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第10話 善意の暴走と、騎士団長の命令

# 第10話 善意の暴走と、騎士団長の命令


 朝、領主館に緊急の知らせが届いた。


「領主様! 東の街道に盗賊団が出没しています!」


 騎士が慌てた様子で報告する。


「商人たちが襲われ、すでに3つのキャラバンが被害に遭いました。染料商人の荷も全て奪われたとか」


 これは放置できない。東の街道は、王都と港町を結ぶ重要な交易路だ。


「分かりました。すぐに討伐に向かいます」


 俺は装備を整え始めた。


「私も行く~!」


 メリルが手を挙げる。


「いえ、メリルさんは領地で待っていてください」


 俺は考えた末、決断した。


「イリーナ、申し訳ないが、護衛隊と共にメリルさんの面倒を見ていてくれ」


「は、はい。しかし領主様が単独で……」


「大丈夫だ。レベル67の剣聖なら、盗賊団程度は問題ない」


 むしろ、一人の方が思い切り戦える。


「メリルさん、イリーナの言うことを聞いて、おとなしくしていてくださいね」


「むぅ~、分かった~」


 メリルが頬を膨らませるが、素直に頷いた。


---


 東の街道に着くと、すぐに盗賊団の痕跡を見つけた。


 壊された馬車、散乱する荷物、そして血痕。かなり荒っぽい連中のようだ。


「神速剣術」


 俺は身体能力を限界まで引き上げ、痕跡を追った。


 森の奥深く、岩山の麓に、盗賊団のアジトがあった。見張りが数人、入口を固めている。


「よし」


 俺は剣を抜いた。オリハルコンの刃が、陽光を反射して輝く。


 瞬閃!


 見張りが気づく前に、俺は既に背後に回り込んでいた。峰打ちで意識を刈り取る。


 アジトの中に突入すると、盗賊たちが慌てふためいた。


「な、なんだてめぇは!」


「侵入者だ! 殺せ!」


 20人、30人、いや50人近い盗賊が武器を手に襲いかかってくる。


 以前の俺なら、恐怖で動けなかっただろう。


 でも、今は違う。


「剣気開放!」


 青白い光が剣を包み込む。


 一閃、二閃、三閃――


 剣が舞うたびに、盗賊たちの武器が砕け散る。鎧が切り裂かれ、次々と戦闘不能に陥っていく。


「ば、化け物か!」


 盗賊の頭領らしき大男が、巨大な斧を振り下ろしてくる。


 ガキィン!


