第24話 堕落した領地と、最後の決闘
# 第24話 堕落した領地と、最後の決闘
ガルムント領への道のりは、予想以上に平穏だった。
街道は綺麗に整備され、関所では騎士団の兵士たちが退屈そうに通行人を眺めているだけ。俺の顔を見ても、誰も気に留める様子がない。
「警備が緩いわね~」
メリルが不思議そうに呟く。その声には、どこか心配そうな響きが含まれていた。
確かに、騎士団に追われている俺がこんなに簡単に領内に入れるとは思わなかった。
街に入ると、その理由が分かった。
「活気があるな……」
市場には商品が溢れ、人々が活発に取引をしている。都市連合の支配下では見られなかった光景だ。
「税率が下がったんだ!」
商人の一人が嬉しそうに語る。
「騎士団領になってから、上納金が半分以下になった。おかげで商売が楽になったよ」
なるほど、都市連合は複数の巨大ギルドの集合体。それぞれが利益を追求するため、税金は複雑で高額になる。
対して騎士団は、チココの実質的な絶対王政。魔物が蔓延る世界で最強の騎士団を持っている人間、つまりは生存権を握っているチココの統治だ。長寿種族の彼は、経済を活性化させて長期的に搾取するという効率的な手段を好む。そのほうがお互いにwin-winなのだろう。
「でも……」
よく見ると、別の問題が浮かび上がってきた。
騎士団の兵士たちが、勤務時間中にも関わらず酒場に入り浸っている。路地裏では賭博が公然と行われているのに、誰も取り締まろうとしない。
「おい、エルフ! 道を開けろ!」
「人間様のお通りだぞ!」
地元の人間たちが、エルフの老人を突き飛ばしている。騎士団の兵士が近くにいるのに、欠伸をしながら見て見ぬふりをしていた。
さらに歩くと、獣人の子供たちが物乞いをしていた。明らかに栄養失調の様子だ。
「騎士団領になってから、人間以外は仕事をもらえなくなって……」
母親らしき獣人女性が、涙ながらに訴える。
地元の人間たちによる種族差別が横行している。騎士団は本来、多民族で構成された組織のはずなのに、兵士たちは賭博と酒に溺れて、治安維持の仕事を放棄していた。
パールヴァティは短剣を取り返した功績で領主代行になったらしいが、統治には全く興味がないという噂も耳にした。
「これが騎士団の統治か……」
俺は拳を握りしめた。規律を失った騎士たちと、差別が蔓延る街。チココが知ったら激怒するだろうが、遠く離れた辺境の地まで目は届いていないようだ。
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そんなことを考えていると、何の障害もなく、パールヴァティがいる領主の館にたどり着いた。
門番すらいない。扉も開けっ放し。
「警備がザルすぎる……」
皮肉な状況に苦笑いが漏れる。領主の怠慢に感謝する日が来るとは。
館の中に入ると、けたたましい笑い声と音楽が聞こえてきた。
大広間への扉を開けると――
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
そこには、豪華な宴会の残骸が広がっていた。テーブルには高級な料理の食べかけ、床には空になった酒瓶が転がり、あちこちに酔いつぶれた騎士たちが倒れている。
そして、広間の奥のソファで――
「あー、頭がいたい……」
パールヴァティが頭を抱えて座っていた。騎士の鎧ではなくラフな部屋着姿で、髪はボサボサ、目の下にはクマができている。
その手には、リリアナの短剣が握られていた。まるで宝物を抱えるように、肌身離さず持っている。
「誰だよ、朝っぱらから……」
顔を上げたパールヴァティが、俺を見て固まった。
「……勘弁してくれよ」
深いため息をつきながら、ソファから立ち上がる。
「少女に欲情した裏切り者。なんでここにいるんだよ」
「その短剣を返してもらいに来た」
俺の言葉に、パールヴァティが眉をひそめる。
「はぁ? 正気?」
短剣を腰のベルトに差しながら、呆れたような顔をする。
「これのおかげで、やっと半年ぶりにまともな報酬もらえたんだぞ。ボーナスで高級酒も買えたし、部下にも振る舞えた」
