第20話 騎士団の決別と、新たな目標
# 第20話 騎士団の決別と、新たな目標
短剣を奪われてから三日。不思議なことに、騎士団からの追撃は一切なかった。
パールヴァティの部隊が撤収して以来、監視の気配すら感じない。短剣を奪った以上、もうリリアナ自身には興味がないのか。それとも、メリルが俺についたことを警戒して、ロイヤルパラディンやスターパラディンを集めているのか。
どちらにしても、しばらくは安全だろう。
早朝、俺たちは朝食を取りながら今後のことを相談していた。
テーブルには、モリビトから分けてもらった燻製肉、野生の芋を焼いたもの、そして薬草茶が並んでいる。
「メリルさん」
俺は思い切って尋ねた。
「チココ様なら、これ以上追ってきそうですか? それとも、もう興味もなさそうですか?」
「んー?」
メリルが芋をもぐもぐしながら首を傾げる。
「直接聞けばいいじゃないの~」
「は?」
次の瞬間、メリルはアイテムボックスから愛剣を取り出した。
「ちょっと待って!」
俺の制止も聞かず、メリルは空間を切り裂いた。
シュッ!
まるでカーテンを開けるように、空間に裂け目ができる。その向こう側には――
「!?」
豪華な朝食が並ぶテーブルがあった。
そこには、チココと、人間の子供のようなサイズのカーバンクルが座っていた。
エッグベネディクト、フレンチトースト、新鮮なフルーツの盛り合わせ、香り高いコーヒー。まるで高級ホテルの朝食のような豪華さだ。
そして、二人の様子は――
「あーん」
カーバンクルが、チココにフレンチトーストを食べさせている。
「美味しい?」
「うん、ムウナの作る料理は最高だよ」
チココが幸せそうに微笑む。
まるで新婚夫婦のような、ラブラブな雰囲気だった。
こちらに気づくと、二人が同時に真っ赤になった。
「か、母さん!?」
「チョコちゃん!!」
メリルがにこにこしながら手を振る。
「ねぇ、レオンちゃんのことまだ怒ってるの?」
「……母さん!!」
チココが怒ったような声を上げる。
「プライベートの時間に仕事の話題出さないって決めてるでしょ! 時間を考えて!!」
「ごめんね~」
メリルは全く悪びれない様子で続ける。
「で、レオンちゃんはどうするの~?」
チココの表情が一瞬で冷たくなった。
「はぁ? 女のケツを追いかけて裏切った奴なんか、もう知らないよ」
侮蔑するような視線を俺に向ける。
「勝手に野垂れ死ね」
チココが手をこちらに向けると、空間が閉じられた。
シュン!
元の朝食の風景に戻る。
「よかったわね~」
メリルがケロッとした顔で言う。
「騎士団の脅威はなくなったわよ~」
「……色々と言いたいことがありますが、これで安全になったんですね」
俺は複雑な気持ちだった。見捨てられたほうが確かに安全だが、あの言い方は……
「聞きたいことがあるなら、もう一回開く~?」
メリルが剣を構えるが、寸前で止めた。
「あ、でも、チョコちゃんとムウナちゃんが乗り込んできたら、この辺り焼け野原になるわね~」
「ムウナ・スターアニス副団長も近くにいたんですか?」
俺は驚いた。
世界最強の聖騎士の騎士団長を支える最強魔道士の妻。
その手腕は多岐に渡り、経済界でも夫に次ぐ指折りの大物だ。
きっと教科書に載ってるような大魔法使いの風貌だろう...