 俺は片手で受け止めた。


「なっ!?」


「遅い」


 斧を弾き飛ばし、頭領の腹に拳を叩き込む。巨体が吹き飛び、壁に激突した。


 5分後、盗賊団は全滅していた。


 死者は出していない。全員、峰打ちか素手で無力化した。後で騎士団に引き渡せばいい。


 アジトの奥を捜索すると、大量の戦利品が見つかった。


「これは……」


 特に目を引いたのは、染料商人から奪われたらしき品々だ。


 見事な紫の布地、古い装丁の書物、そして小さな袋に入った種。


「『幻紫草栽培秘伝』……これは貴重だ」


 書物を開くと、希少な染料作物の栽培方法が詳細に記されていた。幻紫草は、王族の衣装にのみ使われる高級染料の原料だ。


 種も本物のようだ。これがあれば、領地に新たな特産品が生まれる。


 他の盗品も回収し、俺は領地への帰路についた。


---


 夕方、領地に戻った俺は、目を疑った。


「な、なんだこれは……」


 街の中心に、見覚えのない巨大な広場ができている。


 石畳が敷き詰められ、噴水が設置され、ベンチが並んでいる。まるで王都の公園のような立派さだ。


 そして、その中央には――


「メリルさんの……金の像!?」


 10メートルはあろうかという巨大な像。ピンク色の髪も金で再現され、剣を天に掲げるポーズを取っている。


 台座には文字が刻まれていた。


『偉大なる建国王メリル様 この地に幸あれ』


 さらに南の荒野を見ると――


「クレーター……」


 直径50メートルはある巨大な穴が、いくつも開いている。まるで隕石でも落ちたかのような惨状だ。


 街に入ると、さらなる異変に気づいた。


 家々が妙に綺麗になっている。壁の汚れが消え、屋根瓦が新品のように輝き、窓ガラスがピカピカだ。


 バレないようにしたつもりなのか、元の形は保っているが、明らかに手が加えられている。


「イリーナ!」


 領主館に駆け込むと、イリーナが疲れ切った顔で出迎えた。


「お、お帰りなさいませ、領主様……」


「説明してくれ! 一体何があった!?」


 イリーナは深いため息をついた。


「領主様が出発されて間もなく、南からコヨーテの大群が……」


「コヨーテ?」


「はい。100匹以上の群れでした。メリル様が一瞬で退治されましたが……」


 イリーナが南の窓を指差す。


「あのクレーターが、その時のものです」


「他には?」


「井戸が枯れたという相談があり、メリル様が地下水脈を『ちょっと調整』したら、広場に巨大な噴水が……」


「家が汚いと言った老人の愚痴を聞いて、夜中に全ての家を『ちょっと綺麗に』……」


「子供たちが遊ぶ場所が欲しいと言えば、立派な広場を瞬時に建設……」


 イリーナの報告が続く。


「私も止めようとしたのですが、領民たちの勢いが凄くて……」


「みんな、メリル様なら何でも解決してくれると思って、次から次へと要望が……」


 確かに、建国王の力なら何でもできてしまう。


 でも、それが問題なのだ。


「像は?」


「領民たちが感謝の気持ちで建てたいと言い出して……メリル様が『じゃあ作っちゃう』と……」


 頭が痛くなってきた。


 その夜、俺は盗賊から取り返した品々を整理しながら、対策を考えた。


 メリルに悪気はない。純粋に、困っている人を助けたいだけだ。


 でも、その力があまりにも強大すぎる。


---


 翌朝、枕元で魔法通信機が鳴った。


「はい、レオンです」


『やあ、レオン』


 チココの声だった。いつもの穏やかな口調だが、どこか疲れた響きがある。


『イリーナからも報告は受けてる。正直に言うよ』


「はい……」


『抑えきれなかったイリーナが一番悪い。護衛隊長として、もっと強く制止すべきだった』


 チココの声に、諦めが滲む。


『領民たちも悪い。建国王の力を安易に頼りすぎた。自分たちで解決する努力を放棄して、何でもメリル様メリル様って』


 深いため息が聞こえた。


『そして母さんは……どうせ反省しない。400年生きてて、今更性格が変わるわけないからね』


「……」


『でもね、レオン』


 チココの声が、真剣になった。


『大いなる力には大いなる責任が伴う。この言葉を聞いたことがあるだろう?』


「はい……」


『君は今、母さんを制御できる唯一の立場にいる。母さんが友達として認めた、たった一人の人間だ』


 その言葉の重みが、胸に突き刺さる。


『そして君は、母さんから無数のスキルをもらっている。レベル67の剣聖、神速剣術、各種魔法……全て母さんの力だ』


『君がどのような立場かは置いといて、力を授かった以上は責任を取るべきだ。それが、力ある者の宿命なんだよ』


「はい、その通りです」


『金の像は論外だ。あんなの作ったら、どこからでも見えるじゃないか。領地の場所がバレバレだよ』


『各種ギルドには僕から話をつけといた。でも、損害が発生してるんだ』


「申し訳ありません」


『広場建設で、建築ギルドの仕事が減った。モンスター退治で、冒険者ギルドの依頼が消えた。家の修繕で、職人ギルドの収入が激減した』


 一つ一つは善意の行動でも、それが既存の経済システムを破壊していたのだ。


『補填として、特産品を作れ。温泉以外の観光客を呼べるものをな』


「はい」


『それと、騎士団に貢献しろ。具体的な方法は任せるけど、目に見える成果を出すこと』


「分かりました」


『これは命令だからね。イリーナには別途、処分を下す。でも、最終的な責任は君にある』


 通信が切れた。


 俺は深呼吸をして、昨日取り返した品々を見つめた。


 幻紫草の種と栽培秘伝書。


 これが、新たな特産品の鍵になるかもしれない。


 チココの言葉は正しい。


 イリーナが悪い、領民が悪い、メリルが悪い――そう言っても何も解決しない。


 領主として、全ての責任を引き受ける。


 それが、上に立つ者の宿命だ。


 でも、後悔している暇はない。


 前を向いて、この状況を打開しなければ。


 幻紫草栽培、新たな観光資源、騎士団への貢献。


 やるべきことは山積みだ。


 窓の外では、朝日が金の像を照らしていた。


 あの像も、いずれは撤去しなければならないだろう。


 でも今は、この危機を乗り越えることが先決だ。


 俺は決意を新たに、新しい一日を始めた。

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