第4話 ギルドカード更新に行った俺、ヒーローの正体を知る
# 第4話 ギルドカード更新に行った俺、ヒーローの正体を知る
朝食を食べながら、俺は昨夜から考えていたことを切り出した。
「メリルさん、今日ギルドカードの更新に行きたいんですが」
「ギルドカード?」
メリルが首を傾げる。
「冒険者の身分証明書です。今のままだとFランクの荷物持ちになってるので、剣聖に変更しないと」
実際、レベル67の剣聖がFランクのままでは色々と問題がある。依頼も受けられないし、ダンジョンの入場制限にも引っかかる。
「確かに聞いたことあるわね。全部チョコちゃんがやってくれるし、何より、向こうから頼みに来るから忘れたわ」
Aランク、いやSランクにもなると、ギルド側が頼みに来るのか。
「じゃあ、騎士団に行きましょ~」
「騎士団ですか? 冒険者ギルドじゃなくて?」
「この辺りは騎士団領だから、騎士団でも更新できるのよ~」
確かに、騎士団と冒険者ギルドは提携している。騎士団で処理するほどでもない小規模な依頼を冒険者に回したり、逆に大規模討伐の時は冒険者が騎士団に協力したり。
「なにより、私の権限で無理やり書き換えないと、手続きが一生かけても終わらないわよ」
そりゃそうだ。Fランクの荷物持ちがいきなりA〜Sランクの剣聖になりましたって言われて誰が信じるのか。
朝の身支度を整え、俺たちは騎士団本部へ向かった。
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騎士団本部は、王都の中心部にある巨大な白亜の建物だった。
正門には衛兵が立ち、出入りする人々を厳しくチェックしている。
(ここで説明すれば、裏口から入れてもらえるかな)
そう思っていたのだが――
「行くわよ~」
メリルは迷いなく正門へ向かって歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺の制止も聞かず、メリルは堂々と門をくぐる。
瞬間、辺りがざわついた。
「メ、メリル様!?」
「なんでここに……」
「おい、すぐに団長に連絡を!」
衛兵たちが慌てふためいている。
メリルは気にする様子もなく、建物の壁を蹴って跳躍した。
「きゃあ! また!?」
お姫様抱っこの状態で、メリルは一瞬で最上階まで到達する。窓を開けて、中に入った。
「母さん!! 玄関から入れって言ってるよね!」
部屋の中から、怒ったような声が聞こえた。
振り返ると、そこには青い髪の青年が立っていた。長い耳が特徴的なカーバンクル族。整った顔立ちに、騎士団長の立派な鎧を着ている。
「あら~、チョコちゃんそんなに怒らないで」
「僕にじゃなくて、母さんのせいでドタバタ動いてる騎士たちに謝って」
チョコと呼ばれた青年が、疲れたようにため息をつく。
「それより、その人は?」
「レオンちゃんよ~。私の新しいお友達~」
「お友達……」
チョコさんが、じっと俺を見つめる。鋭い視線に、背筋が凍る思いだった。
(あれ? 待てよ)
その時、俺の中で何かが繋がった。
メリル・スターアニス。
スターアニス。
どこかで聞いた名前だと思っていたが――
「け、建国王メリル・スターアニス!?」
俺は震え声で叫んだ。
400年前、この国を建国した伝説の英雄。一人で魔王軍を撃退し、人々に平和をもたらした最強の剣聖。歴史の教科書に必ず載っている、生ける伝説。
「今更気づいたの~?」
メリルがきょとんとした顔で言う。
「だ、だって、建国王が一人で買い物したり、料理したり、下着姿で寝たりするなんて!」
「母さん、下着姿!?」
チョコさんの顔が青ざめる。
「ベッドが1つしかなかったから、一緒に寝たの~」
「一緒に寝た!?」
待てよ、ということは目の前にいるのは――
「チココ・スターアニス騎士団長!?」
俺は再び叫んだ。
大陸最強と謳われるシュトロイゼル騎士団の団長。若干300歳にして騎士団の頂点に立った天才。数々の伝説的な戦いで勝利を収めてきた英雄。
「そっちも今更!?」
チココが呆れたような顔をする。
「いや、だって騎士団長がこんなに若いなんて!」
「カーバンクル族は見た目が若いんだよ。300歳でも人間で言えば30歳くらいだし」
「それより~、レオンちゃんのギルドカードをSランクにして~」
「は? AからSに上げたいの? 入り口で手続きしなよ...」
「違うわよ~。私の能力でレベル67の剣聖にしたの。FからSにあげてあげて」
「...よく爆発しなかったな」
チココが端末を操作しながら呟く。
「なんで驚いているの? 冒険者が伝説の剣を拾ったが体に流れ込んでくる魔力量に耐えきれずに死ぬってよくある話でしょ」
そんな恐ろしい話をさらっと!
