第19話 水晶の輝きと、母の葛藤
# 第19話 水晶の輝きと、母の葛藤
水晶鉱山の再開から二週間。廃村は活気に満ちていた。
朝の作業場では、トロッコから降ろされた水晶原石が山のように積まれている。透明度の高い結晶が朝日を受けて七色に輝き、まるで宝石の山のようだ。
「今日も大量だな!」
元鉱夫のカインが満足そうに呟く。坑道から運び出されたトロッコには、大小様々な水晶がぎっしりと詰まっていた。
「やはり、5年間手つかずだっただけあって、良質な鉱脈が残っていました」
カインの隣で、初老の男性が水晶を手に取る。彼はバルトという彫金師で、石橋の村からの移民の一人だった。
「これは……素晴らしい」
バルトが虫眼鏡で水晶を観察しながら感嘆の声を上げる。
「不純物がほとんどない。魔力伝導率も極めて高い」
彼の作業台には、既に幾つかの完成品が並んでいた。水晶のペンダント、指輪、そして小さな魔道具。どれも繊細な細工が施されている。
「これなら、王都でも十分通用する品質です」
バルトが自信を持って言う。
「特にこの魔力増幅器は、冒険者や魔法使いに重宝されるはずです」
小さな水晶を銀の台座にはめ込んだ魔道具。装着者の魔力を10%ほど増幅する効果があるという。
「問題は販売ルートだな」
俺は完成品を眺めながら呟いた。
品質は申し分ない。しかし、俺たちは騎士団に追われる身。表立って商売をするのは危険だ。
「メリルさん」
俺は隣でナッツを頬張っているメリルに声をかけた。
「変装や身分詐称のスキルは作れますか? 騎士団に見つかったら終わりですので」
「んー?」
メリルがナッツを飲み込んでから答える。
「別に気にしなくていいんじゃないの~?」
そう言いながら、メリルの視線は俺の後ろ、建物の屋根の上あたりに向けられていた。
メリルはいつも以上に能天気な様子で、また新しいナッツに手を伸ばしている。
「まあ、欲しいなら作ってあげるけど~」
パン!
背中を叩かれ、新たなスキルが流れ込む。
【スキル習得】
・変装術 LV.8
・身分偽装 LV.7
・交渉術強化 LV.8
・商人の勘 LV.6
「これで大丈夫かしら~?」
「ありがとうございます」
俺は早速、変装術を使ってみた。髪の色を茶色に変え、顔の輪郭も少し調整する。鏡を見ると、別人のような顔が映っていた。
「よし、これなら……」
石橋の村からの移民に、近くの大きな街について聞き取りをした。
「東に半日ほど行ったところに、『銀鉱の街』があります」
年配の女性が教えてくれた。
「商人ギルドの支部もありますし、様々な商品が集まる交易都市です」
ただし、騎士団の詰所もあるという。注意は必要だが、避けては通れない。
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翌朝、俺は完成した水晶製品のサンプルを持って、銀鉱の街へ向かった。
街の門をくぐると、活気ある市場の喧騒が耳に飛び込んでくる。露店が並び、商人たちが声を張り上げていた。
「新鮮な野菜だよ!」
「銀細工はいかが!」
俺は商人ギルドの建物を目指した。三階建ての立派な石造りの建物で、多くの商人が出入りしている。
受付で用件を伝えると、すぐに商談室に通された。
「初めまして。私はゲオルグと申します」
40代くらいの恰幅の良い男性が、愛想良く手を差し出してきた。
「レ……レイモンドです」
俺は偽名を使い、握手を交わした。
「早速ですが、商品を拝見できますか?」
俺がサンプルを並べると、ゲオルグの目の色が変わった。
「これは……!」
彼は虫眼鏡を取り出し、水晶を詳しく調べ始める。
「素晴らしい品質だ。透明度、カット、魔力伝導率、どれを取っても一級品」
特に魔力増幅器に興味を示した。
「これほどの品を、どちらで?」