そして、鋭い視線で俺を見据える。
「それを今更返せって? 寝言は寝て言え」
「なら、決闘で奪い返す」
「は?」
パールヴァティが聞き返す。
「領主の地位を賭けて、正式な決闘を申し込む」
しばらくの沈黙。
そして――
「ぷっ」
パールヴァティが吹き出した。
「あははは! 決闘!? あんたが!?」
腹を抱えて笑い始める。
「ちょっと待て、レベルいくつだ?」
鑑定スキルで俺を見たらしい。笑いが止まった。
「……103? マジで?」
驚いたような顔になる。
「前に会った時、70くらいだったよな。どうやって……」
そして、メリルに気づいた。
「なるほどね。建国王様のお気に入りか」
パールヴァティが肩をすくめる。
「でもさぁ、レベル100超えたくらいで調子に乗るなよ。こっちは600台だぞ」
「決闘を受けるのか、受けないのか」
俺の真剣な表情を見て、パールヴァティが頭を掻く。
「めんどくさいなぁ……」
しかし、その瞳の奥に、わずかな興味の光が宿る。
「まぁ、久しぶりに体動かすのも悪くないか」
パールヴァティが首を回しながら立ち上がる。
「それに、ユニークスキルも覚えたんだろ? どんなのか見てみたいしな」
酔いつぶれていた騎士の一人を蹴り起こす。
「おい、起きろ! 決闘の立会人やれ!」
「ひぃ! パール様!?」
慌てて起き上がった騎士に指示を出す。
「正式な記録を残せ。レオン・フォレスト対パールヴァティ・ラーメンジーの決闘だ」
広間の家具が手際よく片付けられ、即席の決闘場が作られる。
「レオンちゃん」
メリルが心配そうに声をかける。
「本当に大丈夫?」
「はい」
俺は頷いた。
「見守っていてください」
メリルが複雑な表情で壁際に下がる。介入はしない。それが、彼女の決めたルールだ。
パールヴァティが腰から短剣を抜く。
「じゃあ、始めるか」
一瞬で、だらけた雰囲気が消えた。SSランクの暗殺者の顔が現れる。
「言っとくけど、手加減はしないぞ。まあ、気が向いたら死なない程度には配慮してやるよ」
「望むところだ」
俺も剣を抜いた。
「双方、構え!」
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俺は剣を正眼に構えた。
対して、パールヴァティは短剣を逆手に持ち、距離を取ったまま低い姿勢を取る。暗殺者特有の、いつでも動ける構えだ。
「これより、レオン・フォレスト対パールヴァティ・ラーメンジーの決闘を開始する!」
護衛隊長の手が振り下ろされる。
「始め!」
瞬間、俺は神速剣術を発動させ、一気に間合いを詰めようとした。
「はっ!」
床を蹴り、パールヴァティに向かって突進する。限界突破を使うには、もっと近づく必要がある。
しかし――
「なるほどね」
パールヴァティの目が鋭く光った。さすがはSSランク、俺の意図を即座に見抜いている。
「その必死さ、接近しないと使えないユニークスキルか」
見抜かれた。だが、ここで退くわけにはいかない。
「少女のケツを追いかけて騎士団を裏切った男のスキルか」
パールヴァティが素早くバックジャンプしながら、アイテムボックスに手を突っ込む。
ジャラジャラと金属音を立てて、大量のクナイが取り出される。
「どうせ、近づいただけで異性を下僕にするユニークスキルとかだろ?」
両手いっぱいのクナイを投げながら、嘲笑を浮かべる。彼女の言葉は下品だが、これが素の性格なのだろう。
シュシュシュ!
「遅い遅い!」
クナイを弾きながら追いかけるが、パールヴァティの動きは読めない。右に左に、不規則に跳ねながら距離を保つ。
「それにしても面白いクナイだろ?」
パールヴァティがにやりと笑う。
「全部魔法石で作ってあるんだ」
次の瞬間、床に刺さったクナイの一本が――
ドォン!
爆発した。
「うわっ!」
爆風で吹き飛ばされる。体勢を立て直そうとした瞬間、別のクナイが足元で炸裂。
パキパキパキ!
床が一瞬で凍りつく。
「くっ!」
滑って転びそうになる。そこへ追い打ちのクナイが飛来。
ドゴォ!