「まあいいや。手続きは終わったから」
「え? もう!?」
「母さんがギルドカードをSランクにしろって言った瞬間から、担当部署が動いてるよ。もう登録は完了してる」
早すぎる。これが権力というやつか。
「ありがとうございます、チココ様」
「様はいらないよ。母さんの友達なら、チココでいい」
親しみやすい笑顔を見せるが、この人も只者じゃない。
「それより、明日時間ある?」
「え?」
「ダンジョン攻略を頼みたいんだ。『嘆きの迷宮』って知ってる?」
嘆きの迷宮。王都から半日の距離にある高難度ダンジョン。Aランク以上推奨で、未だに最深部まで到達した者はいないという。
「母さんに頼めば一瞬だけど、それじゃ冒険者たちの仕事がなくなるからね」
チココが苦笑いを浮かべる。
「最近、深層から異常な魔力反応があってさ。調査が必要なんだ」
「でも、俺なんかが……」
「大丈夫よ~! 私も一緒に行くから~!」
メリルが嬉しそうに言う。
「母さん、それじゃ意味が……」
「見守るだけ~! レオンちゃんが危なくなったら助けるけど~」
過保護すぎる。
「まあ、母さんがそう言うなら。報酬は成功報酬で金貨5万枚。前金で1万枚渡しておくよ」
チココが金貨の袋を差し出す。ずしりと重い。
「あ、それと」
チココが真剣な表情になった。
「母さんをよろしく頼むよ」
深々と頭を下げる。
「300年ぶりに母さんが楽しそうなんだ。友達ができたって、昨日も嬉しそうに話してくれて」
建国王と騎士団長。
歴史に名を残す親子。
でも、目の前にいるのは、寂しがりやの母親を心配する息子の姿だった。
「分かりました。俺でよければ、メリルさんの友達でいます」
「レオンちゃん~!」
メリルが後ろから抱きついてくる。
「母さん、人前でそういうのは……」
「いいじゃない~。レオンちゃんは特別なんだから~」
チココがさらに疲れた顔になった。
「はぁ……とにかく、明日の朝8時に正門集合で。遅刻しないでよ」
窓から出ようとするメリルを、チココが慌てて止める。
「母さん! せめて帰りは玄関から!」
「え~、めんどくさ~い」
「頼むから!」
結局、俺たちは正面玄関から騎士団本部を出た。
外に出ると、すでに噂は広まっているらしく、冒険者たちがひそひそと話していた。
「建国王のお気に入りらしいぞ」
「Fランクから一気にSランクだって」
「明日は嘆きの迷宮に挑むらしい」
視線が痛い。でも、これも仕方ない。実力を証明するまでは、こういう目で見られるだろう。
「気にしちゃダメよ~」
メリルが俺の手を握る。
「明日のダンジョンで、レオンちゃんの実力を見せつけちゃえばいいの~」
その手の温もりに、少し勇気をもらった。
明日は、本当の意味での初めての冒険。
Sランクの剣聖として、恥ずかしくない戦いをしてみせる。
そう決意しながら、俺は夕日に染まる街を歩いていった。