表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/26

第5話 嘆きの迷宮に挑んだ俺、見えない監視者に出会う

# 第5話 嘆きの迷宮に挑んだ俺、見えない監視者に出会う


 朝8時、騎士団本部の正門前。


 俺は新しい装備に身を包み、緊張しながら待っていた。オリハルコンの剣が朝日を反射して輝いている。


「レオンちゃ~ん!」


 メリルが手を振りながらやってきた。今日は珍しく、ピンクと白を基調とした美しい鎧を身に着けている。


「メリルさん、その鎧……」


「あ~、これ? チョコちゃんに『ダンジョンに行くなら、ちゃんとした格好で』って怒られちゃって~」


 でも、チココの姿はどこにもない。


「あれ? チココ様は?」


「お仕事で忙しいんだって~。だから二人で行きましょ~」


「二人だけですか!?」


「大丈夫よ~、私がいるんだから~」


 確かにそうだが、記録係もいないのか。まあ、建国王の証言があれば十分か。


---


 嘆きの迷宮は、王都から半日の距離にある巨大な地下迷宮だった。


 入口は古代遺跡のような石造りで、不気味な魔力を放っている。


「じゃあ、行きましょ~」


 メリルがスキップするように迷宮に入っていく。緊張感のかけらもない。


 1階層目から20階層目まで、俺は順調に魔物を倒していった。


 ゴブリン、オーク、リザードマン。神速剣術と剣気開放を使い、全て瞬殺する。


「すごいじゃない、レオンちゃん~!」


 メリルは戦闘には一切参加せず、楽しそうに見守っているだけだ。


 30階層を超えると、魔物のランクが跳ね上がった。


 ミノタウロス、キメラ、そして――


「リビングアーマー!」


 Aランクの魔物が、通路を塞ぐように立っている。


 以前なら恐怖で動けなかっただろうが、今の俺は違う。


「剣気開放!」


 青白く輝く剣で、鎧の関節を正確に斬り裂いていく。


 ガシャン!


 リビングアーマーが崩れ落ちた。


 40階層、50階層と進むにつれ、俺の実力も確実に上がっていく。ユニークスキルが、実戦を通じて成長しているのが分かった。


 そして、59階層。


 目の前に、巨大な石の扉があった。扉には3つの円形のくぼみがあり、その上に古代文字が刻まれている。


「なんて書いてあるんだろう」


「『三人の勇者、共に歩めば道は開かれん』だって~」


 メリルがあっさりと読み上げる。


「つまり、3人同時にこのくぼみを踏まないと開かないってことですね」


 俺は扉を見上げてため息をついた。


「残念ですが、引き返しましょう。俺たち2人じゃ開けられません」


「何言ってるの~? 3人いるじゃない~」


 メリルがきょとんとした顔で言う。


「え? でも、ここには俺とメリルさんしか……」


「もう~、いつまで隠れてるの~?」


 メリルが誰もいない空間に向かって話しかけた。


「やれやれ」


 ため息と共に、空間が歪み、一人の女性が姿を現した。


 身長160センチほどの小柄な体格。黒い軽装の鎧に身を包み、腰には複数の短剣を下げている。引き締まったアスリートのような体型で、胸は……まあ、スレンダーだ。


「チココ様から監視役を頼まれてるんだから、バラさないでくださいよ」


 パールヴァティと呼ばれた女性が、面倒くさそうに肩をすくめる。


「だって、昨日からずっといるんだもん~」


 メリルがけろっとした顔で言う。


「チョコちゃんの部屋から出た時から、ずーっと後ろについてきてたでしょ~?」


「気づいてたのかよ」


「それに、チョコちゃんったら隠蔽魔法の軍用サインで合図出してたし~」


 メリルが指をくるくる回しながら続ける。


「『レオンが危険な思想を持っていたら、トイレに行った時にでも後ろから絞め殺せ』って書いてあったわよ~」


「ちょっと待って!」


 俺は青ざめた。


「絞め殺すって!?」


「やれやれ、チココ様も心配性だよな」


 パールヴァティが苦笑いを浮かべる。


「建国王の友達を、そう簡単に殺せるわけないだろ」


「でも、レオンちゃんなら大丈夫でしょ~?」


 メリルが俺の頭を撫でる。


「だって、こんなに優しい子だもん~」


「初めまして、レオン・フォレストです」


 俺は改めて挨拶した。


「パールヴァティ・ラーメンジー。ロイヤルパラディンで、一応忍者クラスだ」


 値踏みするような目で俺を見る。


「へぇ~、本当にFランクから剣聖になったんだ。面白いじゃない」


 ロイヤルパラディン。騎士団の中でも最上位の階級。冒険者基準ならSSランクに相当する、化け物クラスの実力者だ。


「しかも隠密特化の忍者クラスでしょ~? レオンちゃんが気づかないのも無理ないわ~」


「忍者って、あのレアな複合職の!?」


「そ。諜報、暗殺、破壊工作、単独任務。何でもこなすよ」


 パールヴァティが扉を見る。


「で、これを3人で踏めばいいんだな?」


「そうみたいね~」


 俺たちは、それぞれのくぼみの前に立った。


「せーの、で踏むぞ」


「はーい」


「分かりました」


「せーの!」


 ドン!


