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第11話 逆境からの再出発と、体験型観光

# 第11話 逆境からの再出発と、体験型観光


 チココからの厳しい叱責の通話が終わった後、俺は深呼吸を何度も繰り返した。


 騎士団長からの命令は明確だった。損害の補填、特産品の開発、騎士団への貢献。どれも簡単なことではない。


 でも、落ち込んでいる暇はない。まずは、イリーナとメリルの様子を確認しなければ。


 執務室を出て、イリーナの部屋へ向かった。ノックをしても返事がない。


「イリーナ、入るぞ」


 扉を開けると、そこには生気が抜けたようなイリーナが、椅子に座ったまま虚空を見つめていた。


「……」


 よく見ると、銀髪が妙に白っぽく見える。まるで一晩で歳を取ったかのようだ。エルフは長寿種族のはずなのに、ストレスでこんなことになるのか。


「イリーナ、大丈夫か?」


「れ、領主様……」


 ようやく俺に気づいたイリーナが、震え声で答える。


「私は……護衛隊長失格です。メリル様を止められず、領地に多大な損害を……」


「過ぎたことを悔やんでも仕方ない」


 俺は彼女の肩に手を置いた。


「大切なのは、これからどうするかだ」


 続いて、メリルの部屋へ向かった。


 ノックすると、中から不機嫌そうな声が返ってきた。


「誰~?」


「レオンです」


「……入って」


 部屋に入ると、メリルはベッドの上で膝を抱えて座っていた。頬を膨らませて、明らかにふてくされている。


「チョコちゃんのばか~」


 小声で呟いている。


「メリルさん」


「レオンちゃん……私、何も悪いことしてないのに~」


 潤んだ瞳で俺を見上げる。


「困ってる人を助けただけなのに、なんで怒られなきゃいけないの~?」


 その姿は、まるで叱られた子供のようだった。400歳を超える建国王が、こんな顔をするなんて。


「いつまでも落ち込んでいても何も変わりません」


 俺は優しく、でもはっきりと言った。


「まずは、ご飯を食べましょう」


「食欲ないもん~」


「でも、食べないと元気が出ませんよ」


 俺はイリーナも連れて、三人で食堂へ向かった。


 簡単な食事を用意してもらい、テーブルを囲む。メリルは不満そうにしながらも、パンを小さくちぎって口に運んでいる。


「チョコちゃんがそんな酷いことを言うわけない」


 メリルが呟く。


「怒ってたのは、きっと仕事で疲れてたからよ~」


「いえ、チココ様は正しいことを言っていました」


 俺ははっきりと告げた。


「各ギルドと話をつけてくれて、さらには特産品を作れという具体的な指示までいただきました」


「特産品?」


 メリルが顔を上げる。


「こんなところで何を作るの~?」


「入浴剤です」


 俺は懐からスマホを取り出した。


「昨夜、これで調べたんです。家庭用の入浴剤の作り方が、詳しく載っていました」


 画面を見せながら説明する。


「温泉に来られない人でも、家で薬草風呂が楽しめる。これなら、新たな特産品になります」


「でも、それ一つじゃ弱いんじゃないの~?」


 メリルが首を傾げる。確かに、その通りだ。


「まだまだあります」


 俺は次のページを表示した。


「薬草摘み体験、染料体験、林業で採れた木材を使った家具作り体験」


「え、お客さんに仕事をさせるの~?」


 メリルが驚いたような顔をする。


「ほんの少しの体験なら、伝統的な仕事を経験してみたいという需要があると、スマホに書いてありました」


 俺は詳しく説明した。


「例えば、薬草摘みなら、朝の1時間程度。プロの指導の下で、実際に薬草を摘んでもらう。その薬草で、自分だけの入浴剤を作る」


「へぇ~」


「染料体験なら、幻紫草を使って、ハンカチや小物を染めてもらう。世界に一つだけの、オリジナル作品です」


 イリーナも興味深そうに聞いている。


「家具作りは、職人さんが用意した部材を組み立てる程度。でも、自分で作った椅子や小物入れは、特別な思い出になります」


「でも、素人が作ったものなんて……」


「もちろん、商品にはなりません。だから、記念品として持ち帰ってもらいます。その分を料金に上乗せしても、体験の価値があれば問題ありません」


 イリーナが感心したように呟いた。


「レジャーで、お仕事をするなんて……思いもしませんでした」


「異世界では『体験型観光』と呼ばれているようです」


 俺はさらに続けた。


「そして、最後の目玉が温泉料理です」


「温泉料理~?」


