第16話 知恵と水と、森の恵み
# 第16話 知恵と水と、森の恵み
メリルとの和解から一日後、俺は井戸の周りで考え込んでいた。
メリルが調整してくれた地下水脈のおかげで、井戸からは絶えず清らかな水が湧き出している。むしろ、湧き出す量が多すぎて、このままでは井戸から溢れてしまいそうだ。
「これは……逆に使えるな」
俺はスマホを取り出し、「ため池 作り方」で検索した。
画面に表示された情報を読みながら、計画を立てる。水が豊富にあるなら、それを最大限活用すべきだ。
「みんな、集まってくれ!」
俺の呼びかけに、リリアナたちが集まってきた。
「ため池を作ろうと思う」
俺は地面に図を描きながら説明した。
「井戸から少し離れた窪地に、水を溜める池を作る。溢れた水を無駄にしないためだ」
「でも、そんな大きな穴を掘るのは……」
ドラゴンのルーナが心配そうに言う。
「俺とルーナで掘れば、なんとかなるはずだ」
剣聖の力と、ドラゴンの怪力があれば不可能ではない。
作業は予想以上に順調に進んだ。俺が剣で土を崩し、ルーナが爪で掻き出す。エルフたちは魔法で土を固め、崩れないように補強していく。
半日後、直径10メートルほどの池が完成した。
「よし、水を引こう」
井戸から溝を掘り、水を誘導する。清らかな水が、ゆっくりと池を満たしていく。
その様子を見ていたメリルが、にこにこしながら近づいてきた。
「レオンちゃん、すごいわね~。でも、ただの池じゃつまらないから~」
メリルが池の中に手を入れる。
すると、池の底から小さな泉が湧き出し始めた。
「これで、水が腐らないわよ~。循環するようにしたの~」
「ありがとうございます!」
夕方になって、池がほぼ満水になった頃、俺は次の計画を説明した。
「実は、この池には別の目的もあるんだ」
俺は周囲の森を指差した。
「この辺りに地下水脈が流れてこなかったということは、この一帯の動物たちは水を探して苦労しているはずだ」
「なるほど!」
シルフィが理解したような顔をする。
「動物たちが水を飲みに来るということですね」
「そうだ。そして、動物たちは俺たちよりもこの森に詳しい」
俺はスマホで調べた情報を元に続ける。
「彼らは食べられる木の実や、安全な植物の場所を知っている。動物たちの後をつければ、食料を確保できるはずだ」
「でも、動物たちは警戒心が強いのでは?」
リリアナの疑問に、俺は頷いた。
「だから、少し工夫する」
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翌朝早く、俺は計画を実行に移した。
まず、池から森に向かって、点々と水を撒いていく。バケツに水を汲み、10メートルおきに地面を濡らす。動物たちへの道しるべだ。
「これで、遠くからでも水の匂いに気づくはずだ」
そして、池の周囲の茂みに身を隠す。リリアナたちも、それぞれ物陰に潜んだ。
30分ほど待つと、最初の訪問者がやってきた。
小さなリスのような動物が、恐る恐る近づいてくる。水の匂いを辿って、点々と濡れた地面を確認しながら進む。
そして、池を見つけると、嬉しそうに水を飲み始めた。
続いて、ウサギに似た生き物、鹿のような動物、そして鳥たちも集まってきた。
「よし、上手くいってる」
俺は動物たちの様子を観察した。
特に注目したのは、頬袋をパンパンに膨らませたリスだ。明らかに、どこかで食料を集めてきている。
リスが水を飲み終えて帰っていくのを見計らい、俺はそっと後をつけた。
森の奥へ、奥へと進んでいく。リスは慣れた様子で木から木へと飛び移り、やがて大きなクルミの木に辿り着いた。
「ここか!」
地面には、たくさんのクルミが落ちている。リスは器用に殻を剥いて、中身を頬袋に詰め込んでいた。
俺も負けじとクルミを集める。硬い殻は、剣聖の力で簡単に割れた。
さらに探索を続けると、野イチゴの群生地、食用キノコ、山菜なども見つかった。動物たちが食べているものを参考に、安全なものだけを選んで収穫する。
特に大収穫だったのは、イノシシの家族を追跡した時だ。
彼らは地面を掘り返して、何かを食べていた。近づいてみると、それは野生の芋だった。
「これは……サトイモに似てるな」
スマホで確認すると、食用可能な野生種だと分かった。
そして、さらに興味深い発見があった。
古い倒木の陰に、赤く光るキノコが群生していた。
「これは……」
スマホで調べると、『アカツキタケ』という薬用キノコだと判明した。解熱、鎮痛、抗炎症作用があり、かなり貴重なものらしい。
俺は慎重に数本だけ採取し、残りは記憶に留めた。この群生地の場所は、後で役立つかもしれない。
午後になって、俺たちは大量の食料を抱えて廃村に戻った。
クルミ、野イチゴ、山菜、キノコ、そして野生の芋。当面の食料は確保できた。
「すごいです、レオン様!」
シルフィが感心したように言う。
「動物の習性を利用するなんて、思いつきませんでした」
「レオンちゃん、天才~!」
メリルも嬉しそうに拍手する。
しかし、俺の探索はまだ終わっていなかった。
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翌日、俺は収穫した野生の芋を持って、再び森に入った。
昨日、イノシシを追跡している時に、遠くから煙が上がっているのを見つけていたのだ。人の気配がする。
慎重に煙の方向へ進むと、森の奥深くに小さな集落があった。
木と葉で作られた簡素な小屋が数軒。原始的だが、しっかりとした作りだ。
「誰だ!」
突然、槍を持った男が現れた。褐色の肌に、獣の毛皮を纏っている。森の部族のようだ。
「すみません、敵意はありません」
