第25話 限界を超えた先に、真の信頼がある
# 第25話 限界を超えた先に、真の信頼がある
黒いクナイが、俺の心臓目掛けて一直線に迫ってくる。
死の刃。避けられない。防げない。
だが――俺は笑っていた。
(今だ。油断している今なら、確実に仕留められる)
「限界突破、発動!」
全身に激痛が走る。まるで血管に溶岩を流し込まれたような、凄まじい苦痛。体が内側から破壊されていく感覚。
でも、構わない。
「メリルさんから――」
歯を食いしばりながら、震える声で続ける。
「『大英雄の写し身』を、強制発動!」
瞬間、世界が変わった。
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ドゴォォォン!
凄まじい衝撃音と共に、パールヴァティが地面に叩きつけられていた。
「がはっ!」
血を吐きながら、クレーターの中心でもがくパールヴァティ。何が起きたのか理解できていない様子だ。
俺は――いや、今の俺は――ゆっくりと自分の手を見下ろした。
細く、白い手。見覚えのある、ピンク色の髪が視界の端に揺れている。
「これが……メリルさんの体」
鏡のように磨かれた床に映る姿は、完全にメリルそのものだった。いや、姿だけじゃない。溢れ出る魔力、研ぎ澄まされた感覚、全てがメリルと同じだ。
(俺の強さは、メリルさんに頼れる強さ)
(そして俺は、メリルさんより強い存在を知らない)
(必然的に、最強のスキルを求めるとこうなった)
パキッ。
妙な音がして、地面のパールヴァティを見ると――
「木の人形?」
叩きつけられたパールヴァティが、ただの木彫りの人形に変わっていた。
「分身か……」
あれだけ部屋中で爆発魔法を使っていたんだ。いつでも本体と入れ替えられる準備をしていたのか。
「他人の姿をステータスごとコピーするスキルか!!」
怒りに満ちた声が、部屋の隅から響いた。本物のパールヴァティが、壁際で立ち上がる。
「滅茶苦茶するな!! そんなの反則だろ!!」
パールヴァティの顔は青ざめていた。当然だ。建国王の完全コピーなんて、誰も想定していない。
「くそっ! なんで少女のケツ追いかけた裏切り者が、そんなスキル持ってんだよ!」
悪態をつきながら、パールヴァティはアイテムボックスに手を突っ込んだ。
ゴトゴトゴト!
大量の木製人形が床に転がる。20体、30体、いや50体以上。
「でもな!」
パールヴァティが印を結ぶと、人形たちが一斉に立ち上がった。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
煙と共に、全ての人形がパールヴァティの姿に変わる。
「そんな滅茶苦茶なスキル、数秒と持たんだろ!」
50人のパールヴァティが、一斉にクナイを構える。
「元の姿に戻ると同時に、八つ裂きにしてやる!」
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大量のパールヴァティたちとの戦い――いや、もぐら叩きが始まった。
シュシュシュシュ!
四方八方から飛来するクナイの雨。爆発、氷結、炎、雷。ありとあらゆる属性攻撃が俺を襲う。
だが――
「遅すぎる...」
先ほどまで目で追うことすらできなかった動きが、今は止まって見える。いや、動き回る子供のような遅さにすら感じる。
ガキン、ガキン、ガキン!
クナイを弾く。いや、弾くという表現すら生ぬるい。指先で軽く触れただけで、クナイが粉々に砕け散る。
「なんだこれ……」
分身たちから放たれる攻撃も、注射針程度の痛みしかない。メリルの防御力は、俺の想像を遥かに超えていた。
(まだ体の使い方に慣れていないが……)
(この力に慣れれば、相手にすらならないだろう)
「じゃあ、一匹ずつ片付けるか」
俺は最も近い分身に向かって歩いた。ただ歩いただけなのに、床が軽く陥没する。
「ひっ!」
分身の一体が後ずさる。恐怖が顔に浮かんでいる。
軽く手を伸ばし、分身の頭を掴む。
グシャッ。
「え?」
力を入れたつもりはなかった。でも、分身の頭がクッキーのように砕けた。木片が散らばり、人形に戻る。
「つ、強すぎる……」
別の分身が震え声で呟く。
(事前にメリルさんに聞いておいてよかった)
(「パールちゃんも後で治してあげるから、遠慮しなくていいわよ~」って)
(一切の手加減なしで攻撃できる)
俺は次の分身に向かった。
パンッ!
平手打ち一発で、分身が壁まで吹き飛ぶ。壁にめり込んで、木片になって崩れ落ちた。
「化け物か!」
「これが建国王の力……!」
分身たちがパニックになりながら、必死に攻撃を続ける。
ドォン! ドォン! ドォン!
