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第23話 最後の賭けと、騎士の誓い

# 第23話 最後の賭けと、騎士の誓い


 水晶と養蜂、モリビトとの交易。三つの柱によって、村は急速に発展していた。


 朝の養蜂場では、村人たちが慣れた手つきで巣箱の世話をしている。黄金蜂の蜂蜜は、今や商人たちの間で「幻の蜜」と呼ばれるほどの人気商品になっていた。


「今月も豊作だな!」


 養蜂を始めた村人の一人が、蜜でずっしりと重い巣板を掲げる。


 水晶工房では、バルトを中心に若い職人たちが腕を磨いていた。魔力増幅器の注文は増える一方で、生産が追いつかないほどだ。


「レオン様のおかげで、こんなに豊かになるなんて」


 カインが感慨深げに呟く。


 畑では、モリビトから分けてもらった種芋が順調に育っている。食料の自給自足も、もうすぐ可能になるだろう。


 俺は村の様子を見回しながら、静かな達成感を覚えていた。


 廃村は、もう廃村ではない。活気ある、小さいけれど確かな共同体として生まれ変わった。


「もう、俺がいなくても大丈夫だな」


 それは嬉しいことのはずなのに、なぜか胸に空虚感が広がった。


---


 昼過ぎ、定期便の商人がやってきた。いつもと違って、妙に慌てた様子だ。


「レオン様! 面白い話を聞きましたよ!」


 商人のマルコが、荷物を下ろしながら興奮気味に話し始める。


「ガルムント領のことですか?」


「ご存知でしたか! いやぁ、騎士団のロイヤルパラディン様が領主代行になったって話で持ちきりですよ」


 俺の心臓が跳ねた。


「ロイヤルパラディン?」


「ええ、パールヴァティ様です。なんでも、都市連合派の残党から重要な証を奪還した功績で」


 マルコが声を潜める。


「それがガルムント家の後継者の短剣だったらしいですよ。今じゃ、肌身離さず持ち歩いてるとか」


 リリアナの短剣。やはり、パールヴァティが持っていたのか。


「それで、すごいボーナスをもらったらしくて」


 マルコが羨ましそうに続ける。


「毎晩、領主館で宴会を開いてるそうです。『半年ぶりの戦闘任務で大儲け!』って、上機嫌らしいですよ」


 商人が笑いながら付け加える。


「昨日なんか、王都から取り寄せた最高級のワインを部下に振る舞って、『騎士団最高!』って叫んでたとか。まぁ、SSランクの実力者が上機嫌なら、領民も安心でしょう」


 SSランク。冒険者の中でも伝説と呼ばれる領域。そんな化け物が、短剣を守っている。


---


 その夜、俺は一人で考え込んでいた。


 リリアナの短剣。ガルムント家の誇り。そして、彼女の父親の遺志。


 それを取り戻すには、SSランクの怪物と戦わなければならない。


 勝ち目は……ない。


 レベル67の剣聖でも、SSランクには到底及ばない。ましてや、相手は暗殺のスペシャリストだ。


 でも、このまま見過ごすわけにはいかない。


 リリアナは俺を信じてついてきてくれた。その信頼に、応えなければ。


「どうしたの、レオンちゃん?」


 メリルが心配そうに覗き込んできた。


「考え事です」


「ふーん」


 メリルは俺の隣に座り、星空を見上げた。


「短剣のこと?」


「……はい」


 隠しても無駄だ。メリルには、何でもお見通しなのだから。


「取り返しに行くの?」


「行かなければなりません」


 俺は決意を込めて答えた。


「でも、今のままじゃ無理です。もっと強くならないと」


「そうね~」


 メリルが少し考えてから言った。


「じゃあ、特訓しましょ~」


---


 翌日から、地獄のような訓練が始まった。


 メリルは容赦なかった。朝から晩まで、休む間もなく俺を鍛え上げる。


「はい、もう一回~」


 剣の素振り一万回。走り込み50キロ。そして、メリルとの実戦形式の組手。


 当然、組手では一方的にやられる。メリルは手加減しているはずなのに、俺は一撃も当てられない。


「レオンちゃん、遅い~」


 メリルの平手が俺の頬を打つ。


 ビシッ!


