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第12話 大キャラバンと、リーンハルトの覚悟

# 第12話 大キャラバンと、リーンハルトの覚悟


 朝の執務室で、俺は積み上がった注文書を眺めていた。

 騎士団からの大量定期購入契約書。その隣には、王都の高級旅館、地方領主、果ては他国の商人からの注文まで山積みになっている。


「世界最強の騎士団長愛用の入浴剤……か」


 チココが「母さんの話を聞いてたら僕も入りたくなった」と言って、騎士団で大量購入を決めてくれた。それが噂を呼び、注文が殺到している。


 この領地は、もはやただのキャラバンの中継地ではない。観光地として、特産品の生産地として、確固たる地位を築きつつある。


 ノックの音がして、イリーナが慌てた様子で飛び込んできた。


「領主様! 緊急です!」


「どうした?」


「商人ギルドから、大キャラバンの緊急要請が!」


 イリーナが震える手で書類を差し出す。


「今年は異常に暖かく、冬眠していた魔物たちが2ヶ月も早く目覚め始めているそうです」


「魔物が?」


「はい。通常なら分散して移動する商人たちが、安全のため急遽大集団を組むことになりました」


 書類に目を通すと、事態の深刻さが分かった。


 各地で魔物の襲撃が報告されている。単独や小規模なキャラバンでは、とても太刀打ちできない。


「それで、いつ到着する?」


「1週間後です」


「1週間!?」


 イリーナが説明を続ける。


「通常の大キャラバンは200~300人規模です。そして、1ヶ月前には準備の通達が来るのが慣例でした」


「でも今年は?」


「異常気象で魔物が早く目覚めたため、各地の商人たちが急遽合流。結果、500人を超える大集団になりました」


 イリーナが商人ギルドからの文書を読み上げる。


「『緊急事態につき、最低限の対応で構わない。宿泊場所と補給物資さえ確保してもらえれば、それ以上は求めない』とのことです」


 最低限で構わない、か。


 確かに、1週間では無理もない要求だ。


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。平和に見える領地も、いつ魔物に襲われるか分からない。商人たちは命がけで移動している。