今度は衝撃波が俺を壁まで吹き飛ばした。
「爆発、氷結、衝撃波」
パールヴァティが新たなクナイを構える。酔いは完全に抜け、冷徹な暗殺者の顔で俺を見据えている。
「他にも炎とか雷とか、色々あるぞ」
シュシュシュシュ!
今度は10本以上のクナイが同時に飛んでくる。
ガキンガキンガキン!
必死に弾くが、全ては防げない。
ドォン! パキッ! ズドン!
爆発、氷結、衝撃波が次々と俺を襲う。広間は戦場と化し、酔いつぶれた騎士たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「このままじゃ……!」
意を決して、爆発の隙間を縫って突進する。限界突破の射程まで、あと少し。
ついに、パールヴァティとの距離が3メートルまで縮まった。
「今だ!」
剣を振りかぶる。あと一歩で――
「甘いな」
パールヴァティが不敵に笑う。
次の瞬間、彼女の姿が霞のように消えた。
「なっ!?」
振り返ると、さっき投げたクナイの一本、壁に刺さったクナイの横にパールヴァティが立っていた。
「便利だろ? 投げたクナイの位置に瞬間移動できるんだ」
ワープ。そんな能力まで持っているのか。これがSSランクのユニークスキルか。
「メリルに拾われた幸運だけで成り上がったやつには、荷が重いか?」
パールヴァティが両手いっぱいのクナイを構え直す。
「責任とって第二夫人にしてくれそうなチココならともかく、お前のような小物に傷物にされてたまるかよ」
下品な物言いだが、彼女なりのプライドが垣間見える。部屋中に散らばったクナイ。それら全てが、彼女の瞬間移動ポイントになっている。
シュッ!
横からクナイが飛んでくる。弾いた瞬間――
「遅い」
背後にワープしたパールヴァティが、至近距離からクナイを投げる。
ドォン!
爆発で前に吹き飛ばされる。
「ほら、どうした?」
今度は天井近くに刺さったクナイの位置から、雨のようにクナイが降り注ぐ。
パキパキパキ!
床一面が凍りつき、足を取られる。
「レベル100程度じゃ、この速さについてこれないか?」
パールヴァティが次々とワープを繰り返す。右から、左から、上から、下から。
まるで分身しているかのような連続攻撃。これが600レベルの実戦経験が生み出す、完璧な立ち回りか。
ガキン! ドォン! ズドン!
防戦一方。攻撃する暇もない。このままでは、永遠に翻弄され続ける。
「さっきの威勢はどうした?」
パールヴァティが床のクナイの位置にワープし、蹴り上げるような動作でさらにクナイを投げる。
「八つ裂きにするんじゃなかったのか?」
シュシュシュ!
炎のクナイが俺を取り囲む。
ボォッ!
一斉に炎が噴き出し、退路を断つ。熱気が肌を焼き、呼吸すら苦しい。
「くそっ!」
俺は歯を食いしばった。近づけない。捕まえられない。
レベル600の実戦経験が生み出す、完璧な立ち回り。だが――
俺は諦めていなかった。
パールヴァティは確かに強い。経験も技術も、全てにおいて上だ。
しかし、彼女は俺を完全に見下している。それが、唯一の隙かもしれない。
「どうやら限界みたいだな」
パールヴァティが正面10メートルの位置にワープしてきた。
「最後は派手に決めてやるよ」
アイテムボックスから、今までとは違う、一回り大きな黒いクナイを取り出す。禍々しい魔力が、刃から立ち昇っている。
「これは特製でね。威力が段違いなんだ」
殺気が膨れ上がる。本気の殺意。これを食らったら、間違いなく即死だ。
でも――
俺は諦めていなかった。
パールヴァティは確かに強い。経験も技術も、全てにおいて上だ。
だが、彼女は俺を完全に見下している。トドメを刺すために、わざわざ正面に立っている。警戒しながらも、心のどこかで俺を侮っている。
これが、唯一のチャンスかもしれない。
俺は剣を構え直した。全身の魔力を剣に集中させる。これが、最後の賭けだ。
「まだやる気か」
パールヴァティが呆れたように言う。しかし、その瞳の奥には、わずかな警戒の色も見える。
「いいだろう。これで終わりだ!」
黒いクナイが、俺の心臓目掛けて放たれた。
死の刃が、一直線に迫ってくる――