 メリルの目が少し輝き始めた。食べ物の話になると、やはり興味を示すようだ。


「温泉卵、温泉を使った薬草粥、地獄蒸しなどです」


 俺は説明を続ける。


「メリルさんに入れてもらった鑑定スキルで調べたところ、温泉の成分が食材に浸透することで、健康にも良いことが判明しています」


「地獄蒸しって何~?」


「温泉の蒸気で、野菜や肉を蒸し上げる料理です。油を使わないので、ヘルシーで素材の味が生きます」


 俺は総合的なプランを説明した。


「職業体験で汗をかいて、温泉で流して、最後に温泉料理で満足してもらう。これが、中継地点としての最高のおもてなしです」


「すごいわ、レオンちゃん!」


 メリルがようやく笑顔を見せた。


「これなら、チョコちゃんも褒めてくれるかも~!」


 イリーナも頷く。


「確かに、素晴らしい案です。キャラバンの人々も、単なる休憩以上の価値を見出してくれるでしょう」


「早速、準備を始めましょう」


 俺が立ち上がろうとすると、メリルが何か思い出したような顔をした。


「あ、そうそう。最後にメリルさんの像ですが……」


「あー、それはもう解決したわよ~」


 メリルが急にしょんぼりした表情になる。


「自分でバラバラにして、騎士団の秘密金庫に転送しろって言われたの~」


「転送?」


「うん。こんな量の金塊が市場に出回ると、経済が滅茶苦茶になるからって~」


 なるほど、金の像をそのまま溶かして売れば、確かに大量の金が市場に流れることになる。インフレーションを引き起こしかねない。


「とりあえずは、金庫内で眠らせることが決定したらしいわ~」


 メリルがため息をつく。


「せっかく作ったのに~」


 だからしょんぼりしていたのか。像そのものより、自分の善意が否定されたように感じているのだろう。


「でも、これで問題は一つ解決ですね」


 俺は前向きに捉えることにした。


「さあ、入浴剤作りから始めましょう」


---


 その日の午後、俺たちは薬草倉庫に集まった。


 水に浮いてしまった低品質の薬草が、山のように積まれている。今まではほとんど廃棄していたものだ。


「これを使うのね~?」


 メリルが薬草を手に取る。


「はい。まず、種類ごとに分別します」


 俺はスマホの画面を見ながら、作業を進めた。


 ラベンダー系、カモミール系、ミント系、ローズマリー系……それぞれの薬草を、効能ごとに分けていく。


「次に、乾燥させます」


 薬草を網の上に並べ、風通しの良い場所に置く。


「通常は天日干しですが、時間がないので……メリルさん、温風魔法をお願いできますか?」


「任せて~!」


 メリルが手をかざすと、優しい温風が薬草を包み込む。見る見るうちに、薬草が乾燥していく。


「温度管理が完璧ですね」


 イリーナが感心する。


「高すぎると成分が飛んでしまいますが、これなら大丈夫です」


 乾燥した薬草を、石臼で粗く砕く。粉末にしすぎると、お湯に溶けてしまうので、適度な粗さが重要だ。


「これに、岩塩を混ぜます」


 温泉近くで採れた天然の岩塩を加える。


「塩には、発汗作用と殺菌作用があります。温泉の成分に近いものを選びました」


 さらに、重曹も少量加える。


「これで、お湯がまろやかになります」


 最後に、布製の小袋に詰めていく。


「一回分ずつ小分けにして、可愛い袋に入れれば、お土産にぴったりです」


「わぁ~、いい香り~!」


 メリルが完成した入浴剤の袋を、鼻に近づける。


「早速、試してみたい~!」


 その日の夜、試作品を温泉に入れてみた。


 お湯に薬草の香りが広がり、肌がすべすべになる。通常の温泉以上の効果が実感できた。


「これは売れるわね~!」


 メリルが大喜びする。


「明日から、本格的に生産を始めましょう」


---


 翌日から、領地は活気づいた。


 入浴剤の生産ラインを整え、体験プログラムの準備を進める。


 薬草農家には、体験用の畑を用意してもらった。初心者でも摘みやすい薬草を、分かりやすく配置する。


 木工職人たちには、体験キットの制作を依頼した。組み立てるだけで完成する、簡単な椅子や小物入れ。


 染料職人には、体験コースの指導をお願いした。幻紫草を使った、特別な染め物体験。


 そして、温泉施設では新メニューの開発が進む。


 温泉卵は、源泉の一番熱い部分を使って、絶妙な半熟具合に仕上げる。


 薬草粥は、温泉水で米を炊き、刻んだ薬草を加えて、滋養豊かな一品に。


 地獄蒸しは、専用の蒸し器を設置して、季節の野菜と地元産の肉を提供する。


「すごい勢いで、領地が変わっていくわね~」


