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第22話 ローヤルゼリーと、命がけの交渉

# 第22話 ローヤルゼリーと、命がけの交渉


 養蜂は順調に進んでおり、村の重要な財源になっていた。


 なにより養蜂は捨てるところがない。蜂蜜は言うまでもなく、蜜蝋やプロポリスはろうそくや防水材、輸出用になる。増えすぎたミツバチも、ここでは貴重なタンパク源だ。なにより巨大な蜂なので、自然に返すわけにもいかない。


 問題と言えば、ローヤルゼリーだろう。


 高級品なのはスマホの情報でわかったが、信用がないので商人たちが特別な値段で買ってくれない。


「栄養価が高く美容にいいです」


 そう説明しても、商人たちは半信半疑だ。


「言われなきゃ分からないですよ。長寿の食べ物? 寿命を伸ばしたいなら、こんなよくわからんものより、確実に効果がある霊薬を買うでしょう」


 商人の言い分ももっともだった。


 メリルに任せても、彼女の説明は要領を得ない。


「すごく体にいいのよ~」では、商人も困るだろう。


 俺の話を聞いてくれて、スマホの情報も信じてくれて、メリルの顔で特別扱いしてくれる相手を探さないと……


 ……一人しかいなかった。


---


「メリルさん、チココ様につないでください」


 朝食後、俺は覚悟を決めて切り出した。


「え!? ついに仲直りするの~?」


 メリルが目を輝かせる。


「……違いますよ。ローヤルゼリーを買ってもらうんです」


 俺は深呼吸をしてから続けた。


「スマホのことを信じる人間は、世界であの人だけですから」


「そうね……」


 メリルが少し困ったような顔をしたが、愛剣を取り出して空間を切り裂いた。


 シュッ!


 空間の向こう側、騎士団本部の執務室が見える。そこには――


「どの面下げてつなげてくるんだぁ?」


 チココが怒りに満ちた声で叫んだ。


「母さんが横にいなかったら、今すぐ乗り込んで真っ二つにしてやるのに」


 声質も口調も、明らかに怒りを含んでいる。無理もない。


 リリアナの短剣をなかなか手に入れられなかったせいで、残りの都市連合派の処理や周りの説得に手こずったと商人たちが言っていた。俺のせいで、騎士団に実害が出ているのだ。


 だが、ここで下手に出れば、無償で搾取される。


 騎士団長という立場上、「お前の村から税として徴収する」と言われたら、俺には抵抗する術がない。メリルがいなければ、俺なんてとっくに処刑されているはずだ。


 だからこそ、図々しくいく必要がある。ビジネスライクに、感情を排して、対等な取引相手のように振る舞う。それが、村を守る唯一の方法だった。


「今回はビジネスの話だ。プライベートは控えてほしい」


 俺は努めて冷静に言った。内心では、恐怖で震えそうになっているのを必死で抑えている。


「……本気で言ってるの?」


 チココの声が、さらに低くなる。


 俺は震える手を隠しながら、小瓶を差し出した。


「これを鑑定スキルで調べて欲しい。ローヤルゼリー、通常の蜂蜜とは違い、女王蜂に献上される特別な蜜だ」


 チココは受け取ると、物珍しそうに眺める。スマホの世界でも、ここ2~300年で急に重宝されるようになったものだ。ミツバチからこんなものが取れると思わなかったのだろう。


