスだ。

 などと思考を巡らせていると、不思議そうな顔で

「にしても……どうして知っているんだ? これはまだ世に出ていない情報なのに」

と問われた。俺は事前に用意していた言葉を吐き出す。

「職業柄、風のうわさで耳にしたんだ」

 そう、俺は研究者。それも感染症学の研究者だ。

「そうか……そろそろニュースになるのかもしれないな」

「患者も増えているみたいだから、時間の問題だろうね」

 と、ここで俺のスマホから着信音が鳴り響いた。事前に打ち合わせしておいた時間になったことを示すものだ。つまり俺はこの場から急いで退散しなければならない。

「すまない、急用ができてしまった」

できるだけ申し訳なさそうな声を出すと「また今度、ゆっくり話そう」なんて言われたが、「また」も「今度」も存在しないことは俺だけが知っている。皮肉なことだ。

 さりげなくシロップの容器を回収しつつ店を出た瞬間、外にいるにも関わらずものすごい叫び声が聞こえてきた。声の主は当然、先ほどまで談笑していたあいつだ。満足げだったあいつの顔は、遠目にガラス越しでもわかるほど焦りと不安が混じった表情に変わっていた。全て計画通りに進んだあまりの嬉しさに、思わず俺は一言呟く。

「あぁ、馬鹿だなぁ……そのウイルスをばらまいた犯人は目の前にいたというのに」

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