「うぐっ!」


 地面に転がる俺。もう、何度目だろうか。


「でも、少しずつ速くなってるわよ~」


 メリルが優しく微笑む。


 そして、毎日レベルアップのスキルで、経験値を注ぎ込んでくれた。


 レベル70、80、90……


 体が悲鳴を上げる。限界を超えた成長は、肉体に凄まじい負担をかけた。


「もう少しよ~、頑張って~」


 メリルが回復魔法をかけながら励ます。


 二週間後。


 ついに、レベルが100を超えた。


「はぁ、はぁ……」


 俺は地面に大の字になって、荒い呼吸を整えていた。


 全身が鉛のように重い。でも、確実に強くなっている実感があった。


「すごいわ、レオンちゃん!」


 メリルが嬉しそうに拍手する。


「レベル103! 3桁到達よ~!」


 しかし、メリルの表情が急に真剣になった。


「でも、ここからが本番なの」


「本番?」


「レベルが100を超えると、ユニークスキルを覚える準備が整うの」


 メリルが説明を始める。


「本来、ユニークスキルは一芸を極め抜いた者への贈り物。長年の修行と経験が結晶化して、その人だけの特別な力になるの」


「でも、俺は無理やりレベルを上げただけです」


「そう、だから問題なの」


 メリルが困ったような顔をする。


「レオンちゃんの場合、経験が伴ってないから、変なユニークスキルが発現する可能性が高いの。下手したら、体を蝕む呪いみたいなものかも」


「呪い……」


「でも、大丈夫!」


 メリルが胸を張る。


「発現した直後なら、私の現実改変で書き換えられるから! ただし……」


「ただし?」


「ユニークスキルの書き換えは、一度きり。そして、発現から24時間以内じゃないと無理なの」


 メリルが真剣な表情で続ける。


「体がユニークスキルを受け入れるために変化し始めたら、もう手遅れ。だから、明日の朝までに、どんなスキルにするか決めないと」


 タイムリミットは24時間。


 その間に、パールヴァティに勝てるスキルを考えなければならない。


---


 その夜、俺は必死に考えた。


 どんなスキルなら、SSランクに勝てるのか。


 圧倒的な攻撃力? でも、当たらなければ意味がない。


 絶対防御? でも、それでは勝てない。


 時間停止? そんな反則的な力を、体が受け入れられるとは思えない。


 悩んでいると、メリルがお茶を持ってきてくれた。


「まだ決まらないの?」


「はい……」


 俺は正直に答えた。


「どんなスキルでも、SSランクには勝てない気がして」


「そうね~」


 メリルが隣に座る。


「パールちゃんは本当に強いから。私でも、本気を出さないと苦戦するくらい」


 その言葉に、俺は思い至った。


 そうだ。メリルなら勝てる。メリルの力があれば。


「メリルさん」


「なあに?」


「一つ、聞きたいことがあります」


 俺は息を整えてから尋ねた。


「メリルさんが俺に与えるスキルには、何か制限があるんですよね?」


 メリルの表情が少し曇った。


「……うん」


「どんな制限ですか?」


「色々あるけど……」


 メリルが指を折りながら説明する。


「一番大きいのは、レオンちゃんの体が耐えられる範囲のスキルしか与えられないこと」


「なるほど」


「あとは、私がイメージできるスキルじゃないとダメ。それから……」


 メリルが言いよどむ。


「まあ、色々あるのよ~」


 俺は、ある考えに辿り着いた。


「決めました」


「え?」


「俺のユニークスキルは、『メリルさんから制限を無視してスキルを一つもらえて、それを強制的に発動させる』スキルにします」


 メリルが目を丸くする。


「え? なんでそんなスキルに?」


「だって」


 俺は真っ直ぐメリルを見つめた。


「メリルさんが与えられないほど強力なスキルなら、SSランクにも勝てるかもしれない」


「でも、それは……」


 メリルが不安そうな顔をする。


