第13話 騎士団の闇と、俺の選択
# 第13話 騎士団の闇と、俺の選択
大キャラバンの対応を終えて一週間後、俺はリーンハルト領の執務室で最後の書類整理をしていた。
「これで、引き継ぎ書類は完成です」
イリーナに書類の束を渡す。騎士団からの定期購入契約、体験型観光の運営マニュアル、入浴剤の製造方法。全てが細かく記されている。
「領主様が去られた後も、必ずこの領地を守ります」
イリーナが深々と頭を下げる。
「よろしく頼む。君なら大丈夫だ」
窓の外では、領民たちが通常の仕事に戻っていた。薬草畑では農民たちが丁寧に世話をし、森では計画的な伐採が続いている。温泉施設からは、観光客の楽しそうな声が聞こえてくる。
この領地は、もう俺がいなくても回るようになった。
その時、魔法通信機が鳴った。
『やあ、レオン』
チココの声だ。いつもの穏やかな口調だが、どこか緊張感が漂っている。
『そろそろ本番の任務を頼みたい』
「はい」
『次は、悪徳貴族を討伐してもらう』
俺は息を呑んだ。いきなりスケールが大きくなった。
『場所は北方のガルムント領。都市連合に協力的な貴族だ。騎士団領に組み込む必要がある』
「分かりました」
『ただし』
チココの声が慎重になる。
『表向きは、現地の戦士たちによるクーデターということにする。君には戦士のコスプレをしてもらう』
「コスプレ?」
『騎士団が直接手を下したとなれば、政治的な問題になる。だから、タロン神を信仰する現地の戦士たちが立ち上がった、という筋書きだ』
なるほど、偽装工作か。
『現地の戦士たちは、宗教の自由と統治権の代わりに騎士団領に入ることを決めている。酒飲みで……バカだけど、信仰深く勇敢な戦士たちだ』
チココが続ける。
『何もしなくても、一緒に化けた騎士たちと現地の戦士たちが倒してくれるだろう。でも、信頼を勝ち取るために武功をあげておくといい。強く勇敢な戦士には敬意を払ってくれる』
「分かりました」
『周りの国との交渉や各ギルドとの交渉は代行する。今回も領地のことだけに専念してくれ』
そして、声のトーンが下がる。
『あと、タロン神の信仰には極力触れないように。何があっても侮辱することは避けてくれ。宗教問題は面倒だからね』
「了解しました」
『それと、母さんは有名すぎるから、僕の部屋で待機してもらう。建国王が現場にいたら、言い訳できないからね』
通信が切れた。
俺は深呼吸をして、荷物をまとめ始めた。
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三日後、俺は北方の森に到着していた。
革の鎧に毛皮のマント。腰には無骨な大剣。完全に北方の戦士の格好だ。
「偉大なるタロン神に栄光を!」
筋骨隆々の男たちが、酒臭い息を吐きながら叫ぶ。彼らがタロン信仰の戦士たちか。
「新入りか?」
リーダー格の大男が近づいてくる。身長2メートルはあろうかという巨漢だ。
「ああ、レオンだ」
「俺はグロムだ。今日は偉大なるタロンに捧げる名誉ある戦いだ!」
グロムが大剣を掲げる。
「貴族の館に突入し、都市連合の犬どもを皆殺しにする!」
周りの戦士たちが雄叫びを上げる。血の気が多い連中だ。
しかし、その隣では騎士団の精鋭たちが冷静に準備を進めていた。S~SSランク相当のスターパラディン数名、A~Sランク相当のパラディン十数名。圧倒的な戦力だ。
襲撃は夕暮れ時に始まった。
「タロンの名の下に!」
戦士たちが門を破り、騎士団の兵士たちが続く。
貴族の私兵たちが応戦するが、勝負にならない。彼らの盾には都市連合の紋章が刻まれているが、世界最強の騎士団の前では無力だ。
俺も剣を抜いて戦闘に加わる。神速剣術で次々と兵士たちを無力化していく。
「すごいな、あいつ!」
「タロンの加護を受けているぞ!」
戦士たちが感嘆の声を上げる。
その時、一人のスターパラディンが俺に近づいてきた。
「レオン様」
兜の下から、冷たい声が響く。
「雑兵は我らに任せて、レオン様は大将の首を。貴方様が討ち取って、戦士たちに見せつけてやってください」
確かに、それが一番効果的だろう。
俺は頷き、貴族の館へと向かった。
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館の最上階、貴族の私室。
扉を蹴破って中に入ると――
「ひっ!」
そこにいたのは、10歳くらいの少女だった。
薄紫の髪を持つ、怯えた瞳の少女。震えながら、小さな人形を抱きしめている。
そして、彼女を守るように立つ者たち。
赤い鱗を持つドラゴンの女性。長い耳のエルフたち。猫の耳と尻尾を持つ獣人族。
「お嬢様をお守りします!」
侍女たちが震え声で叫ぶ。
俺は剣を下ろした。
「お父様は? お母様は?」
少女が泣きながら尋ねる。
「もう……もういないの?」
その姿が、かつての俺と重なった。孤児として、力なき者として生きてきた日々。
「……秘密の通路があるだろう」
俺は静かに言った。
「一旦、逃げろ」
「え?」
侍女たちが驚いたような顔をする。
その時――
ドォン!
