7話
余計に鬱憤が溜まった。
僕は出来上がっていたベイクドチーズケーキをオーブンから取り出し、冷蔵庫に突っ込む。
これで2時間も冷やせば、美味しく食べられる。
ゲームに出て来るような屈強で格好良い男やヒーローを目指して、また筋トレをする。
そして疲れ果てたらゲームの中で格好良い男に自分を投影してプレイをするを繰り返し――気が付けば、もう2時間以上は経過していた。
母さんはまだ帰って来ていない。
ゲームの電源を切ると――暗転した画面に、またしても大嫌いな自分の顔が映る。
もう電源を切ったから、画面が明るくならない。嫌いな自分の顔が、消えてくれない。
マジマジと自分の顔を見つめてしまい――涙が滲んで来る。
悔しくて、情けなくて……思わず唇を噛み締めた。
「惨め、だなぁ……。僕はなんの為に生きてるんだろう……。何も楽しくない。毎日が生きづらい、苦しいよ……」
小学校の低学年まではクラスの中心で明るく笑い、無邪気にヒーローやリーダーを気取っていた。
でも他の人がドンドンと体格が大きく声も低くなっていく中で――僕は殆ど変わらなかった。
身長も低く、声も幼くて高いまま。
いつの間にか、クラスでの立ち位置も中心どころかイジメられっ子だ。
現実で叶わない鬱々とした気持ちをゲームで晴らす。
格好良くもないし誰にも誇れない人間へと成長してしまった。
「もう、こんな自分は嫌だよ……。抜かれて、落ちて行くだけの自分は嫌だ……」
思わず膝を抱え、顔を埋めて嘆く。
気になる子への気持ちを確かめる為に話しかける事すら出来ず、デートに誘うなんて夢のまた夢。
自信もなく勇気も出せない臆病者として完成したのが――今の僕だ。
そんな誰にも誇れない自分が――顔も見たくないぐらい、大嫌いで仕方ない。
「変わりたい、生まれ変わりたいよぉ……」
「――薫、泣いてんのか?」
「ぇ……。伶桜?」
僕の名前を呼ぶ声に顔を上げれば、室内には誰もいない。
周囲を見回すと、ベランダへ通じるドアが網戸になっている。
そういえば、換気の為に開けたままにしていたんだっけ?
という事は、ベランダ越しに伶桜が話しかけてくれたのか? ……どれぐらいぶりだろう、伶桜に話しかけられるのなんて。
気にもしてなかったから、ちょっと直ぐには分からない。
「伶桜?」
ゆっくりとベランダに出て、蹴破り戸越しに話しかける。
「……何をシクシクと泣いてるんだよ。そんな泣かれ方をしたら、気になるだろう。……相変わらず薫は弱いんだな」
ああ、この物言いに声。間違いなく伶桜だ。
格好良くて、僕の理想とする男の内面を持っている幼馴染みの女の子。
その気配が僅か1メートルぐらいの位置に感じられる。
「……そうだね。僕は伶桜みたいに、強くて格好良くなれなかったから」
「……俺だって、好きでこんな性格に成長した訳じゃない。バスケ部の後輩とか周りに、格好良いって言われて、引っ込みが付かなくなったから……」
夜空に消え入りそうな声で、伶桜がぼやいている。
伶桜も悩みを抱えていたのかな……。
案外、夜空を眺め黄昏れたくて、ベランダに出て来たのかもしれない。
今日の放課後、女の子から告白されて億劫そうだった姿が脳内に蘇る。
「仕方ないよ、伶桜は格好良いもん。今日だって女の子から真剣に告白されてたじゃん」
「あれは……。そうだ、薫はあんなとこで何してたんだ? 別に本郷たちと仲良くないだろ?」
「……別に」
「……カツアゲか?」
カツアゲ……。恐喝みたいな事だよね。
今日のが、脅されてお金を奪われたと表現するのが適切なのかは分からない。
レシートを見せられて、お金を渡しただけだから。
勿論、僕が払わなければ何かしらの形でイジメがエスカレートするんだろうけど。
あれはなんと呼ぶんだろう。
少なくとも、僕がカツアゲと聞いてイメージする『金出しな』と胸ぐらを掴まれる光景とはマッチしない。
「……違うよ」
だから否定したんだけど……はぁと、長く深い溜息が隣から聞こえて来た。
頭を掻くようなガシガシって音も聞こえる。
考え事とか照れくさい事があった時、何処かを掻く癖は変わってないんだね。
見た目は格好良く変わったのに。
「……ビンゴかよ。畜生……」
「僕さ、違うって言ったよね?」
「否定までの時間が長い。少なくとも、似た何かはされてるんだろ?」
「……まぁ、うん」
僕が肯定すると、長い沈黙が流れた。
伶桜も困っているよね。
突然こんな面白くない話をされてさ。
原因は、僕がヒョロガリで弱虫なチビだって事にあるんだ。……根本的に解決が出来ようはずもない問題なんだし、相談されても困るのは当然だよね。……申し訳ないなぁ。
「――あ、伶桜。ベイクドチーズケーキ食べる?」
「……ベイクドチーズケーキ?」
「うん、母さんに作ったんだけど……。量が多くてさ」
「なんでそんなオシャレな物を作って……。ああ、そうか。叔母さん、お菓子好きだもんな」
「そうなんだよ。良かったら、食べて感想くれない? もし不味かったら、母さんは1日不機嫌になっちゃうしね」
「……分かった。そっちに行く」
「え?」
伶桜が、こっち……僕の部屋に?
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