第8話 異界の戦利品と、林業革命の始まり
# 第8話 異界の戦利品と、林業革命の始まり
薬草栽培の再開から一週間。畑には緑の芽が顔を出し始め、領地には少しずつ活気が戻ってきていた。
その日の朝、俺は領主館の執務室で書類と格闘していた。
「収支報告書、在庫管理表、商人ギルドへの申請書……」
山積みの書類を前に、俺はため息をついた。速読スキルのおかげで内容は瞬時に理解できるが、それでも量が多すぎる。
「レオンちゃん、お茶よ~」
メリルが紅茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
一息ついていると、メリルがポケットから何かを取り出した。
「これ見て~、面白いのよ~」
それは、手のひらサイズの薄い板だった。表面は黒い鏡のようで、つるつるとした質感。側面には小さなボタンがいくつか並んでいる。
「これは……?」
「スマートフォンっていうの~。異界の戦利品よ~」
メリルが画面をタップすると、突然光って動く絵が表示された。
「ほら、お笑いの動画が見れるの~!」
画面には、異世界の芸人らしき人物が滑稽な動きをしている映像が流れていた。
「あははは~! この人、変な顔~!」
メリルが子供のように笑っている。
「他にも、パズルゲームができるのよ~」
画面を切り替えると、色とりどりの宝石を並べるゲームが表示された。
「これ、3つ揃えると消えるの~。暇つぶしに最高~!」
「面白い魔道具ですね。どこで手に入れたんですか?」
「50年くらい前に、転生者がやってくる世界に行った時の戦利品よ~」
メリルが懐かしそうに笑う。
「最初は観光のつもりだったんだけどね~。でも、着いてすぐに巨大な機械の化け物に襲われちゃって~」
「機械の化け物!?」
「鋼鉄でできた巨大な猪よ~。ビルとかいう建物を突き破って暴れ回ってたから、退治したの~」
メリルが楽しそうに続ける。
「そしたら、次は空から機械の鳥の大群が! ミサイルっていう爆発する槍を撃ってきたから、全部倒したわ~」
「全部……」
「他にも、地中から出てくる機械のモグラとか、海から来る鋼鉄のクジラとか~。一週間くらい、次から次へと現れる魔物を倒してたの~」
メリルが指を折りながら数える。
「結局、大型の機械魔物を50体くらい、中型を200体、小型は数え切れないくらい倒したかな~」
「そんなに!?」
「だって、向こうの世界の人たちが困ってたんだもん~。で、倒した魔物を解体してたら、中から色んな部品が出てきたの~」
メリルが得意げに胸を張る。
「討伐した魔物の素材は冒険者の取り分でしょ~? だから全部持って帰ったわ~」
「それだけじゃないわよ~。魔物が出てきたダンジョンにも潜ったの~」
「ダンジョン?」
「向こうの人たちは『デパート』って呼んでたけど、地下に巨大な迷宮があったのよ~。魔物を倒したら、床に色んなものが落ちてたの~」
メリルがスマホを掲げる。
「このスマートフォンも、たまたま床に落ちてたのを10個くらい拾ったの~。ダンジョンの戦利品よ~」
「他にも、『ノートパソコン』とか『タブレット』とか、光る板がいっぱい落ちてたから全部回収~」
「それで、その戦利品はどうしたんですか?」
「知り合いのマロンって科学者に全部あげたわ~。そしたら、このスマートフォンだけ改造して返してくれたの~」
メリルが嬉しそうに続ける。
「『時空魔法で向こうの世界のサーバーに接続できるようにしました!』って言ってたけど、よく分からなかったわ~」
「でも、おかげでお笑い動画が見放題~! ゲームもできるし、最高の暇つぶし道具よ~」
メリルはまたパズルゲームを始めた。
俺は興味深そうにスマホを眺めていた。異世界の技術か……もしかしたら、他にも機能があるのでは?
「メリルさん、ちょっと貸してもらえますか?」
「いいわよ~。でも、ゲームと動画以外は難しくて分からないわよ~?」
「その前に、一つお願いが」
俺は少し考えてから言った。
「異世界の言語を理解するスキルをもらえませんか? きっと役に立ちます」
「言語解析のスキル? いいわよ~」
パン!