「レオンちゃんの体が耐えられないかも……」


「大丈夫です」


 俺は微笑んだ。


「使った後、どんなにボロボロになっても、メリルさんが助けてくれると信じています」


「レオンちゃん……」


「それに、何度でも使えるなら、メリルさんとずっと一緒にいる理由にもなります」


 俺は真っ直ぐメリルを見つめた。


「メリルさんへの絶対的な信頼があるから、このスキルは成立する。そう思うんです」


 メリルは複雑な表情で俺を見つめていた。


 しばらくの沈黙の後、メリルが口を開いた。


「レオンちゃん、本当にいいの?」


「はい」


「私は……」


 メリルが俯く。


「私は、400歳で、300歳の子供もいるのよ」


 突然の告白に、俺は戸惑った。


「それに……」


 メリルの声が震える。


「私は、夫を手にかけたの」


「え?」


「前文明の終わりに、魔王討伐パーティーを使った最終戦争があった」


 メリルが遠い目をする。


「その時、私は自分の夫を手にかけ、彼が愛した国を滅ぼした」


 重い告白だった。建国の英雄の、血塗られた過去。


「こんな私と、一生繋がることになるのよ?」


 メリルが俺を見つめる。


「あなたが選ぼうとしているスキルは、私なしでは使えない。私という、血で汚れた過去を持つ者と、ずっと共にいることになる」


 俺は、しばらく考えた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「メリルさん」


「……なに?」


「俺は、明日死ぬかもしれません」


 率直に告げた。


「SSランクに挑むなんて、自殺行為です。生きて帰れる可能性は、ほぼゼロでしょう」


「レオンちゃん……」


「だから、最後に正直に言わせてください」


 俺は深呼吸をした。


 そして、今まで押し隠していた想いを、言葉にした。


「俺は、メリルさんが好きです」


 メリルの目が大きく見開かれる。


「最初は、ただ助けてもらった恩人でした。でも、一緒にいるうちに、どんどん惹かれていきました」


 止まらない想いが、溢れ出す。


「優しくて、強くて、寂しがりやで、可愛くて。メリルさんといると、毎日が楽しかった」


「レオンちゃん……」


「過去に何があったとしても、俺の気持ちは変わりません」


 俺は真っ直ぐメリルを見つめた。


「もう、メリルさん以外の誰も愛せません」


 沈黙が流れた。


 メリルの瞳に、涙が浮かんでいる。


「でも」


 俺は続けた。


「チココ様との親子の時間を、壊したくもありません。だから、もし生きて帰れたら……」


 俺は床に膝をついた。


「メリルさんの騎士として、一生お仕えさせてください」


 騎士として。それなら、息子との関係を壊すことなく、側にいられる。


 メリルは、しばらく俺を見下ろしていた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……分かりました」


 メリルの声は、どこか儀式めいた荘厳さを帯びていた。


「レオン・フォレスト。あなたに、ユニークスキルと騎士の証を与えます」


 メリルが俺の前に立つ。


「騎士の誓いの儀式をします。頭を垂れなさい」


「……仰せのままに」


 俺は深く頭を下げた。


 メリルの手が、俺の頭に置かれる。


「汝、レオン・フォレストよ」


 厳かな声が響く。


「建国王メリル・スターアニスの名において問う。汝は、この身に忠誠を誓うか」


「誓います」


「汝は、正義と勇気を持って戦うか」


「誓います」


「汝は、弱き者を守り、悪を討つか」


「誓います」


「そして……」


 メリルの声が、少し震えた。


「汝は、この身が倒れる時まで、共に在ることを誓うか」


「……誓います」


 俺の全身に、熱い何かが流れ込んできた。


 ユニークスキルの発現。そして、騎士としての証。


【ユニークスキル習得】

・限界突破(Over Limit)

