第9話 異界技術と、温泉開発
# 第9話 異界技術と、温泉開発
林業改革が軌道に乗り始めた朝、メリルが興奮した様子で領主館にやってきた。
「レオンちゃん、見て見て~!」
両手で抱えているのは、見たこともない奇妙な機械だった。
黒い本体から4本のアームが伸び、それぞれの先端にプロペラがついている。下部にはカメラレンズのようなものが見える。全体的に昆虫を思わせる形状だ。
「これは……?」
「分からないの~! でも、昔の戦利品の中から見つけたの~!」
メリルが目を輝かせながら迫ってくる。
「レオンちゃんがあのゲーム機で林業を再生できたなら、これなら何ができるの!?」
彼女の期待に満ちた眼差しに、断る選択肢はない。
「ちょっと貸してください」
俺はスマホで検索を始めた。形状から推測して、いくつかのキーワードを入力する。
「ありました。これは『ドローン』という機械ですね」
「どろーん?」
「空に飛ばして、上空から辺りの光景を撮影できる装置です」
画面に表示された説明を読み上げる。
「なるほど、これがあれば領地全体の状況を把握できますね」
「すごい~! 早速飛ばしてみましょ~!」
領主館の中庭に移動し、取扱説明書を検索しながら準備を進める。
電源を入れ、コントローラーとペアリング。プロペラが回転を始め、ブーンという音が響く。
「よし、離陸!」
レバーを操作すると、ドローンがふわりと浮き上がった。
「飛んだ~!」
メリルが拍手をする。
しかし――
「うっ……」
コントローラーのモニターに映る映像が、激しく揺れている。ブレブレで、何が映っているのかさっぱり分からない。
「ちょ、ちょっと待って……」
慌てて操作するが、ドローンは言うことを聞かない。右に行こうとすれば左に流れ、上昇させようとすれば急降下する。
「あ、やばい!」
ドローンが木に向かって突進していく。
シュッ!
墜落寸前で、メリルが素早く動いてキャッチした。
「あぶなかった~」
「すみません……」
これでは、いつか壊してしまう。せっかくの異界の技術が無駄になってしまう。
「メリルさん」
俺は思いついたことを口にした。
「ドローン操作のスキルは作れないんですか?」
「えーと……」
メリルが困ったような顔をする。
「私が操縦してる姿をイメージできないから、できないの~」
「イメージ?」
「私ができる、いつかはできると思ったら作れるんだけど~」
メリルが指を折りながら説明する。
「異世界の言語とかは、何百時間、何千時間と勉強し続けたらいつかはできると思えるから作れるの。でも、これはどうやったらできるかも分からないから~」
なるほど、だからスマホを使いこなせなかったのか。検索機能が存在することすら想像できなかったから、50年間ゲーム機としてしか使えなかった。
「他にも制限がいっぱいあるけど~」
メリルが口をつぐむ。
「チョコちゃんに怒られるから言えないの~」
現実改変にも、色々な制約があるらしい。俺が上手くサポートしてあげなければ。
「では、別のアプローチはどうでしょう」
俺は考えながら提案した。
「物体を思い通りに操作する、みたいなスキルは作れますか?」
「物体操作?」
「はい。それと、ここに映る映像を直接頭に投影するスキルも」
メリルの表情が明るくなった。
「それならできそう~!」
彼女は手のひらに魔力を集中させ、土でできた小さな鳥を作り出した。それを指先で操るように、くるくると飛ばして遊び始める。
「こんな感じで物を動かすのなら、イメージできるわ~」
「それです!」
「レオンちゃんすごい~! 異界の技術にとらわれずに、冷静な判断ができるなんて~!」
パン!
