表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/26

第7話 想定外の現実と、薬草栽培

# 第7話 想定外の現実と、薬草栽培


 翌朝、俺たちはリーンハルト領へ向けて出発した。


 メリルの魔法で飛べば一瞬だが、「領主様の初お国入りは馬車でするもの」というチココの提案で、騎士団の馬車を使うことになった。


「楽しみね~、レオンちゃんの領地~!」


 メリルが窓から顔を出して、流れる景色を眺めている。


 王都から離れるにつれ、道は次第に整備されていく。最初は石畳だった道が、土を固めただけの道になり、やがて――


「すごく……綺麗な道ですね」


 リーンハルト領に入った瞬間、道の質が劇的に変わった。まるで王都の大通りのような、平らで固い道が続いている。


「これが、リーンハルト領の道路?」


「みたいだね~」


 しかし、道路の両脇に広がる光景は、俺の想像とは全く違っていた。


 畑は雑草だらけで、作物らしきものはほとんど見当たらない。森も手入れされておらず、倒木が放置されている。


 そして、道沿いには――


「宿屋? いや、食堂?」


 小さな建物が点在している。看板には「旅人の休憩所」「美味しい郷土料理」「格安宿泊」などの文字が並んでいた。


「なんか、想像と違うね~」


 メリルも首を傾げている。


 領地の中心部に到着すると、さらに驚きの光景が広がっていた。


 メインストリートには、宿屋と食堂がずらりと並んでいる。まるで観光地のような賑わいだ。しかし、肝心の農作物を売る市場や、木材を加工する作業場は、ほとんど稼働していない。


「領主様! お待ちしておりました!」


 馬車から降りると、銀髪のエルフが駆け寄ってきた。騎士の鎧を身に着けた、凛々しい女性だ。


「イリーナ・シルバーリーフです。この度は――」


「ちょっと待って」


 俺は周囲を見回した。


「これは、どういう状況なんですか?」


 イリーナの顔が曇る。


「申し訳ございません。私も着任してから、領民たちに農業や林業の再開を促しているのですが……」


「でも、こっちの方が儲かるんです!」


 横から、中年の男性が口を挟んできた。


「領主様、俺はジェイクって言います。この宿屋街の代表みたいなもんです」


 ジェイクが得意げに胸を張る。


「見てくださいよ。キャラバンの連中は金払いがいい。一晩の宿代と飯代で、農作物を一週間売るより儲かるんです」


「でも、農業や林業は領地の基幹産業では?」


「そんなの、誰がやるんです?」


 ジェイクが肩をすくめる。


「みんな、楽して儲かる方を選びますよ。力のある若い衆は、道路整備の仕事に行っちまった。日当がいいんで」


 確かに、道路があれだけ立派なのも納得だ。


「でも、このままでは……」


「大丈夫ですよ、領主様。宿泊業で十分やっていけます」


 ジェイクはそう言って、仲間たちと店に戻っていった。


 イリーナが申し訳なさそうに頭を下げる。


「私の力不足です。騎士としての訓練は受けましたが、このような事態への対処法は……」


 俺は深いため息をついた。想定以上に、事態は深刻だった。


「メリルさん」


 俺は振り返った。


「薬草鑑定のスキルを与えてもらえませんか? まず、この領地の本当の価値を見極めたいんです」


「薬草鑑定?」


 メリルが首を傾げる。


「いいけど~、レオンちゃんだから耐えられるのよ? 普通の人なら、脳が情報量に耐えきれなくて爆発しちゃう~」


「爆発!?」


 イリーナが青ざめる。


「文字通りよ~。頭がパーンって~」


 メリルが両手で爆発のジェスチャーをする。


「薬草の知識って、種類も効能も組み合わせも膨大だから~」


 確かに、それは危険すぎる。領民に覚えさせるわけにはいかない。


「じゃあ、別の方法を……そうだ、速読スキルはどうですか?」


「速読?」


「はい。前の領主が残した蔵書を調べたいんです。きっと、この領地の本当の価値が書かれているはずです」


「なるほど~! それならいけるわ~!」


 パン!