 メリルから制限を超えたスキルを一つ獲得し、強制発動させる。使用後、肉体に甚大なダメージを受ける。


「これで、あなたは私の騎士です」


 メリルが優しく微笑む。その瞳から、一筋の涙が流れていた。


「ありがとう、レオンちゃん」


「こちらこそ」


 俺は顔を上げた。


「明日、必ず短剣を取り返してきます」


「……生きて帰ってきてね」


 メリルが俺の頬に手を添える。


「約束よ」


「はい、約束します」


 嘘かもしれない。


 でも、今はそう言うしかなかった。


---


 翌朝、俺は村の代表者たちを集めた。


「皆さんに、大切な話があります」


 カイン、モリビトの長老、そして村人の代表たちが、真剣な表情で俺を見つめている。


「俺は、これから騎士団と戦います」


 ざわめきが広がる。


「リリアナ様の短剣を取り返すためです。そして……」


 俺は深呼吸をした。


「おそらく、生きて帰れません」


 重い沈黙が流れる。


「ですから、俺を村から追放してください」


「な、何を言っているんですか!」


 カインが声を上げる。


「村と俺は無関係。そういうことにしてください。そうすれば、騎士団も村には手を出さないはずです」


「しかし……」


「お願いします」


 俺は深々と頭を下げた。


「この村を、守ってください」


 長老が口を開いた。


「……分かりました」


 年老いた声が、静かに響く。


「レオン殿は、本日をもって村から追放とします」


「長老!」


 カインが抗議しようとするが、長老が手で制した。


「これが、レオン殿の望みなのだ」


 そして、長老は俺を真っ直ぐ見つめた。


「だが、覚えておいてください。この村の扉は、いつでもあなたに開かれています」


「……ありがとうございます」


 俺は、もう一度深く頭を下げた。


 リリアナが、震える声で言った。


「レオン様……私のために……」


「大丈夫です」


 俺は微笑んだ。


「必ず、取り返してきます」


 村を出る時、全員が見送ってくれた。


 誰も、さよならとは言わなかった。


 きっと、また会えると信じているから。


 俺も、そう信じたかった。


「レオンちゃん」


 しばらく歩いてから、メリルが口を開いた。


「どうやって短剣を取り返すつもり?」


「決闘を申し込みます」


 俺は迷いなく答えた。


「騎士団領に攻め込むなんて、関係ない人たちを巻き込むことになる。それは避けたい」


「決闘?」


「はい。パールヴァティに、一対一の決闘を申し込みます」


 メリルが心配そうな顔をする。


「でも、相手はSSランクよ?」


「分かっています」


 俺は微笑んだ。


「でも、これが一番迷惑をかけない方法です。リリアナの短剣を賭けての正式な決闘なら、騎士団も文句は言えないはず」


「負けたら?」


「……命はないでしょうね」


 領主の地位を保証する短剣を賭けての決闘。負ければ、当然命で償うことになる。


「でも」


 俺はメリルを見つめた。


「限界突破があれば、勝機はあります」


「使ったら、レオンちゃんの体が……」


「大丈夫です」


 俺は自信を持って言った。


「だって、メリルさんがいますから」


「え?」


「どんなに体がボロボロになっても、メリルさんなら助けてくれる。そう信じているから、このスキルが使えるんです」


 メリルの瞳が潤む。


「レオンちゃん……」


「メリルさんへの絶対的な信頼。それが、このスキルの本質なんだと思います」


 朝日に向かって歩きながら、俺は決意を新たにした。


 決闘。


 それが、誰にも迷惑をかけない、俺なりの戦い方だった。


 万年Fランクだった俺の、最後の冒険が始まる。

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