背中を叩かれ、新たなスキルが流れ込んでくる。
【スキル習得】
・念動操作 LV.8
・視覚同調 LV.7
・空間認識強化 LV.6
「これで大丈夫かしら~?」
「試してみます」
ドローンを手に持ち、念動操作を発動させる。機械の構造が、まるで自分の体の一部のように感じられる。
そっと念じると、ドローンが音もなく浮き上がった。プロペラは回転しているが、その動きを完全に制御できている。
「すごい……」
視覚同調を使うと、ドローンのカメラが捉えた映像が、直接脳内に投影された。まるで自分が空を飛んでいるかのような感覚。
ドローンを上昇させていく。10メートル、20メートル、50メートル……
眼下に広がる領地の全景が、鮮明に見えてきた。
「これは……!」
北の森林地帯は、間伐作業が順調に進んでいる。整然と管理された森が美しい。
東の薬草畑も、緑が濃くなってきている。水に沈む高品質な薬草が育ち始めているようだ。
西は商人ギルドの管理地なので変化なし。
そして、南は――
「あれは……?」
荒野の中に、白い湯気が立ち上っている場所があった。
ドローンを接近させて確認すると、岩の間から熱い湯が湧き出している。
「温泉だ!」
「温泉~?」
メリルが興味深そうに覗き込む。
「南の荒野に温泉があったなんて~」
これは大発見だ。温泉があれば、新たな産業が生まれる。
俺はドローンを回収し、すぐに現地調査の準備を始めた。
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南の荒野は、名前の通り荒涼とした土地だった。
岩と砂ばかりで、植物はほとんど生えていない。しかし、ドローンで見つけた場所に近づくと、硫黄の匂いが漂ってきた。
「本当に温泉ね~!」
メリルが岩の隙間から湧き出る湯に手を入れる。
「熱い~! でも気持ちよさそう~!」
俺は温度計で測定した。約42度。入浴に最適な温度だ。
さらに、持参したキットで成分を調べる。
「硫黄泉ですね。肌に良い成分がたっぷり含まれています」
「じゃあ、これを街まで引っ張ってきましょ~!」
メリルがあっさりと言う。
「引っ張る?」
「私の魔法で、温泉の源泉から街まで地下水路を作るの~」
さすが建国王。スケールが違う。
「でも、ただの温泉じゃつまらないわよね~」
メリルが何かを思いついたような顔をする。
「そうだ! 薬草風呂にしちゃいましょ~!」
なるほど、それは面白い。
領地に戻ると、さっそく作業を開始した。
メリルの魔法で、温泉から街の中心部まで地下水路が作られる。その先に、大きな浴場施設を建設することにした。
「薬草の選別から始めましょう」
俺は倉庫から、水に浮いてしまった低品質の薬草を集めてきた。
「これらは薬としては使えませんが、入浴剤としてなら十分です」
薬草を種類ごとに分け、それぞれの効能を確認していく。
リラックス効果のあるラベンダー系。
血行促進のショウガ系。
美肌効果のカモミール系。
「でも、これだけじゃまだ足りないわね~」
メリルが魔法で水の球を作り出した。
「これは『精霊の涙』っていう魔法の水よ~。普通の水より浄化作用が強いの~」
なるほど、これで薬草をさらに選別するのか。
水に浮いた薬草を、精霊の涙に入れてみる。すると――
「おお!」
一部の薬草はそのまま浮いたままだが、半分以上は沈んでいった。
「魔法の水でも浮くのは、本当に品質が悪いのね~」
「でも、これも使い道があります」
俺は浮いたままの薬草を集めた。
「効力は薄いですが、見た目は綺麗です。これを浴槽に浮かべれば、雰囲気が出ます」
沈んだ薬草は、石臼で丁寧にすりつぶす。ペースト状になったものを、布袋に詰めていく。
「これを温泉に入れれば、薬草風呂の完成です」
建設中の浴場に向かうと、すでに基礎工事が始まっていた。イリーナが現場を指揮している。
「領主様、浴場は男女別にしますか?」
「もちろんです。それと、露天風呂も作りましょう」
設計図を広げ、詳細を詰めていく。
大浴場、露天風呂、サウナ、休憩所。本格的な温泉施設になりそうだ。
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一週間後、ついに温泉施設が完成した。
『リーンハルト温泉』と名付けられた施設は、領民たちの新たな憩いの場となった。
「気持ちいい~!」
女湯から、メリルの声が聞こえてくる。
男湯に浸かりながら、俺は満足感に浸っていた。
薬草の香りが漂い、肌がすべすべになっていくのが分かる。露天風呂から見える星空も美しい。
「領主様、素晴らしい施設です」
隣で入浴していた木こりのジャックが言う。
「仕事の疲れが、すっかり取れました」
入浴料は、領民は特別価格の銅貨5枚。外来者は銀貨1枚に設定した。
商人ギルドのキャラバンも、さっそく利用し始めている。長旅の疲れを癒すのに最適だと、評判も上々だ。
「これで、また新しい収入源ができましたね」
イリーナが報告書を持ってくる。
「初日だけで、銀貨50枚の売り上げです」
薬草栽培、林業、宿泊業、そして温泉業。
領地の産業は、着実に多様化している。
異界の技術と魔法を組み合わせることで、思いもよらない発展を遂げている。
ドローンでの領地監視も日課となり、問題の早期発見に役立っている。
夜、領主館に戻ってから、俺は完成したばかりの温泉施設の露天風呂を確認しに行った。
営業時間は終了しているが、領主として施設の最終チェックは必要だ。それに、ゆっくりと一人で入浴したい気分でもあった。
脱衣所で服を脱ぎ、タオルを持って露天風呂へ向かう。
引き戸を開けると――
「あら~、レオンちゃん~!」
「ひゃああああ!」
そこには、何も身に着けていないメリルが、堂々と湯船に浸かっていた。
ピンク色の長い髪を頭の上でまとめ、白い肌が月光に照らされている。豊満な胸が湯面に浮かび、まったく隠そうともしていない。
「め、メリルさん! なんでここに!?」
俺は慌てて目を逸らす。
「だって~、一番貢献したのは私でしょ~?」
メリルがケロッとした顔で言う。
「温泉を引っ張ってきたのも私、地下水路を作ったのも私。だから、一番風呂に入る権利があるの~!」
その理屈は……間違ってはいないが……
「せ、せめてタオルで隠してください!」
「なんで~?」
メリルが不思議そうに首を傾げる。そのたびに、色々なものが揺れて、目のやり場に困る。
「恥ずかしい逃げ傷は1個もないから大丈夫よ~」
「そういう問題じゃありません!」
「400年生きてて、傷一つないのよ~? 自慢の体なんだから~」
確かに、その白い肌には傷跡一つない。まるで陶器のように滑らかで美しい。
って、そんなことを観察している場合じゃない!
