第18話 罠の成果と、水晶鉱山への挑戦
# 第18話 罠の成果と、水晶鉱山への挑戦
朝の見回りで、俺は村の北側に設置した罠の周辺で異変に気づいた。
「これは……」
地面に点々と続く血痕。その先には、使い込まれた剣が一本、放置されていた。刃こぼれだらけで、柄の革は手垢で黒ずんでいる。明らかに長年使い込まれた武器だ。
さらに進むと、落とし穴の縁に血がべっとりとついていた。中を覗くと、竹槍の先端が赤く染まっている。
「誰かが落ちたな」
周囲を調べると、複数の足跡が慌てたように動き回っていた。そして、痒み粉の罠が作動した跡も見つかった。
袋が破れ、周囲の草が踏み荒らされている。必死に体を掻きむしったのだろう、血の混じった皮膚片まで落ちていた。
「ここにも……」
近くの薬草が乱暴に引きちぎられていた。おそらく、痒みを和らげようと必死だったのだろう。効果があるかどうかも分からずに、手当たり次第に試したに違いない。
そして、もう一本の槍と、革の胸当てが放棄されていた。
「仲間を運ぶために、装備を捨てたのか」
足跡を追うと、一人分の足跡が深くなっている箇所があった。負傷者を背負って逃げたのだろう。
罠は、確実に効果を発揮していた。
「レオンちゃん、どうだった~?」
メリルが朝食の準備をしながら尋ねてきた。
「蛮族が来ていたようです。でも、罠にかかって撤退しました」
「へぇ~、本当に効果があったのね~」
俺は拾った武器を見せた。
「少なくとも2人は負傷したようです。しばらくは、この村を避けるでしょう」
「教訓を与えられたってことね~」
メリルが満足そうに頷く。
「チョコちゃんなら『一人残らず捕まえて処罰しろ』って言いそうだけど~」
確かに、それも一つの方法だ。でも、俺は違う道を選んだ。
彼らに恐怖を植え付け、二度と来たくないと思わせる。それが、俺なりの抑止力だった。
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一週間後の昼過ぎ、見慣れない男が村を訪れた。
30代くらいの痩せた男で、旅装束は薄汚れているが、目には知性の光が宿っている。
「失礼します。私はカインと申します。南東の『石橋の村』からの使者です」
男は深々と頭を下げた。
「単刀直入に申し上げます。我々の村も、蛮族の被害を受けました」
重い沈黙が流れる。
「生き残った者たちで相談した結果、こちらへの移住を希望しています」
「移住?」
俺が聞き返すと、カインは頷いた。
「はい。モリビトの長老から聞きました。こちらの村は蛮族を撃退したとか。罠を使って、血も流さずに」
なるほど、モリビトからの情報か。信頼できる筋からなら、噂も信憑性が高い。
「我々は労働力を提供します。農業、建築、何でもやります。その代わり、安全な場所で暮らしたいのです」
カインの目には、切実な願いが込められていた。
「人数は?」
「23名です。うち、働ける大人が15名、老人が3名、子供が5名」
かなりの人数だ。受け入れれば、村の規模は一気に倍以上になる。
「構いませんが、一つだけ伝えておくことがあります」
俺は正直に話すことにした。
「実は、俺たちは騎士団に追われています」
カインの顔が青ざめた。
「き、騎士団に……!?」
「事情は複雑ですが、いつ追手が来るか分かりません。それでも良ければ」
カインは難しい顔で考え込んだ。
「……持ち帰って、皆と相談します」
そう言って、カインは村を後にした。
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翌日の朝、予想外の光景が広がっていた。
カインを先頭に、23名全員がやってきたのだ。荷車には家財道具や農具、そして樽や袋がたくさん積まれている。
「決めました」
カインが代表して口を開く。
