第7話 想定外の現実と、薬草栽培
# 第7話 想定外の現実と、薬草栽培
翌朝、俺たちはリーンハルト領へ向けて出発した。
メリルの魔法で飛べば一瞬だが、「領主様の初お国入りは馬車でするもの」というチココの提案で、騎士団の馬車を使うことになった。
「楽しみね~、レオンちゃんの領地~!」
メリルが窓から顔を出して、流れる景色を眺めている。
王都から離れるにつれ、道は次第に整備されていく。最初は石畳だった道が、土を固めただけの道になり、やがて――
「すごく……綺麗な道ですね」
リーンハルト領に入った瞬間、道の質が劇的に変わった。まるで王都の大通りのような、平らで固い道が続いている。
「これが、リーンハルト領の道路?」
「みたいだね~」
しかし、道路の両脇に広がる光景は、俺の想像とは全く違っていた。
畑は雑草だらけで、作物らしきものはほとんど見当たらない。森も手入れされておらず、倒木が放置されている。
そして、道沿いには――
「宿屋? いや、食堂?」
小さな建物が点在している。看板には「旅人の休憩所」「美味しい郷土料理」「格安宿泊」などの文字が並んでいた。
「なんか、想像と違うね~」
メリルも首を傾げている。
領地の中心部に到着すると、さらに驚きの光景が広がっていた。
メインストリートには、宿屋と食堂がずらりと並んでいる。まるで観光地のような賑わいだ。しかし、肝心の農作物を売る市場や、木材を加工する作業場は、ほとんど稼働していない。
「領主様! お待ちしておりました!」
馬車から降りると、銀髪のエルフが駆け寄ってきた。騎士の鎧を身に着けた、凛々しい女性だ。
「イリーナ・シルバーリーフです。この度は――」
「ちょっと待って」
俺は周囲を見回した。
「これは、どういう状況なんですか?」
イリーナの顔が曇る。
「申し訳ございません。私も着任してから、領民たちに農業や林業の再開を促しているのですが……」
「でも、こっちの方が儲かるんです!」
横から、中年の男性が口を挟んできた。
「領主様、俺はジェイクって言います。この宿屋街の代表みたいなもんです」
ジェイクが得意げに胸を張る。
「見てくださいよ。キャラバンの連中は金払いがいい。一晩の宿代と飯代で、農作物を一週間売るより儲かるんです」
「でも、農業や林業は領地の基幹産業では?」
「そんなの、誰がやるんです?」
ジェイクが肩をすくめる。
「みんな、楽して儲かる方を選びますよ。力のある若い衆は、道路整備の仕事に行っちまった。日当がいいんで」
確かに、道路があれだけ立派なのも納得だ。
「でも、このままでは……」
「大丈夫ですよ、領主様。宿泊業で十分やっていけます」
ジェイクはそう言って、仲間たちと店に戻っていった。
イリーナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「私の力不足です。騎士としての訓練は受けましたが、このような事態への対処法は……」
俺は深いため息をついた。想定以上に、事態は深刻だった。
「メリルさん」
俺は振り返った。
「薬草鑑定のスキルを与えてもらえませんか? まず、この領地の本当の価値を見極めたいんです」
「薬草鑑定?」
メリルが首を傾げる。
「いいけど~、レオンちゃんだから耐えられるのよ? 普通の人なら、脳が情報量に耐えきれなくて爆発しちゃう~」
「爆発!?」
イリーナが青ざめる。
「文字通りよ~。頭がパーンって~」
メリルが両手で爆発のジェスチャーをする。
「薬草の知識って、種類も効能も組み合わせも膨大だから~」
確かに、それは危険すぎる。領民に覚えさせるわけにはいかない。
「じゃあ、別の方法を……そうだ、速読スキルはどうですか?」
「速読?」
「はい。前の領主が残した蔵書を調べたいんです。きっと、この領地の本当の価値が書かれているはずです」
「なるほど~! それならいけるわ~!」
パン!