「と、とにかく俺は後で来ますから!」
逃げようとすると――
「やだ~! 一緒に入ろ~!」
メリルが湯船から立ち上がる。
全身が露わになり、俺は慌てて後ろを向いた。
「300年ぶりに友達ができたんだから、一緒にお風呂くらい入りたいの~!」
「男女が一緒に入るものじゃありません!」
「チョコちゃんとは小さい頃一緒に入ってたわよ~?」
「それは親子だからでしょう!」
押し問答をしていると、メリルが少し寂しそうな声を出した。
「……嫌なの?」
その声に、罪悪感が湧いてくる。
でも、さすがにこれは……
「せめて、タオルを巻いてください。それなら……」
「分かった~!」
メリルが素直にタオルを体に巻く。胸元と腰回りが隠れて、少しはマシになった。
俺も観念して、タオルを腰に巻いたまま湯船に入る。メリルとは十分な距離を取って。
「ふふ~、やっぱり温泉は誰かと入った方が楽しいわね~」
メリルが嬉しそうに足をバタバタさせる。
「レオンちゃんのおかげで、こんな素敵な温泉ができたんだもん~」
「俺は企画しただけです。実際に作ったのはメリルさんとイリーナさんたちです」
「でも、最初に温泉を見つけたのはレオンちゃんでしょ~?」
薬草が溶け込んだ湯が、疲れた体に染み込んでいく。確かに、これは格別だ。
しばらく静かに湯に浸かっていると、メリルがぽつりと呟いた。
「チョコちゃんも、昔は一緒に住んでくれてたのよ~」
「え?」
「100歳くらいまでは、ずっと一緒だったの~。でも……」
メリルの表情が少し曇る。
「お嫁さんができてからは、すっかりお嫁さんに心を奪われちゃって~」
湯をすくいながら、メリルは続ける。
「当たり前よね~。素敵な奥さんができたんだもん。母親なんて、たまに会えれば十分よね~」
その声には、理解と寂しさが混じっていた。
「でも、分かってても寂しいものは寂しいの~」
月光に照らされたメリルの横顔は、いつもの無邪気な表情とは違って見えた。
「メリルさん……」
「あはは~、ごめんね~。暗い話しちゃった~」
メリルが慌てたように笑顔を作る。
「でもね、レオンちゃん」
真っ直ぐな瞳で、俺を見つめてくる。
「私も英雄なんて呼ばれてるけど、結局は一人の人間なの~」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「強いから寂しくないなんてことはないし、400年生きてても、誰かと一緒にいたいって思うの~」
建国王、最強の剣聖、生ける伝説。
様々な称号で呼ばれる彼女も、結局は孤独を抱えた一人の女性だった。
「だから、レオンちゃんが友達になってくれて、本当に嬉しいの~」
メリルの言葉に、俺は静かに頷いた。
「俺も、メリルさんと出会えて良かったです」
「本当~?」
「はい。俺も一人ぼっちでしたから。気持ちは、少しは分かるつもりです」
二人で星空を眺めながら、温泉に浸かる。
英雄も、元Fランク冒険者も、結局は同じ人間。
寂しさを抱え、誰かとの繋がりを求めている。
「これからも、よろしくね~」
「はい、こちらこそ」
薬草の香りに包まれながら、俺たちは静かに湯に浸かり続けた。
肩書きも、力の差も関係ない。
ただの友達として、これからも一緒にいられれば。
そう思いながら、俺は隣で幸せそうに湯に浸かるメリルを、そっと見守っていた。