「騎士団に追われていようと、蛮族に怯えて暮らすよりはマシです」
村人たちの顔に、決意の色が見える。
「我々は、ただ安全に暮らしたいだけです」
「これは、隠していた食料と種です」
荷車から降ろされた樽を開けると、塩漬けの肉や干し野菜が詰まっていた。
「少しでも、お役に立てれば」
15名の労働力と、備蓄食料。これは大きな戦力になる。
「歓迎します」
俺は笑顔で答えた。
「一緒に、この村を再建しましょう」
新しい村人たちは、涙を流して喜んだ。
住居の割り当てを決めるため、俺は崩れた家屋を確認して回った。その時、物陰で話し込んでいる移民たちの会話が聞こえてきた。
「でも、本当に大丈夫なのか? 騎士団に追われてるって……」
不安そうな男の声だった。
「何言ってんだ。騎士団は立ち向かってこない奴には攻撃しないって、知らないのか?」
別の男が答える。
「必要以上の犠牲を出さないよう、厳しく教育されてるんだとよ。任務の邪魔さえしなければ、一般人には手を出さない」
「本当か?」
「ああ。5年前、隣の領地で反乱貴族を討伐した時も、村人は全員無事だった。家に閉じこもって、見ざる聞かざるを貫いた結果だがな」
年配の女性の声が加わる。
「要は、関わらなければいいのよ。『知らない』『誰のことか分からない』で通せば、騎士団だって無理強いはしない」
「それに、蛮族みたいに理由もなく襲ってくることはないだろ」
彼らの会話を聞いて、俺は複雑な気持ちになった。庶民なりの処世術。それが、彼らが生き延びる知恵なのだろう。
俺は何も聞かなかったふりをして、その場を離れた。
仕事の分担を決めていく中で、カインが興味深いことを言った。
「実は、私は元鉱夫でして」
「鉱夫?」
「はい。この村の水晶鉱山で働いていました。5年前、蛮族に襲われるまでは」
水晶鉱山。そういえば、モリビトの長老も言っていた。
「鉱山は、まだ使えるんですか?」
「廃坑になったわけではありません。単に、人がいなくなっただけです」
カインの目が輝く。
「良質な水晶がまだ眠っているはずです。ただ……」
「ただ?」
「5年も放置されていれば、魔物が住み着いている可能性が高い」
なるほど、それで誰も近づかなかったのか。
「場所を教えてください」
俺は決意した。
「安全確認は、俺がやります」
「え!? でも、危険です!」
「大丈夫です。俺なら、魔物が出ても対処できます」
レベル67の剣聖なら、大抵の魔物は問題ない。
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午後、俺は水晶鉱山の入口に立っていた。
村から東に1時間ほど歩いた山の中腹。岩肌に開いた大きな穴が、不気味に口を開けている。
「メリルさん」
同行を申し出たメリルに、俺は頭を下げた。
「鉱山は危険ですので、入口で待っていてください」
「え~、でも~」
「2時間経っても戻ってこなかったら、その時は助けに来てください」
俺は真剣な表情で頼んだ。
「これは、俺自身の力を確かめる機会でもあるんです」
メリルは少し不満そうだったが、最終的には頷いてくれた。
「分かったわ~。でも、本当に危なくなったら、すぐ呼んでね~」
松明に火を灯し、剣を抜いて鉱山に入る。
入口付近は、まだ光が届いていた。壁には水晶の原石があちこちに露出している。透明度の高い、美しい結晶だ。
「これは確かに価値がある」
しかし、奥に進むにつれて、嫌な予感がしてきた。
獣臭い匂い。地面に散らばる骨。そして、壁にこびりついた何かの体液。
「やはり、いるな」
さらに奥へ進むと、坑道が大きく開けた場所に出た。
そこには――
グルルルル……
低い唸り声と共に、複数の赤い目が光った。
「洞窟狼か」
灰色の毛皮に覆われた、大型の狼たち。少なくとも10匹はいる。
しかし、違和感があった。通常の洞窟狼より明らかに大きい。そして、その瞳が不気味に紫色に光っている。