「え? 隣にいたじゃないの~」
「え?」
「あの小さなカーバンクルがムウナちゃんよ~」
メリルがあっさりと爆弾発言をする。
「色々あって、ペットのカーバンクルの体をもらったのよ~」
そして、急に不機嫌そうな顔になった。
「でも、あんな姿になったらなったで、自分から代わりの第二夫人を探してくるべきじゃないの!?」
メリルが腕を組んで愚痴り始める。
「チョコちゃんの血筋を、自分のせいで途絶えさせる気なの!? チョコちゃんは浮気するような悪い子じゃないから、300年近く妻一筋だし!」
延々と続く姑の愚痴。
「チョコちゃんに人体錬成使わせてまで助けてもらったんだから、第二夫人ぐらい我慢しなさいよ! なのに頑なに拒否して! 孫の顔が見たいのに!」
建国の大英雄とは信じられないくらい、人間臭い悩みだった。
「……メリルさん、ちょっと失礼します」
愚痴が終わりそうにないメリルを残して、リリアナの様子を見に行った。
---
リリアナは、村の外れで一人剣を振っていた。
木の枝を剣に見立てて、基本の型を繰り返している。
「はっ! やっ!」
小さな体で懸命に練習する姿は、健気だった。
「リリアナ」
「レオン様!」
リリアナが振り返る。額には汗が浮かんでいた。
「朝早くから練習か」
「はい。私も強くなりたくて」
リリアナが決意に満ちた瞳で言う。
「短剣を取り返したいんです」
「……そうか」
俺は複雑な気持ちだった。11歳の少女が、騎士団から奪還なんて。
「無理だと思ってるでしょう?」
リリアナが俺の心を読んだように言う。
「でも、私には守りたいものがあります」
少女の瞳に、強い光が宿っていた。
「父の遺志、ガルムント家の誇り、そして……」
リリアナが俺を見つめる。
「レオン様についていくと決めた、私の意志です」
その真剣な眼差しに、俺は頷いた。
「分かった。俺が訓練をつけよう」
「本当ですか!?」
リリアナの顔がぱっと明るくなる。
その時、後ろから声がかかった。
「私も混ぜてください」
振り返ると、シルフィとルーナが立っていた。
「私たちも強くなりたいんです」
シルフィが弓を構える。
「騎士団の魔法に対抗できるくらいに」
「俺も、もっと人間形態での戦い方を覚えたい」
ルーナが拳を握る。
「ドラゴンの姿じゃ、街中では戦えないから」
みんなの決意を感じて、俺は微笑んだ。
「よし、全員まとめて訓練だ」
---
訓練場として、村の広場を使うことにした。
まず、それぞれの実力を確認する。
「リリアナ、その木の枝で俺に打ち込んでみろ」
「は、はい!」
リリアナが勇敢に突進してくる。
速度は悪くない。11歳にしては、かなりの運動神経だ。でも――
「遅い」
俺は軽く横に避けて、リリアナの頭を小突いた。
「がうっ!」
リリアナが地面に転がる。
「足運びが雑だ。もう一度」
次はシルフィ。
「あなたの魔法を見せてくれ」
「風の刃!」
シルフィが詠唱すると、鋭い風の刃が飛んできた。
パシッ。
俺は手で払いのける。
「威力は十分だが、詠唱が長すぎる。実戦では的になるぞ」
最後にルーナ。
「人間形態で、全力で殴ってみろ」
「行きます!」
ルーナの拳が迫る。ドラゴンの血が流れているだけあって、かなりの威力だ。
ドゴッ!
俺は片手で受け止めた。
「力はある。でも、技術がない」
三人とも、基礎はあるが実戦経験が圧倒的に不足している。
「まず、基礎体力をつける」
俺は訓練メニューを説明した。
「朝はランニング10キロ、その後に素振り1000回」
「せ、1000回!?」
リリアナが目を丸くする。
「昼は実戦形式の組手、夕方は座学」
「座学?」
「戦術、戦略、そして敵の研究だ」
俺は真剣な表情で続ける。
「騎士団のロイヤルパラディンは、間違いなく短剣を守っているはず。あいつらに勝つには、力だけじゃ足りない」
「ロイヤルパラディン……」
シルフィが震え声で呟く。
「SSランク相当の化け物ですよね」
「そうだ。でも、不可能じゃない」
俺は断言した。
「俺はレベル67の剣聖。そして、メリルさんという最強の味方もいる」
希望を持たせつつ、現実も伝える。
「ただし、今のままじゃ足手まといだ。だから、地獄の訓練をする」
三人が顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
「やります!」
---
訓練初日。
朝5時、まだ薄暗い中でランニングを開始した。
「はぁ、はぁ……」
5キロを過ぎた辺りで、リリアナが苦しそうに息を切らす。
「まだ半分だ! 頑張れ!」
俺は隣を走りながら激励する。
「騎士団は、こんなものじゃないぞ!」
素振りの訓練では、シルフィが100回で音を上げた。
「手が……もう動きません……」
「エルフの弓術師が、そんなことでどうする!」
俺は厳しく叱咤する。
「敵は待ってくれないぞ!」
組手では、ルーナが俺の攻撃を全く捌けなかった。
「くそっ! ドラゴンの身体能力があるのに!」
「力に頼りすぎだ。技術を身につけろ」
夕方の座学では、騎士団の戦術について講義した。
「ロイヤルパラディンのパールヴァティは、忍者クラスの暗殺者だ」
俺は彼女との戦いを思い出しながら説明する。
「音もなく近づき、一撃で仕留める。対策は……」
みんな真剣にメモを取っている。
一週間後。
少しずつ、成果が見え始めた。
リリアナは10キロを走り切れるようになり、素振りも500回まで増えた。
シルフィは無詠唱で初級魔法を使えるようになった。
ルーナは、俺の攻撃を数回は捌けるようになった。
「でも、まだまだだ」
俺は厳しく評価する。
「このペースじゃ、10年かかる」
その時、メリルがやってきた。
「レオンちゃん、厳しすぎるわよ~」
「でも、相手はあなたの息子が作り上げた騎士団ですよ」
「そうね~。じゃあ、ちょっと手伝ってあげる~」
メリルが三人に近づく。
「特別に、訓練用のスキルをあげるわ~」
パン! パン! パン!
