第3話 剣聖になった俺、装備が追いつかない
# 第3話 剣聖になった俺、装備が追いつかない
朝日が顔に当たって、俺は目を覚ました。
昨夜は豪華すぎるベッドに緊張してなかなか寝付けなかったが、いつの間にか深い眠りに落ちていたらしい。
体を起こそうとして――
「……え?」
隣に誰かがいる。
恐る恐る横を見ると――
「ひゃあああ!」
思わず叫んでしまった。
メリルが、下着姿で俺の隣に寝ていた。
薄いピンクの下着に包まれた見事なプロポーション。朝日に照らされた白い肌。無防備に広がるピンクの長い髪。
「ん~……うるさいよ~、レオンちゃん……」
寝ぼけた声で、メリルが俺にしがみついてくる。
「ちょ、ちょっと! メリルさん!」
「あと5分~……」
柔らかい感触に、顔から火が出そうだ。
「起きてください! なんで一緒のベッドに!?」
「だって~、ベッド1つしかないんだもん~」
ようやく目を開けたメリルが、不思議そうに首を傾げる。
「300年間一人暮らしだったから~、ベッドは1つで十分だったの~」
確かに、この部屋にベッドは1つしかない。俺は床で寝るつもりだったのに。
「レオンちゃんが先に寝ちゃったから~、起こすのも可哀想で一緒に寝たの~」
「せめて服を着てください!」
「暑かったんだもん~」
メリルは気にする様子もなく、ベッドから起き上がる。
「そうだ! レオンちゃん、剣を振ってみて~」
「は? 今ですか?」
「剣聖になったんだから、確認しないと~」
言われるまま、俺は腰に下げていた安物の剣を抜いた。昨日までは、この錆びた鉄の剣でも十分だったのだが。
「じゃあ、軽く素振りを」
剣を構えて、ゆっくりと振り下ろす。
バキッ!
「え?」
剣が、柄の部分から真っ二つに折れた。刃の部分が床に落ちて、ガシャンと音を立てる。
「あらら~」
メリルが苦笑いを浮かべる。
「レベル67の剣聖が使うには、ちょっと弱すぎたわね~」
ただ振っただけで壊れるなんて。自分の力が、まだ実感できていない。
「朝ご飯食べたら、お買い物に行きましょ~」
メリルはそう言うと、ようやく服を着始めた。
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朝食は、またもメリルの手料理だった。
ふわふわのパンケーキに、新鮮なフルーツ。ベーコンエッグに、野菜たっぷりのスープ。
「美味しい……」
馬小屋暮らしの時は、固いパンと水だけの朝食だった。それを考えると、夢のようだ。
「ふふ~、いっぱい食べてね~」
食事を終えると、メリルに連れられて部屋を出た。
「エレベーターよ~」
廊下の突き当たりにある、金属の扉の前に立つ。メリルがボタンを押すと、扉が開いた。
「これに乗るんですか?」
「そうよ~。階段だと時間かかるでしょ~?」
恐る恐る中に入る。狭い箱の中に閉じ込められるのは、少し怖い。
メリルが「B3」と書かれたボタンを押すと、体がふわっと浮く感覚がした。
「うわっ!」
「大丈夫よ~、下に降りてるだけ~」
数秒後、扉が開くと、そこは地下駐車場だった。
薄暗い空間に、ずらりと並ぶ車たち。俺は都市部に来た時に何度か見たことがあるが、目の前に並んでいるのは明らかに違った。
流線型のボディ、鏡のように磨き上げられた塗装、見るからに高そうな車ばかり。
「こっちよ~」
メリルが向かったのは、真っ赤なオープンカーだった。屋根がない、2人乗りの車。
「かっこいい……」
「でしょ~? お気に入りなの~」
メリルが鍵を取り出して、ドアを開ける。
「乗って乗って~」
革張りのシートに座ると、高級感が全身に伝わってくる。
メリルがエンジンをかけると、低い唸り声のような音が響いた。
「しっかり掴まってて~」
ブロロロロ!
