第2話 馬小屋暮らしの俺、超高級ホテルで人生が変わる
# 第2話 馬小屋暮らしの俺、超高級ホテルで人生が変わる
メリルに抱きかかえられたまま、俺たちは信じられない速度で空を飛んでいた。
「もうすぐ着くわよ~」
眼下に見えてきたのは、王都の中心部。俺みたいな底辺冒険者には縁のない、富裕層が住むエリアだ。
そして――
「え!?」
メリルが向かっているのは、王都で最も高い建物。『グランドパレス・ロイヤル』という超高級ホテルだった。一泊の宿泊費が、俺の年収を軽く超えるという噂の場所だ。
「ちょ、ちょっと待って! あそこは――」
俺の言葉を聞く前に、メリルは屋上へと降り立った。
ドスン!
着地の衝撃で、屋上の床に亀裂が入る。
「あら~、また壊しちゃった~」
メリルが苦笑いを浮かべながら、手をかざす。すると、亀裂が見る見るうちに修復されていく。
「現実改変って便利なのよ~。何でも直せるから~」
そう言いながら、メリルは屋上の扉を開けた。
「さ、入って入って~」
促されるまま中に入ると、そこは――
「うわあ……」
思わず声が漏れた。
最上階のペントハウス。天井まで続く巨大な窓からは、王都が一望できる。床は鏡のように磨き上げられた大理石。天井には豪華なシャンデリアが輝いている。
「ここ、メリルさんの家なんですか?」
「そうよ~。100年前に買ったの~。誰も来ないから寂しいけどね~」
室内を見回すと、俺には理解できない物がたくさんあった。
壁に埋め込まれた黒い板。その下には、光る数字が表示されている箱。天井付近で回転している羽根つきの装置。
「あの、これは……?」
「ああ、テレビよ~。都心部は電気が通ってるから、色んな家電が使えるの~」
電気? 家電?
聞いたことのない単語が次々と出てくる。
「レオンちゃん、どこに住んでるの~?」
「え? あ、下町の……その、馬小屋を改造した家です」
恥ずかしくて顔が熱くなる。壁は板切れ、屋根は藁葺き。雨が降れば水が漏れ、冬は隙間風で凍えそうになる。そんな家とは、比較することすら馬鹿らしい。
「まあ~、大変だったのね~」
メリルが同情するような目で俺を見る。
「じゃあ、今日からここに住めばいいわ~」
「は!?」
「だって、レオンちゃん一人にしたら心配だもん~。それに、一緒にご飯食べる約束でしょ~?」
あまりにも突然すぎる提案に、頭が追いつかない。
「で、でも、そんな――」
「やだやだ~! 絶対一緒に住むの~!」
またも子供のような駄々こね攻撃。この人、見た目は大人なのに、時々すごく子供っぽくなる。
「分かりました……お世話になります」
根負けした俺に、メリルが満面の笑みを浮かべた。
「やった~! じゃあ、お昼ご飯作るわね~!」
メリルはスキップしながらキッチンへ向かう。そこもまた、信じられない設備が揃っていた。
火を使わずに加熱できる台。扉を開けると冷気が出てくる箱。水道の蛇口からは、お湯まで出てくる。
「IHコンロ、冷蔵庫、温水器……都心部の文明って凄いのね~」
メリルが鼻歌を歌いながら、手際よく料理を始める。さっき狩ったイノシシの肉を使って、あっという間に豪華な料理が出来上がっていく。
30分後、テーブルには信じられない御馳走が並んでいた。
イノシシの角煮、野菜たっぷりのスープ、新鮮なサラダ、焼きたてのパン、そしてデザートまで。
「さあ、食べましょ~」
勧められるまま、角煮を口に運ぶ。
「美味い……!」
口の中でとろけるような柔らかさ。甘辛いタレが絶妙で、いくらでも食べられそうだ。
「ふふ~、喜んでもらえて嬉しい~」
食事をしながら、俺たちは身の上話を始めた。
「俺、孤児なんです。物心ついた時には、既に一人でした」
冒険者になったのも、他に生きる術がなかったから。でも、才能がなくて、15年経ってもFランクのまま。
「そうだったのね~……」
メリルが悲しそうな表情を見せる。
「私はね~、400年前に生まれたの。生まれつき魔力が強すぎて、周りの人はみんな怖がって逃げちゃった」
両親でさえ、彼女を恐れたという。結局、一人で生きていくしかなかった。強くなりすぎて、誰も近づいてこない。300年間、ずっと一人きり。
「だから、レオンちゃんがお礼を言ってくれた時、本当に嬉しかったの~」
メリルの瞳が潤んでいる。
「300年ぶりに、人として扱われた気がしたの」
胸が締め付けられる思いだった。最強と呼ばれる彼女も、ずっと孤独だったんだ。
「俺なんかでよければ、これからも一緒にいますよ」
「本当!?」
メリルの顔がパッと明るくなる。
「でも、レオンちゃん弱すぎるから心配~」
そう言うと、メリルが立ち上がって俺の後ろに回り込んだ。
「ちょっと強くしてあげる~」
「え?」
パン!