「魔力に侵されてる……水晶の影響か」
群れのリーダーらしき、一際大きな個体が前に出てきた。体長3メートルはあろうかという巨体。牙からは涎が滴り落ち、その涎が地面に落ちると、ジュッと音を立てて岩を溶かした。
「悪いが、ここは人間の場所だ」
俺は剣を構えた。
「出て行ってもらう」
狼たちには罪はない。ただ、安全な寝床を求めて、ここに住み着いただけだ。
でも、水晶鉱山を再開するためには、彼らに退いてもらうしかない。
「これも、生き残るためだ」
次の瞬間、狼たちが一斉に飛びかかってきた。
俺は神速剣術を発動させる。
世界がスローモーションになったかのように、狼たちの動きが手に取るように分かる。
一閃。
先頭の狼の首を切ろうとした瞬間、刃が弾かれた。
「硬い!」
魔力で強化された毛皮は、鋼鉄のような硬度を持っていた。
「なら……剣気開放!」
青白い光を纏った剣で、再度斬りかかる。今度は、狼の首を切り落とすことができた。
しかし、倒した狼の傷口から紫色の瘴気が噴き出し、他の狼たちがそれを吸い込むと、さらに巨大化していく。
「厄介だな」
二閃、三閃。剣気を纏った斬撃で次々と狼たちを斬り伏せていくが、瘴気を吸った残りの狼は、どんどん強くなっていく。
血飛沫が舞い、断末魔の叫びが坑道に響く。
リーダーの巨狼が、怒り狂って突進してきた。他の狼たちの瘴気を全て吸収し、体長が5メートルまで膨れ上がっている。
「これは……Aランク級の魔物に匹敵する」
巨狼の爪が俺を狙う。かろうじて回避するが、爪が掠めた岩壁が、まるで豆腐のように切り裂かれた。
「剣聖奥義……」
全身の魔力を剣に集中させる。
「天地開闢!」
まばゆい光を放つ剣が、巨狼の巨体を真っ二つに切り裂いた。
断末魔の叫びと共に、巨狼が崩れ落ちる。紫色の瘴気が霧散し、坑道に静寂が戻った。
10分後、全ての狼が息絶えていた。予想以上に手こずった戦いだった。
俺は血に濡れた剣を振るい、刀身から血を払った。
「……すまない」
狼たちの亡骸に、小さく謝罪の言葉を呟く。
彼らも、ただ生きていただけだ。でも、俺たちも生きなければならない。
弱肉強食。それが、この世界の掟だった。
さらに奥を確認すると、狼たちの巣があった。そこには、まだ目も開いていない子狼が3匹、震えていた。
「……」
俺は剣を納めた。
子狼たちを、このまま殺すことはできなかった。
布で包み、外に運び出す。メリルなら、何か良い方法を知っているかもしれない。
坑道の安全確認を終えて、外に出ると、メリルが心配そうに待っていた。
「レオンちゃん! 血だらけじゃない!」
「大丈夫です。これは狼の血です」
俺は子狼たちを見せた。
「親は殺しましたが、この子たちは……」
「あら~、可愛い~」
メリルが子狼を抱き上げる。
「大丈夫よ~。モリビトの人たちなら、育て方を知ってるはず~」
そう言って、優しく子狼の頭を撫でる。
夕方、村に戻ると、新しい村人たちが歓声を上げた。
「鉱山の安全が確認できました!」
「本当ですか!?」
カインが感激したように叫ぶ。
「これで、水晶の採掘が再開できる!」
村人たちの顔に、希望の光が宿った。
水晶は高値で取引される。これで、村の経済基盤ができる。
その夜、新しい村人たちを交えて、盛大な宴が開かれた。
塩漬けの肉を焼き、野菜スープを作り、みんなで未来を語り合った。
「明日から、鉱山の整備を始めよう」
「農地も拡大しないと」
「子供たちの学校も必要だな」
活気に満ちた会話が、夜遅くまで続いた。
廃村は、確実に「村」として蘇りつつあった。
騎士団の追手はいつ来るか分からない。でも、今は前を向いて進むしかない。
俺は、星空を見上げながら決意を新たにした。
この村と、ここに集まった人々を、必ず守り抜く。
それが、俺の選んだ道だった。