表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/26

第14話 圧倒的な力と、真の友情

# 第14話 圧倒的な力と、真の友情


 森の中を必死に逃げていた。少女リリアナを背負い、生き残ったドラゴンとエルフたちを引き連れて、騎士団の追跡から逃れようと樹々の間を駆け抜ける。


 その時だった。


 ドスン!


 目の前の地面に、空から何かが落ちてきた。


 土煙が舞い上がり、小さなクレーターができている。その中心に立っていたのは――


 ピンク髪の……メリルだ。


 いつものエプロン姿で、まるで買い物帰りのような格好。だが、その存在感は圧倒的だった。


 ……敵か、味方か分からない。


 俺は咄嗟に少女を下ろし、一旦距離を取った。


「みんな、下がって」


 メリルは何も言わない。ただじっと俺を見つめている。


 拗ねるような、不満そうな顔。頬を少し膨らませて、明らかに機嫌が悪そうだった。


 しばらく、息が詰まるような沈黙が流れる。


 風が木々を揺らす音だけが、静寂を破っていた。


 そして――メリルの表情が変わった。


 少しイジワルな顔。悪戯を思いついた子供のような、危険な光が瞳に宿る。


 瞬間、全身の毛が逆立った。本能が叫んでいる。


 戦わないといけない。


 俺は剣を抜き、メリルに向かって踏み込んだ。神速剣術を発動させ、最高速度で――


 その瞬間だった。


 膨大な魔力が全身を包む。


 いや、包むという表現では生ぬるい。押し潰される。存在そのものを否定される。まるで深海の底に沈められたような、息もできない圧力。


 俺は、あの感覚を思い出した。


 ……最初にメリルさんに出会った瞬間の感情。


 洞窟で、まだ彼女が魔力の塊でしかなかった時。いつでも自分を排除できる絶対的な存在との対峙。


 彼女が望めば、俺はいつでも消える。


 それは悪意ですらない。太陽が朝露を蒸発させるように、巨人が気づかずに蟻を踏むように、ただ圧倒的な力の差がそこにある。


 対話でも、戦いでも、捕食でも、娯楽でもない。


 ただただ避けられない消失。


 存在の差。


 メリルという太陽の前では、俺はただの影。彼女が少し力を漏らしただけで、俺という存在は霧散してしまう。


 次に感じたのは、頭を撫でられる感触だった。


 ぽん、と優しく。


 一瞬で、あの恐ろしい魔力が嘘のように消えた。


 気が付くと、俺は膝をついていた。オリハルコンの剣は手から落ち、地面に転がっている。


 そして――下半身に、生温い感覚。


 失禁していた。


「レオンちゃん」


 メリルの優しい声が降ってくる。


「チョコちゃん、すっごく怒ってたわよ~」


 頭を撫でる手は、子供をあやすように優しかった。


「でも、私はレオンちゃんの味方をすることに決めたの~」


 震える体で、なんとか顔を上げる。メリルは、いつもの笑顔を浮かべていた。


「どっちも間違ってないもの。チョコちゃんには騎士団のみんながいるけど、レオンちゃんには私しかいないからね~」


---


 メリルに助け起こされた俺は、震える足でなんとか立ち上がった。


「さて、どこに逃げるつもりだったの~?」


「都市連合の領地まで……」


「あら~、それは無理ね~」


 メリルがあっさりと首を振る。


「都市連合だって、騎士団を敵に回してまで亡命者を受け入れないわよ~。政治ってそういうものなの~」


 確かに、その通りだ。少女の父親は都市連合寄りだったが、正式な同盟関係があったわけではない。


「じゃあ、どうすれば……」


「そうね~、とりあえず安全な場所を探しましょ~」


 メリルが全員を見回す。


「みんな、掴まって~」


 全員がメリルに掴まると、景色が高速で流れ始めた。森を越え、川を渡り、誰も住まない荒野を進む。


 30分ほど移動した後、メリルが立ち止まった。


「ここなら良さそうね~」


 目の前には、朽ち果てた集落があった。崩れかけた家屋が十数軒、雑草に覆われた広場、干上がった井戸。明らかに何年も人が住んでいない廃村だ。


「ここに住むんですか?」


 少女のリリアナが不安そうに呟く。


「大丈夫よ~。みんなで協力すれば、きっと素敵な村になるわ~」


 メリルは楽観的だが、現実は厳しい。


「まず、水を確保しないと」


 俺は干上がった井戸を覗き込んだ。底は見えないほど深いが、水の気配はない。


「地下水脈が枯れてるのかな」


 ドラゴンのルーナが鼻を利かせる。


「いえ、水の匂いはします。ただ、かなり深いところに」


「じゃあ、掘るしかないか」


 俺は剣聖の力を使って、井戸の底を掘り始めた。岩盤を砕き、土を掻き出す。しかし、いくら掘っても水は出ない。


 日が傾き始めた頃、ようやく湿った土が現れた。


「もう少しだ!」


 さらに掘り進めると、ついに水が湧き出してきた。濁った泥水だが、これでも貴重だ。


「やったわ!」


 エルフのシルフィが歓声を上げる。


 しかし、喜びも束の間。この水を飲料水にするには、濾過と煮沸が必要だ。薪を集め、火を起こし、水を沸かす。単純な作業だが、道具も設備もない状態では困難を極めた。


「領主様、薪が足りません」


「石で囲いを作らないと、風で火が消えてしまいます」


 次から次へと問題が発生する。


 リーンハルト領では、騎士団が井戸を整備し、上下水道まで完備していた。薪も定期的に供給され、調理場も完璧に整っていた。


 あの時は、それが当たり前だと思っていた。


「レオンちゃん、大丈夫~?」


 メリルが心配そうに覗き込む。


「ええ、なんとか」


 夜になって、ようやく一杯の飲み水を確保できた。濾過した水を全員で分け合う。一人当たり、コップ半分程度。


「明日は、もっと効率的な方法を考えないと」


 俺は崩れた家の中で、今後の計画を立て始めた。


 水の確保、食料調達、住居の修繕、防衛体制……やることは山積みだ。


 しかも、騎士団の支援なし。商人ギルドとの繋がりもない。金も、人手も、何もない。


 本当のゼロからのスタート。


「レオンさん」


 リリアナが俺の袖を引っ張る。


「私たちのせいで、こんなことに……」


「気にするな。これは俺が選んだ道だ」


 俺は優しく微笑んだ。


 でも、内心では不安でいっぱいだった。


 チココが整えてくれた環境が、どれほど恵まれていたか。騎士団という後ろ盾が、どれほど心強かったか。


 今更ながら、痛感していた。


 メリルは隣で、のんきに鼻歌を歌っている。彼女なら、魔法で何でも解決できるだろう。でも、それに頼りきってはいけない。


 俺は、自分の力で皆を守らなければならない。


 廃村の夜は静かで、星だけが煌々と輝いていた。


 新たな生活が、ここから始まる。


 騎士団を裏切り、全てを失った今、本当の意味での冒険が始まったのかもしれない。


 万年Fランクだった俺が、どこまでやれるか。


 不安と期待を抱きながら、俺は固い地面に横たわった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