背中を軽く叩かれると、新しい知識が流れ込んできた。
【スキル習得】
・異界言語解析 LV.10
・文字認識 LV.10
・意味理解 LV.10
「これで、どんな言語でも理解できるわよ~」
俺はスマホを受け取り、画面を観察した。メリルが得意げに説明する。
「私ね~、最初は何も分からなかったんだけど、偶然『ゲーム』っていうボタンを押したら、いっぱい遊べるものが出てきたの~」
「それで50年間?」
「そうよ~! パズルゲーム、アクションゲーム、シミュレーションゲーム……色んなゲームで遊んでたの~。特にこの『農場経営ゲーム』が好きで~」
メリルが画面を見せる。確かに、様々なゲームアプリがインストールされていた。
「でも、他のボタンは怖くて押せなかったの~。変なことになったら困るし~」
なるほど、ゲームだけは徹底的に楽しんでいたようだ。
俺は画面の下の方に並んでいるアイコンを確認した。言語解析スキルのおかげで、それぞれの意味が理解できる。
「これは……」
虫眼鏡のマークをタップすると、文字を入力する画面が現れた。
「もしかして、検索機能?」
試しに「林業」と入力してみる。すると――
「!」
画面に、林業に関する膨大な情報が表示された。
「メリルさん、これすごいです! 情報を検索できるんです!」
「え~!? そんなこともできたの~!?」
メリルが目を丸くして画面を覗き込む。
「私、50年間ゲームと動画しかしてなかった~! 他のボタンは怖くて触れなかったのに~」
「『林業 効率化』で検索すると……」
無数の情報が表示された。俺は画面に釘付けになった。
「これは……すごい」
そこには、この世界では考えもしなかった林業技術が詳しく解説されていた。
「レオンちゃんすごい~! こんな使い方があったなんて~!」
メリルが感心したように俺を見つめる。
「私、ずっとゲーム機だと思ってた~。まさか、こんなに役立つものだったなんて~」
俺は夢中になって情報を読み進めた。異界言語解析スキルのおかげで、専門用語もすらすらと理解できる。
「なるほど……皆伐じゃなくて択伐か」
「たくばつ?」
「成長した木だけを選んで切る方法です。森全体を丸裸にする皆伐と違って、森林を維持しながら木材を生産できる」
「へぇ~! レオンちゃん、その小さな板からそんなことが分かるの~?」
メリルが尊敬の眼差しで俺を見る。
「私なんて、ゲームの攻略法くらいしか検索したことなかったわ~。それも、ゲームの中でできることだけ~」
さらに読み進めると、『間伐』の重要性も書かれていた。
「木を間引くことで、残った木が太く育つ……なるほど、密集した細い木100本より、太い木30本の方が価値が高い」
「すごいすごい~! レオンちゃん、天才~!」
メリルが拍手をする。
「メリルさん、これを印刷ってできますか?」
「印刷? えっと……あ、この画面の写真を撮ることならできるわよ~」
メリルが別の機能を見せる。
「でも、紙に出すのは……あ! そうだ!」
メリルが思い出したようにアイテムボックスから大きな箱を取り出す。
「これ、マロンがおまけでくれたの~。プリンターって言ってたかな~」
あちこち触って接続すると、画面の内容が羊皮紙に転写された。
「すごい! じゃあ、これも!」
俺は次々と有用な情報を印刷していった。
「レオンちゃん、その板でそんなことができるなんて知らなかった~」
メリルが感心している。
「50年も持ってたのに、私ったら最高のゲーム機としか思ってなかったわ~。でも、たくさんゲームはクリアしたのよ~?」
「いえ、メリルさんが持ち帰ってくれたおかげです」
「ううん、レオンちゃんが見つけてくれなかったら、ずっとパズルゲーム専用機だったわ~」
午後になって、俺は領地の木こりたちを集めた。異世界の知識を使って、林業改革の説明を始める。
「まず、皆伐は禁止します」
俺は択伐の図を示した。
「成長した木だけを選んで切る。そして、すぐに植林する。これなら、森を維持しながら永続的に木材を生産できます」
さらに、間伐の説明も加える。
「密集した森では、木同士が光を奪い合って、細い木ばかりになる。適度に間引けば、太い良材が育ちます」
木こりたちがざわめき始めた。
「それに、乾燥技術も改善します」
俺は乾燥場の設計図を広げた。
「副産物も全て活用します。樹皮は染料、おがくずは堆肥、木屑は新しい燃料に」
説明を終えると、木こりたちの目が輝いていた。
「領主様、本当にこれで上手くいくんですか?」
「必ず上手くいきます」
俺は補助金の袋を取り出した。
「林業を再開する方には、一人あたり金貨30枚を支給します」
「金貨30枚!」
歓声が上がった。その場で、18人が林業再開を申し出た。
夕方、俺はイリーナと共に森を視察した。
「素晴らしい改革案でした」
イリーナが感心したように言う。
「でも、どうやってこれほどの知識を?」
「……新しい情報源を見つけたんです」
俺は曖昧に答えた。
その夜、執務室に戻ると、メリルがスマホで新しいゲームをしていた。
「レオンちゃん、お疲れ様~。見て見て、新しいRPGゲーム見つけたの~」
「メリルさん、また貸してもらってもいいですか?」
「もちろん~! レオンちゃんが使うと、すごいことができるんだもん~」
メリルが嬉しそうにスマホを差し出す。
「私は50年間、ゲームの達人にはなれたけど、本当の使い方を知らなかったのね~。レオンちゃんってやっぱりすごいわ~」
俺は苦笑いを浮かべながら、さらなる情報収集を始めた。
万年Fランクだった俺が、異世界の戦利品の真の価値を見出し、領地を変えようとしている。
メリルが「高性能ゲーム機」と思っていたスマホが、実は革命の鍵だったなんて。
窓の外では、月明かりが静かな森を照らしていた。
異世界の知識を活用して、この領地に新たな未来をもたらす。
俺の挑戦は、まだ始まったばかりだった。