三人の背中を軽く叩く。
【リリアナ】
・身体強化 LV.3
・剣術適性 LV.3
【シルフィ】
・魔力効率化 LV.3
・高速詠唱 LV.3
【ルーナ】
・格闘術 LV.3
・反射神経強化 LV.3
「これで、成長速度が上がるわよ~」
メリルがウインクする。
「でも、努力しないと意味ないからね~」
三人の目に、新たな闘志が宿った。
「ありがとうございます!」
その日から、訓練はさらに激しくなった。
でも、誰も脱落しなかった。
短剣を取り返す。その明確な目標があるから。
そして何より、お互いを支え合う仲間がいるから。
ある日の訓練後、俺はメリルに重要な確認をした。
「メリルさん、一つ聞いておきたいことがあります」
「なあに~?」
「もし俺たちが騎士団と戦うことになったら……」
俺は真剣な表情で続ける。
「メリルさんは、手伝ってくれませんよね?」
メリルは少し困ったような顔をした。
「そうね~。レオンちゃんは大切な友達だけど、チョコちゃんは私の息子だから~」
優しく、でもはっきりと言う。
「友達と息子の本気の戦いには、介入できないわ~」
「やはり、そうですか」
「パールちゃんとの時は、あんまりにもあっさり終わりそうで可哀想だから手を出したけど~」
メリルが苦笑いを浮かべる。
「レオンちゃん、本体のパールちゃんが短距離ワープを繰り返してたことも、透明の分身が混じってたことも気付いてなかったでしょ~?」
「え……」
俺は言葉を失った。確かに、パールヴァティの動きを全く把握できていなかった。
「もっと頑張らないとダメよ~。あのレベルで苦戦してたら、本気のロイヤルパラディンなんて相手にできないわ~」
メリルが優しく、でも厳しく指摘する。
「本格的な戦いになったら、私は見守ることしかできないの~。ごめんね~」
「いえ、分かっていました」
俺は頷いたが、内心では自分の実力不足を痛感していた。
パールヴァティの本当の動きすら見抜けなかったなんて。
「だからこそ、自分たちの力で強くならないと」
「そうよ~。でも、訓練の手伝いくらいはするわ~」
メリルが優しく微笑む。
「戦いには介入しないけど、レオンちゃんたちが強くなるのは応援してるから~」
そして、少しいたずらっぽく付け加える。
「次は、ちゃんと相手の本体を見抜けるようになってね~」
夕暮れ時、訓練を終えた四人は、満身創痍で地面に転がっていた。
「死ぬ……」
リリアナが呟く。
「でも、昨日より強くなった気がする」
「私も」
シルフィが微笑む。
「無詠唱がこんなに便利だなんて」
「人間の身体も、悪くないな」
ルーナが拳を見つめる。
俺は三人を見下ろしながら、静かに決意を固めた。
必ず、この子たちを強くする。
そして、いつか騎士団から短剣を取り返す。
それが、俺なりの贖罪だ。
万年Fランクだった俺が、今、指導者として立っている。
不思議な巡り合わせだが、これも運命なのだろう。
星が瞬き始めた空を見上げながら、俺は明日の訓練計画を考え始めた。