「最低限、ね……」


---


 その日の午後、緊急で領民を集めた。


「皆さん、緊急事態です」


 俺は状況を説明した。異常気象による魔物の早期覚醒、通常の倍近い規模の大キャラバン、そして1週間という準備期間。


「商人ギルドからは『最低限の対応で構わない』と言われています」


 領民たちの間に、安堵の空気が流れた。


「でも」


 俺は声を大きくした。


「命がけで旅をしている商人たちに、最低限の対応でいいのか?」


 会場が静まり返る。


「俺たちは、体験型観光で多くの人をもてなしてきた。温泉があり、入浴剤があり、おもてなしの心がある」


 俺は領民たちを見回した。


「1週間しかない。でも、俺たちなら最高のおもてなしができるはずだ!」


「そうだ!」


 誰かが声を上げた。


「命がけで来る人たちを、最低限で送り出すなんてできない!」


「リーンハルト領の心意気を見せてやろう!」


 次々と賛同の声が上がる。


「よし、やるぞ! 最高のおもてなしをしよう!」


 領民たちが次々と手を挙げる。


「宿泊施設を増築しましょう!」


「食材の備蓄計画を立てます!」


「交代制のシフトも組まないと!」


 その時、メリルが前に出てきた。


「私も手伝うわ~! 魔法で宿を作ったり、食材を狩ってきたり~」


「メリルさん」


 俺は静かに、でもはっきりと言った。


「今回は、メリルさんの力は借りません」


「え~?」


 メリルが目を丸くする。


「だって、ひっきりなしに人が来るんでしょ~?」


「確かに大変です。でも」


 俺は領民たちを見回した。


「俺は、チココ様からの依頼でこの領地の領主をやっているだけです。いつかは離れないといけない」


 静まり返る会場。


「だから、できる限りここの人たちに任せてみたい。メリルさんがいなくても、この領地が回るようにしたいんです」


「レオンちゃん……」


 メリルが少し拗ねたような表情を見せる。


「チョコちゃんみたいなこと言うのね~」


 でも、その瞳の奥には、嬉しそうな光が宿っていた。口元も少し緩んでいる。


「分かったわ~。レオンちゃんがそう言うなら、見守ってる~」


 メリルは素直に引き下がった。でも、その表情はどこか誇らしげだった。


---


 準備は、まさに戦いだった。


 1日目、緊急会議で役割分担を決定。普段の仕事を続けながらの準備になる。


「宿泊班、仮設テントを大至急!」


「調理班、保存食を作れるだけ作って!」


「薬草班、入浴剤の在庫を確認!」


 2日目から3日目、領民総出で設備の増設。


 昼夜を問わず、トンカンと槌音が響く。温泉の湯船も急いで拡張工事。


「これで50人は同時に入れます!」


「まだ足りない! もっと広げろ!」


 4日目、物資の緊急調達。


 近隣の村からも食材を買い集め、薬草も収穫できるものは全て刈り取る。


「領主様、小麦粉が足りません!」


「俺の私財を使え! 足りなければ全部だ!」


 5日目、疲労がピークに。


 不眠不休で働く領民たちに、疲れの色が濃い。


「あと2日……あと2日だけ頑張ろう」


 6日目、最終確認。


 宿泊場所は通常の3倍に拡張。野営用のテントも合わせれば、なんとか500人を収容できる。


 食料も、ギリギリだが1週間分は確保。


 7日目の朝――


---


 大キャラバンの第一陣が到着した。


「ようこそ、リーンハルト領へ!」


 30台ほどの馬車を連ねた商人たちを出迎える。


「おお、噂の温泉があるところか!」


「入浴剤も買っていこう!」


 彼らは一晩休息し、翌朝には出発していった。


 計画通り、順調な滑り出しだ。


 その午後には、第二陣が到着。今度は50台の大所帯。


「体験型観光があると聞いたが?」


「薬草摘み体験、ぜひやってみたい!」


 休息だけでなく、観光も楽しんでいく商人たち。


 3日目になると、リズムが掴めてきた。


 到着、受け入れ、食事提供、宿泊、体験プログラム、物資補給、見送り。この流れを、領民たちが手際よくこなしていく。


 しかし――


「領主様! 予想より人数が多いです!」


「第四陣は80台の大所帯です!」


 4日目の夜、想定を超える規模のキャラバンが次々と到着し始めた。


 1週間という短期間で必死に準備したが、やはり限界はある。


「調理班が限界です!」


「宿泊施設も満杯に!」


 不眠不休で準備と対応を続けてきた領民たちが、ついに倒れ始める。


「くそっ……」


 俺も、ここ数日ほとんど寝ていない。目の前がぼやけてくる。


「もう見てられない~!」


 メリルが飛び出してきた。


「レオンちゃんの気持ちは分かるけど、みんな限界よ~!」


「でも……」


「意地張らないの~! ちょっとだけ、ちょっとだけ手伝わせて~!」


 メリルは倒れた人たちに回復魔法をかけ始めた。


「はい、元気になった~。でも、無理は禁物よ~」


 そして、素早く食材を調達し、調理の手伝いもしてくれた。


 メリルの助けは最小限だったが、それでも大きな転機となった。領民たちが交代で休憩を取れるようになり、効率的な運営ができるようになったのだ。


---


 7日目の午後、最後尾のキャラバンが到着した。


 その規模は、今までで最大。100台を超える馬車の列だ。


 そして、その中央の豪華な馬車から――


「おお、ここがリーンハルト領か」


 小さな少女が降りてきた。ふわふわの尻尾を揺らしている。


「カラメル様!」


 商人ギルドマスター直々の来訪に、領民たちがざわめく。


 そして、その隣から――


「やあ、レオンさん」


 チココが降りてきた。


「チョコちゃん!」


 メリルが嬉しそうに駆け寄る。


「一緒に来たの~?」


「ああ。カラメルが『面白い領主がいる』って言うからね。様子を見に来たんだ」


 カラメルが俺をじっと見つめる。千年を生きた瞳が、値踏みするように光っている。


「ほう、お主がレオンか。チョコ坊やが目をかけるだけのことはあるのう」


「恐縮です」


「入浴剤、なかなかの品じゃった。商人ギルドでも評判じゃぞ」


 カラメルは領地を見回した。


「ふむ、よく整備されとる。大キャラバンの対応も、見事じゃった」


「ありがとうございます」


「特に感心したのは」


 カラメルがにやりと笑う。


「1週間という無茶な期間で、ここまでの準備をやり遂げた。そして限界が来たら、素直に助けを求めた。その判断力じゃ」


 チココも頷く。


「そうだね。緊急事態で最低限でいいと言われたのに、最高のおもてなしを目指した。その心意気が素晴らしいよ」


 温泉で疲れを癒した後、カラメルとチココは俺を呼んだ。


「レオンさん、よく頑張ったね」


 チココが満足そうに言う。


「500人規模の大キャラバンを、1週間の準備でほぼ自力で捌き切った。しかも『最低限でいい』という要請を超えて、最高のおもてなしを実現した」


「まだまだです。もっと準備期間があれば……」


「いや、これは誰にも予想できなかった事態だ」


 チココは優しく諭す。


「異常気象という緊急事態で、誰もが必死だった。その中で、君たちは見事に対応した」


 そして、真剣な表情になった。


「そろそろ、君のチュートリアルは終わりかな」


「チュートリアル?」


「ここまでは、言わば基礎訓練。平和な領地で、経営の基本を学んでもらった」


 カラメルも口を挟む。


「じゃが、世界はそんなに甘くないぞい。もっと面白い……いや、困難な課題が待っとる」


「覚悟はできています」


 俺は二人を真っ直ぐに見つめた。


「そうか」


 チココが微笑む。


「じゃあ、近いうちに新しい任務を与える。それまでは、この領地でさらに力をつけておいて」


 翌朝、最後のキャラバンが出発していった。


 見送りながら、俺は達成感と共に、新たな決意を胸に抱いていた。


 チュートリアルが終わり、本当の挑戦が始まる。


 でも、この1週間で学んだことは大きい。


 緊急事態への対応力、限界を見極める判断力。そして何より、「最低限でいい」と言われても最高を目指す、領民たちの誇り。


 準備期間が短くても、皆で力を合わせれば不可能はない。


 そして何より、この領地には素晴らしい人々がいる。


 彼らと共になら、どんな困難も乗り越えていける。


 朝日が昇る中、俺は新たな挑戦への準備を始めた。

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