 3人同時にくぼみを踏むと、扉がゆっくりと開き始めた。重い石がこすれる音を立てながら、奥への道が現れる。


 その瞬間――


 ゾクッ


 凄まじい魔力が、奥から溢れ出してきた。


「これは……」


「やばいな」


 パールヴァティが警戒態勢を取る。


「建国王様、これ本当に新人に任せる案件か?」


「大丈夫よ~。私がいるから~」


 のんきなメリルの声とは裏腹に、俺の全身が震えていた。


 この魔力、今まで感じたどの魔物とも違う。まるで深淵を覗き込んだような、底知れない恐怖。


「行きましょ~」


 メリルが先頭を切って進む。


 俺とパールヴァティは、顔を見合わせてから後に続いた。


 最下層への階段を下りると、そこは巨大な空間だった。


 天井は見えないほど高く、床は鏡のように磨かれている。そして、その中央には――


「なんだ、あれは……」


 巨大な水晶が浮かんでいた。


 いや、水晶の中に何かが封印されている。人型のシルエットが、うっすらと見える。


「古代の封印か」


 パールヴァティが呟く。


「それも、相当やばいやつだ」


 水晶が、脈動するように光り始めた。


 ピキッ


 小さな亀裂が入る。


「まずい! 封印が解けかけてる!」


 パールヴァティが叫ぶ。


 だが、メリルは相変わらずのんきな顔をしていた。


「あら~、ちょうどいいタイミングね~」


「ちょうどいい!?」


 ピキピキピキ!


 亀裂が広がり、水晶が砕け散った。


 中から現れたのは――


 美しい女性だった。


 銀色の長い髪、透き通るような白い肌、そして虚ろな金色の瞳。まるで人形のような、非現実的な美しさ。


 しかし、その美しさとは裏腹に、放つ魔力は凄まじかった。


「やっと……やっと自由に……」


 女性が呟く。その声は、鈴を転がすような美しさと、深い怨念が混じっていた。


「300年……300年も封印されていた……」


 そして、俺たちに気づいた。


「人間……! また私を封印しに来たのか!」


 殺気が爆発的に膨れ上がる。


「死ね! 全員死ねぇぇぇ!」


 女性の手から、黒い魔力弾が無数に放たれた。


「危ない!」


 俺は反射的に前に出て、剣を構える。


「剣気開放・円月!」


 剣を円を描くように振るうと、青白い障壁が生まれた。魔力弾が次々と障壁に激突し、爆発する。


 ドォン! ドォン! ドォン!


「ほぅ、やるじゃない」


 パールヴァティが感心したような声を上げる。


「でも、これくらいなら――」


 次の瞬間、パールヴァティの姿が消えた。


 いや、消えたのではない。あまりにも速すぎて、俺の目が追いつかなかったのだ。


「遅い」


 気がつけば、パールヴァティは女性の背後に回り込んでいた。短剣が銀色の軌跡を描く。


 しかし――


 カキィン!


「なっ!?」


 パールヴァティの短剣が、見えない障壁に阻まれた。


「愚かな……私に刃物が通じると思ったか?」


 女性が振り返りざまに腕を振るう。凄まじい衝撃波が、パールヴァティを吹き飛ばした。


「くっ!」


 パールヴァティは空中で体勢を立て直し、壁を蹴って着地する。


「やれやれ、厄介な相手だな」


「私の名はアルテミシア! 300年前、人間どもに封印された魔族の姫だ!」


 アルテミシアと名乗った女性が、憎悪に満ちた声で叫ぶ。


「今こそ復讐を……全ての人間を滅ぼしてやる!」


 巨大な魔法陣が、アルテミシアの足元に展開される。


「これはまずいわね~」


 メリルが初めて真剣な表情を見せた。


「上級攻撃魔法『滅びの星』。当たったら、この迷宮ごと吹き飛ぶわよ~」


「なんだって!?」


 俺は慌てて前に出る。これを止めなければ――


「神速剣術・瞬閃!」


 最高速度で接近する。アルテミシアの詠唱を中断させるために。


 しかし、アルテミシアは不敵に笑った。


「無駄だ」


 詠唱しながら、片手で俺の剣を受け止める。素手で、オリハルコンの剣を。


「なんて硬さだ……!」


「300年も封印されて、力は落ちているが……人間ごときに負けはしない!」


 もう片方の手で、俺の腹を殴りつける。


 ドゴォ!