急発進して、体がシートに押し付けられる。
「速い!」
地下駐車場を出て、街中を走り始める。風が顔を撫で、髪が激しくなびく。
「気持ちいいでしょ~?」
メリルは運転しながら、少し不満そうな顔をしている。信号で止まるたびに、ため息をついた。
「はあ~、遅いわね~」
「遅い、ですか?」
「そうよ~。私が走った方が100倍は速いのに~」
赤信号で停車すると、メリルが頬を膨らませる。
「チョコちゃんに『街中では車に乗れ』って命令されてるの~。自分の足で走ると、衝撃波で建物が壊れるからって~」
「チョコちゃん?」
「私の息子よ~。すっごく心配性なの~」
100倍速く走れる……どんな速度なんだ、それは。
「前に一度、急いでて走っちゃったら、道路に溝ができちゃって~」
メリルが苦笑いを浮かべる。
「チョコちゃんにすごく怒られたの。『また修理費用を騎士団が負担することになったじゃないか!』って~」
「あ、着いたわよ~」
目の前に現れたのは、巨大なショッピングモール。『ロイヤルプラザ』という看板が輝いている。
中に入ると、また別世界が広がっていた。
大理石の床、吹き抜けの天井、煌びやかな店舗の数々。そして――
「ひえっ!」
最初に入った武器屋で、値札を見て腰を抜かしそうになった。
【ミスリルソード】
価格:金貨500枚
金貨500枚!? 俺の年収の50倍じゃないか!
「これくらいなら手頃ね~」
メリルがあっさりと言う。
「いや、高すぎます!」
「でも、レオンちゃんの力だと、鉄の剣じゃすぐ壊れちゃうわよ~?」
確かにそうだが……
結局、メリルに押し切られて、武器から防具まで一式購入することになった。
【購入品】
・オリハルコンの剣:金貨2,000枚
・竜鱗の鎧:金貨1,500枚
・風神のブーツ:金貨800枚
・賢者のローブ:金貨1,200枚
・次元収納リング:金貨3,000枚
合計金貨8,500枚。庶民が一生かかっても稼げない金額だ。
「メリルさん、これは……」
「はい、私のカード~」
メリルが取り出したのは、黒い金属製のカード。店員が恭しく受け取り、精算を済ませる。
「ありがとうございました、メリル様」
店員たちが深々と頭を下げる。どうやら、超VIPらしい。
試着室で装備を整えると、鏡に映った自分が別人のようだった。
黒と銀を基調とした鎧は、動きやすさと防御力を両立している。剣は抜くだけで空気を切り裂くような鋭さ。マントがかっこよく翻る。
「きゃ~! レオンちゃんかっこいい~!」
メリルが目を輝かせて拍手する。
「これで少しは剣聖らしくなったわね~」
次元収納リングに古い装備をしまい、俺たちは店を出た。
「次は日用品ね~」
「まだ買うんですか!?」
「だって、レオンちゃんの服もないでしょ~?」
その後も、服屋、靴屋、アクセサリーショップと回り続けた。
どの店でも、メリルが値札を見ずに「これとこれとこれ」と指差すだけで、山のような商品が包まれていく。
「メリルさん、お金は大丈夫なんですか?」
「あ~、心配しなくていいわよ~。400年も生きてると、お金なんて勝手に増えるから~」
なんというスケールの違い。
夕方になって、ようやく買い物が終わった。次元収納リングがなければ、とても持ちきれない量だ。
「楽しかった~! 300年ぶりに誰かとお買い物したわ~」
メリルの笑顔を見ていると、散財も悪くないと思えてくる。
「じゃあ、帰ってディナーの準備しましょ~」
帰りの車の中で、俺は新品の装備の重みを感じていた。
見た目だけは、もう立派な上級冒険者。でも、中身はまだ昨日までFランクだった男。
この落差を、どう埋めていけばいいのだろう。
「あ、そうだ!」
信号待ちで、メリルが思い出したように言った。
「今夜は、魔法も覚えさせてあげる~」
「ま、魔法!?」
「剣聖でも魔法使えた方がいいでしょ~?」
過保護が加速している。
でも、断れない。この人の優しさを拒絶することなんて、できるはずがない。
夕日に染まる街を走りながら、俺の規格外な日常は続いていく。