俺は両手を上げて、戦う意思がないことを示した。
「私はレオン。近くの……村に住んでいる者です」
男は警戒を解かない。当然だろう。見知らぬ人間が、突然現れたのだから。
「何の用だ」
「交易を申し込みたいんです」
俺は持参した野生の芋を見せた。
「これと、そちらの作物を交換してもらえませんか?」
男の表情が少し和らいだ。
「ふむ……ちょっと待ってろ」
男は集落の奥へ消えていった。
しばらくすると、年配の女性が現れた。部族の長老のような雰囲気を持っている。
「よそ者よ、お前は何者だ」
「レオンと申します。南の廃村を再建している者です」
正直に話した方がいいと判断した。
「仲間たちと新しい生活を始めたばかりで、食料を探していました」
長老は俺をじっと見つめた後、持参した芋を手に取った。
「ほう、ヤマノイモか。よく見つけたな」
「動物たちが食べているのを見て」
「賢いやり方だ」
長老が微笑んだ。
その時だった。
「長老様! 大変です!」
若い女性が慌てて駆け寄ってきた。
「タクが……タクが高い熱を出して、苦しんでいます!」
長老の顔が曇る。
「薬草は?」
「使い果たしました。アカツキタケがあれば……でも、もう森のどこにも……」
俺は咄嗟に声を上げた。
「待ってください! 俺に診させてもらえませんか?」
長老が疑いの目を向ける。
「お前は薬師なのか?」
「いえ、でも……」
俺はスマホを取り出した。
「これで、応急処置の方法を調べられます」
長老は迷っていたが、若い女性が懇願した。
「お願いします! タクはまだ5歳なんです!」
「……分かった。ついて来い」
案内された小屋の中で、小さな男の子が苦しそうに横たわっていた。額に手を当てると、かなりの高熱だ。
俺はすぐにスマホで「子供 高熱 応急処置」と検索した。
「まず、熱を下げる必要があります」
画面を見ながら指示を出す。
「濡れた布を額、首、脇の下に当ててください。水分補給も重要です」
部族の人々が、俺の指示通りに動く。
「次に……」
俺は症状を詳しく観察し、スマホで調べる。どうやら、細菌感染による発熱のようだ。
「煮沸した水に少量の塩を混ぜて、少しずつ飲ませてください。脱水を防ぐためです」
そして、俺は懐からアカツキタケを取り出した。
「これを使います」
「アカツキタケ! どこで!?」
長老が驚きの声を上げる。
「森で見つけました。でも、そのまま使うのは危険です」
俺はスマホで薬用キノコの調理法を確認する。
「細かく刻んで、お湯で10分間煮出してください。それを冷まして、少しずつ飲ませます」
指示通りに薬を作り、男の子に飲ませる。
1時間後、熱が少し下がり始めた。男の子の呼吸も、楽になってきている。
「効いてる……!」
母親らしき女性が、涙を流しながら俺の手を握った。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
夜になる頃には、男の子の容体はかなり安定していた。
長老が深々と頭を下げる。
「レオン殿、我が部族の子を救ってくれた恩は忘れない」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「それに、アカツキタケまで……」
俺は思い切って提案した。
「実は、アカツキタケの群生地を見つけたんです」
長老の目が大きく見開かれる。
「本当か!?」
「はい。でも、一つ条件があります」
俺は真剣な表情で続ける。
「俺たちの村と、友好的な協力関係を結んでいただきたい。お互いに助け合い、交易をする。そうすれば、群生地の場所をお教えします」
長老はしばらく考えた後、力強く頷いた。
「よかろう。お前たちは信頼できる。我らモリビトの部族は、レオン殿の村と友となろう」
そして、種芋や作物の種を分けてくれただけでなく、薬草の知識や森での生活の知恵も教えてくれることになった。
「定期的に交易をしよう。我らの作物と、お前たちが見つける森の恵みを交換する」
「ありがとうございます」
俺は約束通り、アカツキタケの群生地の場所を詳しく教えた。ただし、採り尽くさないよう、持続可能な採取方法も併せて伝えた。
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廃村に戻ると、大量の種芋と種、そして新たな同盟者を得たことを報告した。
「すごいわ、レオンちゃん!」
メリルが感激したように言う。
「子供を助けて、部族と友達になって、これで村の発展も加速するわね~!」
「医術の知識まで……」
リリアナが尊敬の眼差しで俺を見る。
「レオン様は、本当に何でもできるんですね」
「いや、これは……」
俺はスマホをちらりと見た。異世界の知識のおかげだが、それは秘密だ。
夕食時、モリビトの部族から教わった野草の調理法を試してみた。今まで苦いと思っていた山菜が、下処理次第で美味しく食べられることが分かった。
「明日から、本格的に畑を作ろう」
俺は種芋を見ながら言った。
「モリビトの人たちとの交易ルートも確立する。物々交換から始めて、いずれは……」
「大きな村になるといいわね~」
メリルが夢見るように言う。
窓の外では、ため池の水面が星を映していた。
たった数日で、水の確保、食料調達、そして友好的な部族との同盟まで実現できた。
知恵と勇気、そして少しの幸運があれば、どんな困難も乗り越えられる。
万年Fランクだった俺が、今、確実に成長している。
仲間と共に、新しい村を作り上げていく。
その第一歩を、しっかりと踏み出すことができた。
明日からも、一歩ずつ前進していこう。
そう決意しながら、俺は満天の星空を見上げた。