「西の山間部に、知り合いの職人がおりまして」
俺は曖昧に答えた。
「なるほど、隠れた名工というわけですか」
ゲオルグは満足そうに頷く。
交渉は驚くほどスムーズに進んだ。商人の勘スキルのおかげか、相手の考えていることが何となく分かる。
「では、魔力増幅器を金貨50枚、ペンダントを金貨20枚、指輪を金貨15枚で」
「ありがとうございます」
予想以上の高値だった。
「定期的に仕入れることは可能ですか?」
「はい、月に20個程度なら」
「素晴らしい! では、来週、私が直接視察に伺いましょう」
ゲオルグが頭金として、金貨200枚入りの革袋を差し出した。
「品質確認と、今後の取引についても相談したいので」
商談がまとまり、俺は街を後にしようとした。その時、ふと思いついて、布地を扱う店に立ち寄った。
「水着? ああ、泳ぐ時に着る服ね」
店主が奥から数着の水着を出してきた。この世界にも、温泉地や海辺のリゾートがあるらしい。
「これとこれと……全部で5着ください」
リリアナやシルフィ、ルーナの分も購入した。村に小さなプールでも作れば、息抜きになるだろう。
何より、商人に生活が苦しいと悟られないためだ。余裕のある生活をしていると思わせれば、交渉でも有利になる。
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村に戻ると、さっそくプール建設の相談をした。
「プール?」
リリアナが不思議そうに首を傾げる。
「水遊びができる、大きな水溜まりです」
俺はため池から水を引く計画を説明した。
「息抜きも必要ですから」
「わぁ、楽しそう!」
リリアナが目を輝かせる。最近、少しずつ笑顔が増えてきた。父親を失った悲しみは消えないだろうが、新しい生活に慣れてきたようだ。
作業は順調に進んだ。まず、広場の端に10メートル四方の穴を掘る。俺とルーナが中心となって作業し、他の村人たちも手伝ってくれた。
「ふぅ、疲れた~」
ルーナが額の汗を拭う。ドラゴンの姿では作業がしづらいらしく、途中で人間の姿に変身していた。
赤い髪の美少女姿のルーナは、村の男たちの注目を集めていた。
「ルーナ、その姿は?」
「メリル様が魔法をかけてくれたの」
ルーナが照れたように頬を染める。
「『可愛い方が楽しいでしょ~』って」
確かに、赤髪で小柄な美少女姿は親しみやすい。ドラゴンの威厳はそのままに、人間らしさが加わっていた。
穴の底と側面を石で固め、ため池から溝を掘って水を引く。メリルが水質浄化の魔法をかけてくれたおかげで、透明度の高い綺麗なプールが完成した。
早速、俺は購入した水着を配った。
「これを着て泳ぐんです」
「きゃあ、可愛い!」
リリアナが水色の水着を手に取って喜ぶ。
「でも、ちょっと恥ずかしいかも……」
シルフィが緑の水着を見ながら呟く。エルフは基本的に保守的な種族だ。
「大丈夫よ~、似合ってるわ~」
いつの間にか着替えていたメリルが、ピンクのビキニ姿で現れた。豊満な胸が強調され、俺は思わず目を逸らした。
「レオンちゃんも着替えなさい~」
「は、はい」
全員が水着に着替え、プールに入る。冷たい水が火照った体に心地良い。
「気持ちいい~!」
リリアナが嬉しそうに水をかき分けて泳ぐ。まだ11歳の彼女にとって、こういう楽しみは貴重だろう。
「これで、仕事の疲れも取れますね」
シルフィも満足そうだ。
俺たちがプールで寛いでいると、メリルが急に木の上の方を見つめ始めた。
「どうしました?」
「ん~、なんでもない~」
メリルは曖昧に答えたが、その視線は鋭かった。
しばらく泳いだ後、プールサイドで休憩していると、リリアナが俺に近づいてきた。
「レオン様」
「どうした?」