 背中を叩かれると、また新しい知識が流れ込んできた。


【スキル習得】

・速読 LV.10

・文献解析 LV.8

・記憶整理 LV.7


「これで、1冊を数秒で読めるようになったわよ~」


 さっそく、俺は領主館の書庫へ向かった。


 埃をかぶった本棚に、大量の書物が並んでいる。農業、林業、薬草学、領地経営……。


 俺は片っ端から本を手に取り、ページをめくり始めた。


 パラパラパラ……


 信じられない速度で、情報が頭に入ってくる。まるで、本の内容をダウンロードしているかのようだ。


 そして、30分後――


「見つけた!」


 俺は一冊の古い手記を掲げた。


「これだ、前々代の領主が書いた薬草栽培の極意!」


 イリーナとメリルが覗き込む。


「なんて書いてあるの~?」


「この領地の薬草は、特殊な性質を持っているんです」


 俺は興奮気味に説明した。


「魔力と栄養を十分に蓄えた薬草は、密度が増して水に沈むようになる。逆に、品質の悪いものは浮いてしまう」


「水に沈む薬草が高品質……!」


 イリーナが目を見開く。


「つまり、簡単に選別できるということですね!」


「そうです。でも、前の領主はこの知識を活用せず、雑草と一緒くたに出荷していた」


 俺は本を閉じた。


「まず、薬草栽培を再開させましょう。品質管理を徹底すれば、今の10倍の値段で売れるはずです」


 しかし、問題が一つあった。


「でも、誰も農業に戻りたがらないのでは?」


 イリーナの指摘はもっともだ。


 俺は懐から、重い革袋を取り出した。


「これを使います」


 中身は、昨日受け取ったダンジョン攻略の前金。金貨1万枚。


「補助金として配ります。薬草栽培を再開する者には、一人当たり金貨50枚。3ヶ月間の生活保障です」


「金貨50枚!?」


 イリーナが驚愕する。


「それは、一般農民の年収に相当します!」


「構いません。これは投資です」


 俺は領地の中央広場に向かった。


「皆さん、集まってください! 重要な発表があります!」


 鐘を鳴らすと、領民たちがぞろぞろと集まってきた。皆、半信半疑の表情だ。


「新しい領主として、提案があります」


 俺は革袋を掲げた。


「薬草栽培を再開する者には、補助金として金貨50枚を支給します!」


 ざわめきが広がる。


「本当ですか!?」


「でも、薬草なんて売れないし……」


「違います」


 俺は水桶を用意させ、適当に摘んできた薬草を投げ入れた。


「見てください。沈む薬草と、浮く薬草があるでしょう?」


 領民たちが水桶を覗き込む。


「沈んだ薬草は、王都で通常の10倍の値段で売れます。適切に栽培し、選別すれば、宿屋業より確実に儲かります」


 さらに、前々代の手記を見せる。


「これは、50年前の記録です。当時、この領地は薬草で莫大な富を築いていました」


 領民たちの目の色が変わり始めた。


「俺も、やってみようかな……」


「金貨50枚あれば、しばらくは大丈夫だし」


「沈む薬草を作ればいいんだろ?」


 その日のうちに、20人以上が薬草栽培への参加を表明した。


「すごいじゃない、レオンちゃん~!」


 メリルが拍手する。


「でも、これはまだ始まりよ~。本当の改革はこれから~!」


 確かに、その通りだった。


 宿泊業偏重の経済構造を変え、農業と林業を復活させ、この領地を本来の姿に戻す。


 やることは、山ほどある。


 でも、不思議と不安はなかった。


 水に沈む薬草。たった一つの知識が、領民たちの意識を変えた。


 知識と工夫、そして適切な投資があれば、この領地は必ず生まれ変わる。


 夕日が領地を赤く染める中、俺は決意を新たにした。


 万年Fランクだった俺が、今、300人の未来を変えようとしている。


 これが、俺の新しい冒険の始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