9話
「メガネの奥の瞳、ガチじゃないか」
「だから、ガチだもん」
「怖ぇよ」
「僕みたいなチビで地味なヤツの怒りが怖いんだ?……へぇ」
「……分けられるもんなら、俺だって身長を分けてやりたいよ」
嘆息するような伶桜の声音が室内に響く。
僕に無茶な注文をされて困っているというより、伶桜自身も悩ましいと思っているかのような印象が感じられる。
身長が高いのに困るなんて、僕からしたら贅沢だけど……。
伶桜は伶桜なりに悩みがあるのかもしれない。
もしかしたら、数年ぶりに僕なんかの部屋に来たのも、自分の悩みを誰かに聞いて欲しかったとか? 僕なんかに話しても仕方ないけど、壁に話しかけるよりはマシだと思ってくれたのかもしれない。
「取り敢えず、ケーキを持って来るから。適当に座っててよ」
「ああ。ありがとう」
そこで迷いなく僕のベッドに腰掛ける辺りは、流石は幼馴染み。
慎みとか遠慮が無いよね。
お互い気にするような関係でも無いけど。
兄妹同然で、互いにほぼ無関心だし。
伶桜って、今はどれぐらい食べるんだろ? 母さんが3ピースは食べるとして、僕と伶桜で残り3ピースを食べちゃいたいんだけど……。
小皿に分けるのも面倒だな。
切り分けて丸いまま持って行こう。
フォークを2本と、ホールケーキを机に並べる。
「……これ、薫が作ったのか?」
「そうだよ。はい、フォーク。適当に食べて」
「美味い……」
おずおずとベイクドチーズケーキを口に運び、薫は目を剥いて感想を呟いた。
演技っぽさを微塵も感じない様子に、僕は安堵の息をホッと吐く。
「本当? 良かった、今日は母さんにプロレス技かけられずに済みそうだね」
「本当に美味い……。なんなんだよ、薫はさ……。どこまで俺を、惨めな気持ちにさせんだよ」
「惨めな気持ち?」
それ、こっちのセリフなんですが?
何を言ってるの、このイケメンは。
「……ああ。俺は、本当は格好良くなりたくなんか無かった」
「は?」
喧嘩売ってるよねと思うけど……。
伶桜が本気で寂しそうに呟いているから、グッと堪える。
「伶桜みたいに小っちゃくなりたかった」
「喧嘩売ってるなら言いなよ。ダンベル構えるから」
堪えるって言っても、限度はあるからね。
我慢のラインを越えて来たら、殴るのも許して欲しい。
「……料理だって、俺は出来ない。お菓子も焦がしてばっかりだ」
「……え、これマジな話? 僕をバカにしてるんじゃなくて?」
「マジだよ。……本当の所、俺は可愛くなりたかった」
舐めてんの? いや、これは無いもの強請り……かな? 持つ者は持たざる者を羨ましく思うとか、隣の芝は青く見えるみたいな?
僕からすれば格好良いルックスをした伶桜が、可愛くなりたかったなんて嫌味にしか聞こえなくて、血涙が出そうだけど……。
伶桜の様子を見ると、本気で悩んでいるみたいだ。
こんな弱々しい姿、初めて見たな……。
ここ数年は互いに無関心だったけど、中学生になるまでの12年間は、兄妹同然に過ごして来たのに。
「可愛いって……山吹さんみたいな?」
可愛いと言われて真っ先に思い浮かんだのは、山吹さんの顔だった。
もう半年も山吹さんへの気持ちがハッキリせずにモヤついた心情だから、パッと名前が出てしまった。
顎を手で抑え横目に考えていた伶桜は、小さく首を振って否定の意思を示す。
「いや、美園が可愛いのは認めるけど……。ああいう作った内面の、小悪魔的可愛さじゃない」
「作ってる? 山吹さんが? ……え、嘘って事!?」
マジですか!? 女は女の嘘を見破るのが得意って言うけど、本当に!?
それが本当なら、ショックすぎる。……いや、待て待て。伶桜の言う事だぞ?
下手な男よりイケメンで、告白の断り方もバッサリ断ち切るような格好良い伶桜だ。
どこまで信じられるか分からない。
「へぇ……。その反応、薫は美園を好きなのか?」
伶桜は僕へ視線を向けると、ニヤリと愉快そうに口元を歪め目を細めた。……その口元に運ぶケーキの手を止めて。
折角クールで格好良い場面なのに、台無しだよ。
イケメンを無駄遣いするな。
それはイケメンへの冒涜だ。
格好良いイケメンに憧れていたのに、穢さないで欲しい。
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