リリアナは周囲を確認してから、腰に巻いていた布から何かを取り出した。
銀色の短剣。柄には紫の宝石が埋め込まれ、刀身には複雑な紋章が刻まれている。
「これは……」
「ガルムント家の後継者の証です」
リリアナが真剣な表情で言う。
「父が最期に、私に託しました」
なるほど、だから騎士団も執拗に追ってくるのか。正統な後継者の証があれば、将来的に領地奪還の大義名分になる。
「大切なものだな」
「はい。でも……」
リリアナは短剣を見つめながら続ける。
「私は、もう貴族には戻れません。レオン様についていきます」
その決意に満ちた瞳を見て、俺は頷いた。
「分かった。でも、それは大切に持っていなさい」
「はい」
その時だった。
「失礼します!」
村の入り口から声が聞こえた。見ると、商人のゲオルグが護衛を連れて到着していた。
「早いな……」
来週と言っていたのに、もう来たのか。
「お待たせしました」
俺は慌てて上着を羽織り、ゲオルグを出迎えた。
「いやぁ、待ちきれなくてね」
ゲオルグが革袋を掲げる。
「約束の金貨を持参しました。現物を確認させてもらえるかな?」
「もちろんです。こちらへ」
俺がゲオルグを作業場へ案内しようとした時――
「うーん」
メリルの声が響いた。プールサイドに座ったまま、考え込むような表情をしている。
「レオンちゃんは私の友達だけど、チョコちゃんは私の息子なのよね~」
突然の独り言に、みんなが振り返る。
「だから、どっちも贔屓したくないんだけど……」
メリルがおやつに食べていたナッツをつまむ。
「ここまで差が出ると可哀想よね~」
ピュッ!
メリルがナッツを指で弾いた。
それは信じられない速度で飛んでいき――
パシッ! パシッ! パシッ!
何もない空間で弾け、透明だった何かが次々と姿を現して地面に倒れた。
騎士団の鎧を着た兵士たち。完全に気配を消して潜んでいた隠密部隊だ。
「なっ!?」
ゲオルグが目を見開いて驚いている。
次の瞬間、メリルは小さな魔力弾を飛ばした。
狙いはゲオルグ……ではなく、すぐ隣の空間。
ガキィン!
ゲオルグが何者かに突き飛ばされ、同時に黒い影が姿を現した。
女性の騎士だ。短剣で魔力弾を弾いていた。
「おいおい! メリル様!」
聞き覚えのある声。嘆きの迷宮で会った、あのパールヴァティだった。
「どっちにも協力しないんじゃなかったのか!」
パールヴァティが憤慨した様子で叫ぶ。
「うちの部下たちをイジメやがって! パワハラだぞ! パワハラ!!」
「だって~」
メリルがプールから上がりながら答える。水着姿のまま、まったく動じていない。
「レオンちゃんが可哀想だもん~」
「可哀想って……」
「ずっと監視してたんだから、もうちょっと仲良くしてあげなさいよ~」
なるほど、やはり監視されていたのか。騎士団の追手が来ないと思ったら、最初からずっといたんだな。
メリルは知っていて、黙っていたのだろう。
「それに、半年ぶりの戦闘任務が建国王様なんて嫌だぞ!!」
パールヴァティが不満を爆発させる。
「その短剣持って帰らないと減給なんだよ!」
短剣……リリアナの持っている後継者の証のことか。
「どっかのバカが下心丸出しで寝返ったせいで、面倒なことになってんだよ!」
どっかのバカ……それは俺のことか。確かに、女子供を守りたいという感情で騎士団を裏切った。
「もう勘弁してくれよ!!」
パールヴァティの叫びに、メリルは肩をすくめた。
「知らないわよ~、そんなの~」
メリルがアイテムボックスから剣を取り出す。見覚えのある輝き。建国王の愛剣だ。
「じゃあ、ちょっと運動しましょうか~」
瞬間、パールヴァティが両手にクナイを構えた後、砂煙だけを残して姿が消えた。
いや、消えたのではない。あまりにも速すぎて、俺の目が追いつかなかったのだ。
カンカンカンカン!