「確かにいいものだなぁ。こいつで料理や薬も作れば、なかなかの性能のものができるだろう」


 チココが値踏みするような目で俺を見る。


「それで、毎月どの程度献上してくれるの? 君が負わせてくれた大損害を補填できたら、全部なんとかしてやるよ」


 献上。やはり、そう来たか。


 だが、ここで引いてはいけない。村の未来がかかっている。俺が弱気になれば、村人たちは騎士団の搾取に苦しむことになる。


「いや、普通に取引だ」


 俺は断固とした口調で言った。


「騎士団で買い取って、美容製品などに加工して販売してくれ。異界ではこれぐらいの価値がある」


 スマホを見せると、チココの態度が豹変した。


「なんで母さんのあれをお前が使ってるんだよ」


 チココが立ち上がる。


「見たら分かるが国家機密だ。プライベートは控えるんだったよなぁ」


 次の瞬間、チココは剣を取り出して、空間越しに喉元に押し付けてきた。


 ゾクッ。


 冷たい刃が、肌に触れる。少しでも動けば、首が落ちる。


 でも、俺は目を逸らさなかった。


 ここで怯めば、村は終わる。俺が死んでも、メリルがいる限り村は守られるかもしれない。でも、俺が生きている限りは、俺が村を守らなければならない。


 メリルが睨むと、チココは舌打ちしながら剣を引っ込めた。


「分かったよ。お墨付きの最寄りの商人を送るから、そいつと詳細を詰めろ」


 空間が閉じられた。


---


 俺は、その場に崩れ落ちそうになった。


 足が震えている。背中は冷や汗でびっしょりだ。


「レオンちゃん、大丈夫~?」


 メリルが心配そうに覗き込む。


「……なんとか」


 震える声で答える。


「でも、レオンちゃん凄かったわよ~。チョコちゃんに対して、あんなに堂々と~」


「いえ……」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「正直、怖くて仕方なかったです。でも……」


 窓の外を見る。村人たちが、養蜂場で働いている姿が見える。


「俺が弱気になったら、あの人たちはどうなりますか」


 騎士団という巨大な組織に、対等に渡り合える人間なんて、この世界にほとんどいない。


 でも、俺にはメリルがいる。彼女の存在があるから、かろうじてチココも手を出せない。この奇跡的なバランスの上で、俺は村を守らなければならない。


「騎士団に頭を下げて、献上品として差し出せば、確かに楽かもしれません」


 俺は拳を握りしめた。


「でも、それじゃあ村は永遠に騎士団の奴隷です。自立した経済を作らないと」


「レオンちゃん……」


「すみません、メリルさん」


 俺は頭を下げた。


「俺が生きていられるのも、村が存続できるのも、全てメリルさんのおかげです。それなのに、俺はメリルさんの力を利用して……」


「いいのよ~」


 メリルが優しく微笑む。


「だって、レオンちゃんは頑張ってるもん~。村のために、みんなのために~」


 そして、いたずらっぽく付け加える。


「それに、チョコちゃんも本気で怒ってるわけじゃないわよ~。本気なら、もう騎士団が攻めてきてるもん~」


「そう……ですね」


 確かに、チココが本気なら、とっくに俺たちは全滅している。


 怒りながらも、ビジネスの話は聞いてくれた。それは、彼なりの優しさなのかもしれない。


---


 3日後、騎士団お墨付きの商人がやってきた。


 40代くらいの落ち着いた男性で、礼儀正しく挨拶をしてきた。


「騎士団長から話は聞いております。ローヤルゼリーの取引について」


「はい」


「正直に申し上げて、我々も初めて扱う商品です。しかし、騎士団長が『僕の舌を信じろ』とおっしゃったので」


 商人が契約書を取り出す。


「まずは試験的に、3ヶ月間の契約でいかがでしょう」


 内容を確認すると、公正な価格設定だった。搾取的な要素はない。


「騎士団長からは、『普通の商取引をしろ』と厳命されています」


 商人が苦笑いを浮かべる。


「正直、もう少し騎士団有利な条件にしたかったのですが……『それをやったら、母さんに怒られる』と」


 なるほど、チココなりの配慮か。


 契約が成立し、ローヤルゼリーの定期取引が始まった。


 その夜、俺は一人で考えていた。


 騎士団を裏切った俺が、騎士団と取引をする。


 矛盾しているようだが、これが現実だ。


 感情では憎み合っていても、利益のためには協力する。それが、大人の世界なのだろう。


 万年Fランクだった俺が、今、騎士団長と対等に(表面上は)交渉している。


 恐怖を押し殺し、図々しく振る舞い、村の利益を守る。


 これも、成長と言えるのだろうか。


 分からない。


 でも、前に進むしかない。


 村のために、仲間のために。


 そして、いつかリリアナの短剣を取り返すために。


 俺は、新たな決意を胸に、明日の養蜂作業の準備を始めた。

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