背中を叩かれると、また新しい知識が流れ込んできた。
【スキル習得】
・速読 LV.10
・文献解析 LV.8
・記憶整理 LV.7
「これで、1冊を数秒で読めるようになったわよ~」
さっそく、俺は領主館の書庫へ向かった。
埃をかぶった本棚に、大量の書物が並んでいる。農業、林業、薬草学、領地経営……。
俺は片っ端から本を手に取り、ページをめくり始めた。
パラパラパラ……
信じられない速度で、情報が頭に入ってくる。まるで、本の内容をダウンロードしているかのようだ。
そして、30分後――
「見つけた!」
俺は一冊の古い手記を掲げた。
「これだ、前々代の領主が書いた薬草栽培の極意!」
イリーナとメリルが覗き込む。
「なんて書いてあるの~?」
「この領地の薬草は、特殊な性質を持っているんです」
俺は興奮気味に説明した。
「魔力と栄養を十分に蓄えた薬草は、密度が増して水に沈むようになる。逆に、品質の悪いものは浮いてしまう」
「水に沈む薬草が高品質……!」
イリーナが目を見開く。
「つまり、簡単に選別できるということですね!」
「そうです。でも、前の領主はこの知識を活用せず、雑草と一緒くたに出荷していた」
俺は本を閉じた。
「まず、薬草栽培を再開させましょう。品質管理を徹底すれば、今の10倍の値段で売れるはずです」
しかし、問題が一つあった。
「でも、誰も農業に戻りたがらないのでは?」
イリーナの指摘はもっともだ。
俺は懐から、重い革袋を取り出した。
「これを使います」
中身は、昨日受け取ったダンジョン攻略の前金。金貨1万枚。
「補助金として配ります。薬草栽培を再開する者には、一人当たり金貨50枚。3ヶ月間の生活保障です」
「金貨50枚!?」
イリーナが驚愕する。
「それは、一般農民の年収に相当します!」
「構いません。これは投資です」
俺は領地の中央広場に向かった。
「皆さん、集まってください! 重要な発表があります!」
鐘を鳴らすと、領民たちがぞろぞろと集まってきた。皆、半信半疑の表情だ。
「新しい領主として、提案があります」
俺は革袋を掲げた。
「薬草栽培を再開する者には、補助金として金貨50枚を支給します!」
ざわめきが広がる。
「本当ですか!?」
「でも、薬草なんて売れないし……」
「違います」
俺は水桶を用意させ、適当に摘んできた薬草を投げ入れた。
「見てください。沈む薬草と、浮く薬草があるでしょう?」
領民たちが水桶を覗き込む。
「沈んだ薬草は、王都で通常の10倍の値段で売れます。適切に栽培し、選別すれば、宿屋業より確実に儲かります」
さらに、前々代の手記を見せる。
「これは、50年前の記録です。当時、この領地は薬草で莫大な富を築いていました」
領民たちの目の色が変わり始めた。
「俺も、やってみようかな……」
「金貨50枚あれば、しばらくは大丈夫だし」
「沈む薬草を作ればいいんだろ?」
その日のうちに、20人以上が薬草栽培への参加を表明した。
「すごいじゃない、レオンちゃん~!」
メリルが拍手する。
「でも、これはまだ始まりよ~。本当の改革はこれから~!」
確かに、その通りだった。
宿泊業偏重の経済構造を変え、農業と林業を復活させ、この領地を本来の姿に戻す。
やることは、山ほどある。
でも、不思議と不安はなかった。
水に沈む薬草。たった一つの知識が、領民たちの意識を変えた。
知識と工夫、そして適切な投資があれば、この領地は必ず生まれ変わる。
夕日が領地を赤く染める中、俺は決意を新たにした。
万年Fランクだった俺が、今、300人の未来を変えようとしている。
これが、俺の新しい冒険の始まりだ。