金属音が連続して響く。メリルの四方八方から、パールヴァティの残像が襲いかかる。
前から、横から、上から、下から。まるで嵐のような連続攻撃。
しかし――
「遅いわよ~、パールちゃん~」
メリルは涼しい顔で、全ての攻撃を剣で受け流している。
背後からの奇襲も、まるで背中に目があるかのように防いでいる。
「くっ!」
パールヴァティが一瞬、動きを止めた。額に汗が浮かんでいる。
対して、メリルは息一つ乱していない。水着のまま、優雅に剣を構えている。
「本気出さないの~?」
メリルが挑発するように言う。
「ったく……!」
パールヴァティが構え直す。そして――
ドンッ!
地面を蹴った衝撃で、小さなクレーターができた。今度は、さっきとは比較にならない速度。
しかし、メリルの瞳はしっかりと本体を追っている。
パシッ!
メリルが片手で軽く払うと、パールヴァティが吹き飛んだ。
そして、優雅なステップで追撃の位置を封じる。
まるで舞っているかのような、美しい動き。
圧倒的だった。
SSランクの実力を持つパールヴァティが、まるで子供のように翻弄されている。
俺は戦いを目で追おうとしたが――
ドンッ!
突然、目の前にパールヴァティの分身が現れ、俺を突き飛ばした。
「うわっ!」
プールに落ちる俺。水中でもがいていると――
「レオンちゃん!」
メリルが俺を助けに飛び込んできた。
その一瞬の隙を、パールヴァティは見逃さなかった。
「もらった!」
素早くリリアナに近づき、短剣を奪い取る。
同時に、別の分身が商人のゲオルグを抱きかかえる。
「え? ちょっと!」
ゲオルグが慌てるが、パールヴァティは構わず気絶している部下たちの元へ走った。
「任務完了! 撤収する!」
パールヴァティが印を結ぶと、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。転送魔法だ。
「待ちなさい~、パールちゃん~!」
メリルが追いかけようとするが、俺を助けるのに手間取って間に合わない。
光と共に、パールヴァティたちの姿が消えた。巻き込まれた商人のゲオルグも一緒に。
「あーあ、逃げられちゃった~」
メリルが残念そうに呟く。
俺はプールから上がりながら、複雑な気持ちだった。
短剣を奪われた。そして、せっかく見つけた商談相手も連れ去られてしまった。
「メリルさん」
「なあに~?」
「最初から、知ってたんですね」
俺の問いに、メリルは苦笑いを浮かべた。
「だって、パールちゃんったら隠れるの下手なんだもん~。ずっと木の上にいるし~」
やはり、メリルは全て分かっていて、俺たちを泳がせていたのだ。
「でも、レオンちゃんが頑張ってるのを邪魔したくなかったから~」
メリルが俺の頭を撫でる。
「それに、チョコちゃんも一生懸命だし。母親としては、どっちも応援したいのよ~」
建国王としての立場、母親としての愛情、そして友人としての思い。
メリルは、その全てを抱えながら、絶妙なバランスを保とうとしているのだ。
「すみません、迷惑をかけて」
「いいのよ~。これくらい~」
メリルが優しく微笑む。
「それより、別の商人さんを探さないとね~。あのゲオルグさんは、しばらく戻ってこないでしょうし~」
確かに、いきなり騎士団の抗争に巻き込まれたゲオルグは、二度とこの村には近づかないだろう。
夕日がプールの水面を黄金色に染める中、俺は次の一手を考え始めた。
まずは、新たな販売ルートを確立しなければ。
そして、いずれ来るであろう騎士団との本格的な対決に備えて、力を蓄えなければならない。
道は険しい。でも、俺には仲間がいる。
そして、時に母として、時に友として見守ってくれる、最強の味方もいる。
万年Fランクだった俺が、今、少しずつ成長している。
きっと、道は開ける。
そう信じて、俺は新たな決意を胸に刻んだ。