扉が蹴り破られ、先ほどのスターパラディンが入ってきた。
「やはり対人経験が皆無か」
冷たい声が響く。
次の瞬間、信じられない光景が広がった。
シュッ、シュッ、シュッ!
一瞬で、少女を守ろうとした侍女たちが斬り殺された。血が床に広がっていく。
「きゃあああ!」
少女が悲鳴を上げる。
「チココ様からの追加命令だ」
スターパラディンが淡々と告げる。
「指揮系統のトップを俺に移す。レオン、お前は安全な場所に避難し、目と耳を塞いで待機せよ」
「なんだと?」
「役職や報酬に影響はない。繰り返す、レオン、安全な場所に避難しろ。これは騎士団長の命令だ」
スターパラディンが少女に向かって剣を振り上げる。
「待て!」
俺は咄嗟に前に出た。
ガキィン!
剣と剣がぶつかり合う。
「命令違反か、レオン」
「女子供を殺すのか!」
「任務だ」
スターパラディンの剣が、恐ろしい速度で振るわれる。俺は必死に防御するが、圧倒的な実力差を感じる。
「くっ!」
押され始めた俺は、懐からある物を取り出した。
戦士の格好をする時、こっそり作っておいたものだ。スマホで「煙幕」「目くらまし」と検索して、薬草と染料を混ぜて作った即席のカラーボール。
「これでも食らえ!」
俺は全力でカラーボールを投げつけた。
パシャッ!
スターパラディンの顔面で炸裂し、紫色の染料が飛び散る。
「ぐっ!」
一瞬怯んだ隙に、俺は少女を抱き上げた。
「みんな、逃げるぞ!」
生き残ったドラゴンとエルフたちと共に、窓から飛び降りる。
外では、まだ戦闘が続いていた。俺たちは混乱に紛れて、森へと逃げ込んだ。
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森の奥深く、俺たちは息を潜めていた。
その時、懐の魔法通信機が鳴った。
『レオン! 何をやっている!』
チココの怒声が響く。
『お前が今やっているのは、最大級の反逆行為だ! 今すぐ引き返せ!』
「チココ様……」
『聞いているのか! これは命令だ!』
「……どうすれば、この子たちを助けられる?」
しばらくの沈黙。
『今すぐ皆殺しにして、追跡している騎士に作戦だったと言い訳しろ。それしかない』
「…………」
『レオン! 聞いているのか!』
「チココ様、すまない」
俺は静かに言った。
「何があっても、少女に剣は向けられない」
『レオン! 待て! 話を――』
ガシャン!
俺は魔法通信機を地面に叩きつけ、踏み砕いた。
少女が、震えながら俺を見上げている。
「おじさま……助けてくれるの?」
涙で濡れた瞳が、俺を見つめている。
「ああ、大丈夫だ」
俺は優しく微笑んだ。
「必ず、安全な場所まで送る」
万年Fランクから剣聖になり、領主として成功を収めた。
全ては、チココとメリルのおかげだった。
その恩を、俺は裏切ることになる。
でも――
震える少女を見ていると、他に選択肢はなかった。
俺は立ち上がり、逃走ルートを確認し始めた。
騎士団を敵に回すことになっても、この子たちを守り抜く。
それが、俺の選んだ道だった。
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その頃、騎士団本部の最上階。
チココの執務室で待機していたメリルが、突然顔を上げた。
「あら~?」
窓の外を見つめる。その瞳には、いつもののんきな光ではなく、鋭い輝きが宿っていた。
「レオンちゃんの魔力が、急に遠くなっていく~」
メリルは立ち上がり、チココが置いていった作戦概要書を手に取る。
「ふむふむ~、都市連合の貴族を討伐~? 女子供も皆殺し~?」
そして、くすりと笑った。
「あらら~、レオンちゃんはまだまだ若いのね~」
メリルは窓を開け、外を見下ろす。
「優しすぎるのも考えものよ~。でも、それがレオンちゃんの良いところ~」
ピンク色の髪が風になびく。
「こういう時は、私がちゃんと面倒見てあげないと~」
メリルの体が、ふわりと宙に浮いた。
「チョコちゃんには悪いけど~、レオンちゃんには私しかいないからね~」
メリルは優しく微笑む。
「チョコちゃんには騎士団の仲間がたくさんいるでしょ~? だから、今回は自分で頑張ってみなさい~」
そして、少し真剣な表情になる。
「親離れ、子離れも大事よね~。チョコちゃんも騎士団長として、自分で決断する時~」
メリルは再び笑顔に戻る。
「それに、レオンちゃんもチョコちゃんも、どっちも間違ってないもの~。だから、私は両方を応援するわ~」
次の瞬間、メリルの姿は音もなく消えていた。
執務室には、ひらひらと舞い落ちる作戦概要書だけが残された。
建国王が動き出した。
その行き先は、愛する友人が選んだ茨の道。
万年Fランクの青年と、最強の英雄。
二人の新たな冒険が、今、始まろうとしていた。