 メリルが嬉しそうに言う。


「レオンちゃんって、本当にすごいわ~」


「いえ、皆さんの協力があってこそです」


 俺は謙遜したが、内心では手応えを感じていた。


 ただの中継地点から、体験型観光地への転換。


 これなら、チココへの報告も胸を張ってできるだろう。


 一週間後、最初の体験型観光客がやってきた。


 王都からの商人家族で、子供たちが薬草摘みを楽しんでいる。


「見て、お母さん! これがラベンダーだって!」


「いい香りね。これでお風呂に入るのが楽しみだわ」


 午後は染料体験。幻紫草の美しい紫色に、歓声が上がる。


「王族しか使えない染料で、染め物ができるなんて!」


 夕方は温泉でゆっくりと疲れを癒し、夜は温泉料理に舌鼓を打つ。


「この地獄蒸し、素材の味が生きていて美味しい!」


「温泉卵も、とろとろで最高だわ」


 翌朝、家族は大満足で帰っていった。


「また来ます! 今度は友人も誘って!」


 その評判は、すぐに広まった。


 キャラバンの人々も、単なる休憩だけでなく、体験プログラムに参加するようになった。


「仕事の合間に、こんな体験ができるなんて」


「子供たちも大喜びです」


 入浴剤も飛ぶように売れ始めた。


「家でも、リーンハルト温泉の気分が味わえる!」


「お土産に最適ね」


 領地の収入は、着実に増加していった。


---


 そんなある日、チココから再び連絡が入った。


『やあ、レオンさん。報告を聞いたよ』


 今度は、穏やかな声だった。


『体験型観光か。面白い発想だね』


「ありがとうございます」


『入浴剤の売り上げも好調らしいね。商人ギルドからも、良い評判を聞いているよ』


 チココの声に、満足感が滲んでいる。


『何より、領民たちが活き活きと働いているのが素晴らしい。これこそ、本当の領地経営だよ』


「まだまだ、やるべきことは山積みですが」


『そんなに謙遜しないで。君は、もう立派な領主だよ』


 その言葉に、胸が熱くなった。


『あと...、母さんは元気にしてる? 癇癪起こしてない?』


「大丈夫です。今は入浴剤作りを手伝ってもらっています」


『母さんが誰かの役に立てて喜んでいるなら、それが一番だよ』


 チココが少し間を置いてから続ける。


『そうだ、忘れるところだった。僕からの餞別も入れて、今回のやらかしは不問にしておくね』


「餞別ですか?」


『母さんの話を聞いてたら、僕も入りたくなった。騎士団で業務用のものを大量購入するよ。母さんが特に気に入ってるから、定期契約になるだろうね』


 思わぬ朗報に、俺は言葉を失った。


『……まあ、イリーナさんと一緒に始末書だけは書いておいてね』


 チココの声に、少し苦笑いが混じる。


『何にもなしにすると、また母さんがやらかすから。形だけでも、けじめはつけておかないと』


「分かりました。必ず提出します」


『始末書の書き方は知ってる? 一応、騎士団の書式があるから、イリーナさんに聞いて。経緯、原因、今後の対策を明記すること』


「はい」


『あと、母さんには内緒だよ。始末書のことを知ったら、また拗ねるから』


 確かに、メリルなら「レオンちゃんは悪くないのに~」と言い出しそうだ。


『とにかく、今回はよく頑張ったね。これからも、母さんをよろしく頼むよ』


 通信が切れた後、俺は窓の外を眺めた。


 かつては荒れ果てていた領地が、今は活気に満ちている。


 薬草畑では、農民たちが丁寧に作物の世話をしている。


 森では、木こりたちが計画的に伐採を進めている。


 温泉施設からは、観光客の楽しそうな声が聞こえてくる。


 工房では、職人たちが体験キットを作っている。


「レオンちゃ~ん!」


 メリルの声がして、振り返る。


「新しい入浴剤のアイデアがあるの~! 季節限定の桜の香りとか、どう~?」


「それは面白いですね」


 万年Fランクだった俺が、今、確実に前に進んでいる。


 失敗や挫折もあったけれど、それを乗り越えて、新しい道を切り開いている。


 体験型観光という、この世界では新しい概念。


 それを形にできたのは、皆の協力があってこそ。


 そして何より、どんな時も前向きなメリルの存在が、俺に勇気を与えてくれた。


「さあ、次は春の新商品開発ですね」


 俺は笑顔で、新たな挑戦に向けて歩き始めた。


 始末書は……まあ、後でイリーナと相談しよう。今は、この前向きな気持ちを大切にしたい。


 リーンハルト領の本当の発展は、これからだ。

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