「がはっ!」


 竜鱗の鎧越しでも、内臓が潰れるかと思うほどの衝撃。俺は吹き飛ばされ、壁に激突した。


「レオンちゃん!」


 メリルが心配そうな声を上げる。


「詠唱完了……滅びよ、人間ども!」


 魔法陣から、巨大な黒い球体が生まれる。それは不気味な唸りを上げながら、ゆっくりと上昇していく。


「やれやれ、仕方ないか」


 パールヴァティがため息をつく。


「対アノマリーグレネード・特級」


 腰のポーチから、小さな球体を取り出す。


「それって……」


「騎士団の秘密兵器さ。魔力を強制的に霧散させる」


 パールヴァティがグレネードを投げる。


 黒い球体に命中した瞬間――


 バチバチバチ!


 激しい電撃のような光が走り、黒い球体が不安定になる。


「な、なに!? 私の魔法が……!」


 アルテミシアが動揺する。


 その隙を、俺は見逃さなかった。


「今だ!」


 壁を蹴って跳躍する。全身の魔力を剣に集中させる。


「剣聖奥義……!」


 頭に浮かんだ技の名前。それは、剣聖だけが使える究極の技。


「天地開闢!」


 剣が、まばゆい光を放つ。まるで太陽のような輝き。


 一閃。


 光の剣が、アルテミシアの障壁を、魔法を、全てを切り裂いた。


「ぐあああああ!」


 アルテミシアが苦痛の叫びを上げる。


 しかし――


「ふふふ……人間にしては、やるじゃないか」


 致命傷のはずなのに、アルテミシアは笑っていた。


「だが、私は不死身……この程度では……」


 傷口が、見る見るうちに再生していく。


「次はこちらの番だ」


 アルテミシアの瞳が、妖しく光る。


 その瞬間、俺の体が動かなくなった。


「魅了……!?」


「ふふ、可愛い剣聖さん。私の下僕になりなさい」


 意識が朦朧とする。このままでは――


 パンッ!


 突然、軽い音がして、アルテミシアの額に小さな穴が開いた。


「え?」


 アルテミシアが、信じられないという表情で振り返る。


 そこには、人差し指を銃のように構えたメリルが立っていた。


「ごめんね~。レオンちゃんに手を出すのは許せないの~」


「ば、馬鹿な……建国王……!?」


 アルテミシアの体が、光の粒子となって崩れ始める。


「また……また封印される……! 覚えていろ、人間ども……!」


 最後の叫びを残して、アルテミシアは完全に消滅した。


 静寂が戻る。


「はあ、はあ……」


 俺は膝をついて、荒い呼吸を整える。


「レオンちゃん、大丈夫~?」


 メリルが駆け寄ってきて、俺を抱きしめる。


「あのくらいで死んじゃダメよ~。もっと強くなってもらわないと~」


「すみません……まだまだ、力不足でした」


「ううん、すごく頑張ったわ~。Sランクモンスターを相手に、あそこまで戦えるなんて~」


 パールヴァティも近づいてくる。


「確かに、新人にしては上出来だ。でも、油断は禁物だぞ」


「はい」


 俺は立ち上がり、崩れた水晶の破片を見つめる。


 今回は、メリルがいたから助かった。でも、いつまでも頼りっぱなしではいけない。


 もっと強くならなければ。本当の意味で、剣聖と呼ばれるに相応しい実力を身につけなければ。


「さあ、帰りましょ~。今日の晩ご飯は、お祝いの豪華ディナーよ~」


 メリルが嬉しそうに言う。


「ダンジョン攻略成功のお祝い~!」


「やれやれ、能天気だな」


 パールヴァティが呆れたように言うが、その表情は柔らかい。


 俺たちは、崩れかけた最下層を後にした。


 帰り道、俺は考えていた。


 アルテミシアは最後に「また封印される」と言った。つまり、完全には倒せていない。


 そして、300年前の封印。それを行ったのは、おそらく――


「メリルさん」


「なあに~?」


「300年前、魔族を封印したのは……」


「あ~、それはね~」


 メリルが振り返り、いつもの笑顔を見せる。


「また今度、ゆっくり話すわ~。今は、レオンちゃんの成長をお祝いしましょ~」


 その笑顔の奥に、何か深い感情が隠れているような気がした。


 建国王メリル・スターアニス。


 彼女の過去には、まだまだ多くの秘密がありそうだ。


 でも、今はそれでいい。


 俺はまだ、彼女の隣に立つには弱すぎる。


 もっと強くなって、いつかは対等な友達として、彼女の過去も、全てを受け止められるようになりたい。


 そう決意しながら、俺は夕日に染まる迷宮の出口へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