背中を軽く叩かれた瞬間――
ドクン!
心臓が大きく脈打つ。
そして、途方もないエネルギーが身体中を駆け巡り始めた。
「うわああああ!」
全身が熱い。まるで溶岩が血管を流れているかのような感覚。骨が軋み、筋肉が膨張と収縮を繰り返す。
視界が真っ白に染まり、意識が遠のきそうになる。
「大丈夫よ~、すぐ終わるから~」
メリルの声が、遠くから聞こえる。
数分後、ようやく感覚が戻ってきた。
「はあ、はあ……」
荒い呼吸を整えながら、自分の体を見下ろす。見た目は変わっていないが、明らかに何かが違う。
力が漲っている。今なら、素手で岩を砕けそうな気さえする。
「ステータス確認!」
震える声で、自分の状態を確認した。
【ステータス】
名前:レオン・フォレスト
職業:剣聖
レベル:67
HP:12,580/12,580
MP:8,940/8,940
攻撃力:2,847
防御力:2,156
敏捷性:3,012
魔力:1,893
【ユニークスキル】
・神速剣術 LV.1
・魔力循環 LV.1
・戦闘直感 LV.1
・剣気開放 LV.1
「嘘だろ……」
レベルが12から67に。ステータスは100倍近く上昇している。そして、空っぽだったスキル欄には、4つものユニークスキルが。
何より、職業が『荷物持ち』から『剣聖』に変わっていた。
「けんせい……?」
剣の聖人。武の極みに達した者だけが得られるという、伝説の職業。
「ど、どうなってるんですか!?」
「現実改変よ~」
メリルがあっけらかんと答える。
「レオンちゃんの『現実』を書き換えたの。才能がなかったのを、あったことにしたのよ~」
「そんな簡単に言わないでください!」
これは、神の領域じゃないか。
「だって、レオンちゃんが死んじゃったら嫌だもん~」
メリルが俺を後ろから抱きしめる。柔らかい感触と、甘い香りに顔が熱くなる。
「これでも最低限しか上げてないのよ~? 本当はレベル999にしようと思ったけど、体が耐えられないから~」
最低限でレベル67!?
「明日はもっと強くしてあげるね~」
「いや、もう十分です!」
「ダメ~! もっともっと強くするの~!」
過保護にも程がある。でも、その過保護さえも、彼女の孤独の裏返しなのかもしれない。
窓の外を見ると、夕日が王都を赤く染めていた。
朝は馬小屋暮らしのFランク冒険者だった俺が、夕方には超高級ホテルで剣聖になっている。
人生何が起こるか分からない。
「レオンちゃん、晩ご飯は何がいい~?」
「えっと、メリルさんの好きなもので」
「じゃあ、一緒に作ろ~!」
最強の女英雄と、元最弱の剣聖。
奇妙な同居生活が、こうして始まった。
明日は、どんなスキルを押し付けられるのだろうか。
期待と不安を抱きながら、俺は新しい人生の第一歩を踏み出した。