爆発の連続。しかし、俺は煙の中を悠然と歩く。ダメージなど、ほとんど感じない。
蹴り一発で3体同時に吹き飛ばす。
手刀で5体を両断する。
ただ腕を振るだけで、衝撃波が10体を薙ぎ払う。
あっという間に、分身の山ができあがった。
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「何いい気になってんだ?」
本体のパールヴァティが、苛立ったように叫ぶ。額には脂汗が浮かんでいる。
「追い詰められてるのはお前だぞ! 分体を20体倒すのに3秒もかけたな!」
確かに、体に違和感を感じ始めていた。筋肉が軋み、骨が悲鳴を上げている。限界突破の代償が、じわじわと現れ始めている。
「そろそろ夢から覚める時間だ!」
「ああ、そうだな」
俺はアイテムボックスから小瓶を取り出した。琥珀色の液体が、ガラス越しに輝いている。
「なんだそれは!?」
「アムリタだ」
栓を抜き、一気に飲み干す。
「リーンハルト領のイリーナが届けてくれた薬草と、廃村で育てたローヤルゼリーを混ぜて作った」
瞬間、全身に活力が漲る。引き裂かれそうだった筋肉が修復され、枯渇しかけていた魔力が満ちていく。
「体力と魔力の全回復薬。騎士団のおかげで開発できた」
皮肉を込めて言うと、パールヴァティの顔が怒りで歪んだ。
「ふざけんな! そんなのズルだろ!」
「さあ、第2ラウンドだ」
俺は腰から剣を抜いた。メリルの愛剣ではない、俺のオリハルコンの剣。でも、メリルの体で握ると、まるで違う武器のように感じる。
(メリルさんは剣聖だ)
(体術だけとは比べ物にならない動きができるはず)
剣を構える。不思議なことに、体が勝手に最適な構えを取った。何百年もの経験が、筋肉に刻み込まれているかのように。
「はあああああ!」
俺は剣を振るった。
いや、振るったという表現では足りない。
空間が、切れた。
ズバァァァン!
剣圧だけで、残った分身の半数が真っ二つになる。斬撃の余波が壁を切り裂き、天井に巨大な傷を刻む。
「な、なんだこれ……」
俺自身が驚いていた。ただ剣を振っただけで、こんなことが起きるなんて。
(これがメリルさんの剣技)
(俺はただ、この体に任せて動けばいい)
無心で剣を振るう。まるで舞うような、美しい剣の軌跡。
一閃で5体。
二閃で10体。
気がつくと、パールヴァティだった木片の山が、部屋中に散らばっていた。
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「いい加減に出てこい」
俺は剣を下ろし、冷静に辺りを見回した。
「そこの壁の中に隠れているんだろ」
沈黙。
そして――
「こんなのチートだ! 聞いてねぇよ!!」
壁から、本物のパールヴァティが飛び降りてきた。その顔は怒りと恐怖で歪んでいる。
「ちっぽけな同情心で私の出世街道を邪魔しやがって!!」
両手には、見たこともない赤黒いクナイが握られている。禍々しい魔力が、刃から噴き出していた。
「もう私もチートを使ってやる!! あの世で反省しろ!!」
パールヴァティが最後の切り札を使った。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
分身たちが復活して一斉に立ち飛び上がり、俺に向かって突進してくる。
そして――
「まずい!」
分身たちから、強烈な火薬の臭いが漂ってきた。体の内部で、何かが点火されている音がする。
自爆だ。全員が爆弾になっている。
「死ねぇぇぇ!」
20体以上の分身に抱きつかれた。これが全て爆発したら、領主館どころか街の一角が吹き飛ぶ。
(メリルさんなら、どうする?)
彼女はこちらを見るが動こうとしない。
(……俺自身でやれということか)
深呼吸をする。
慌てず、ゆっくりとイメージする。
(現実のイメージを曖昧にして)
(自分のイメージを正確に形作る)
メリルから学んだ、現実改変の基礎。
「パールヴァティ」
静かに告げる。
「爆弾を、返すぞ」
パチン、と指を鳴らした。
瞬間、世界が書き換わった。
俺に抱きついていた分身たちが、いつの間にかパールヴァティを中心に集まっている。本人も驚いた顔で、自分を取り囲む分身たちを見ていた。
「は? なんで――」
さらに、俺は金属をイメージした。
分厚く、頑丈で、絶対に破れない金属の球体。それがパールヴァティと分身たちを包み込む。
「や、やめ――」
ドゴォォォォォォン!!
金属の球体が内側から膨れ上がり、そして破裂した。
爆風が部屋中を吹き抜ける。家具が吹き飛び、窓ガラスが粉々に砕け散る。
煙が晴れると、そこには――
「がは……」
ボロボロになったパールヴァティが、床に倒れていた。鎧は砕け、体中から血を流している。
リリアナの短剣が、彼女の手から転がり落ちた。
「勝った……」
その瞬間、俺の体から力が抜けた。
ドサッ。
地面に叩きつけられる。もう、指一本動かせない。
限界突破の代償が、一気に襲いかかってきた。全身の骨が砕けたような激痛。血管が破裂したような苦しみ。内臓が握り潰されたような吐き気。
「がっ……ぐっ……」
血を吐く。視界が真っ赤に染まる。
でも――勝った。
レベル103の俺が、レベル600台のSSランクに勝った。
「レオンちゃん!」
メリルの声が聞こえる。でも、もう目も開けられない。
意識が、闇に沈んでいく――




