2話
でも、そんな事を主張しても無駄だ。
ニヤニヤと意地が悪そうに僕を取り囲む3人を見れば、正論を説いた所で無意味なんて一目瞭然だ。
入学して最初の時は、無理やり本郷たちにカラオケへと連れて行かれただけだった。
歌いもしないのに支払いは平等に割り勘。
それに不満は抱いていたし、どうして僕のような地味で陰気なヤツを誘ったのかも疑問だった。
断る勇気もなかったから付いていったけど……心の中は、早く帰りたいの一心。
それだけを思いながら、1曲も歌わずドリンクバーを飲み、時間が過ぎ去るのを待って耐え忍んだ。
どうにも様子が変だと気が付いたのは、会計でだ。
割り勘だと思っていたのに、彼らは「ご馳走様です」と僕を置いて店を出て行った。
最初から彼らにとって、僕は財布だったんだ。
文句を言う勇気も、喧嘩をする度胸も僕には無い。
ぶん殴れたら、どれだけスカッとするだろう? 正直、脳内では何百回とボコボコにする妄想をしている。……でも、現実と妄想は違う。
チビヒョロガリと三拍子に上乗せして、地味で陰気なモッサリという四重苦、五重苦を背負っている僕だ。
どうにも出来る訳が無い。
お金を出す事でこの場から解放されるならと、黙って全額を支払った。
それがいけなかった。
毎回のように財布は彼らの遊びに付き合わされ、そのうち今日のようにレシートや領収書のみを渡されるようになる。
今のように、一緒に行ったよねと恫喝されて。
「……はい」
僕はレシートに記載された金額を見て、黙ってその額を財布から抜き、彼らに手渡す。
「おう。やっぱ食い逃げはダメだよな。ちゃんとお前の分、受け取ったから」
金を手に、ぎゃははと笑う本郷と2人を見ていると、涙が滲みそうになる。
分かりやすい暴力でイジメられるより、よっぽど陰険で悪質だ。
大人に助けを求めようにも、暴力のように単純では無い分、証明も難しい。……戦う力もない僕では逆らえない。逆らった所で……力もない僕では余計に痛い目を見るだけだ。
「いやぁ……。良い子ちゃんだらけの進学校に無理して入学して、劣等感で毎日クソみたいな気分だけどさ……。蓮田といる時間は最高だよ」
僕は最悪だよ。自分より劣る者でストレスを解消してさ……。劣等感で辛い本郷たちの気持ちも察するけど、じゃあ僕みたいに何も人に勝る部分が無い底辺はどうすれば良いの?……ずっと、サンドバッグとして生きろって事なのかな。
「そんじゃ、また一緒に行こうな!……ああ、そうそう。くれぐれも、山吹美園に近づくなよ? 近づくなら覚悟しろ? ど~しても山吹と話してぇなら良いけどよ……一緒に遊びに行く回数がまた、増えちまうかもなぁ。ははっ。学校のアイドルと会話する対価としては、安いだろ? 気を付けろよ」
そう僕に忠告して、彼らは校舎裏から去って行く。
彼らの姿が完全に見えなくなったのを見計らってから、僕は校舎に背を預けて蹲る。
「……僕には、生きにくい世界だなぁ。……辛い、辛いよ」
かけていたメガネを外し、天を仰ぐ。
根性無しで腑抜けで……男らしくない僕自身が、僕は大嫌いだ。
イジメッ子の本郷たちよりも、よっぽど。
何処に行こうとイジメられるのは、僕が弱々しく情けない男だからなんだろうしね……。
ボサボサに生えた前髪の隙間から、僅かに空が視界に映った。
青い空に、白い雲がゆったりと流れていく。
「……息苦しい。あの雲のように、縛られる事もなく自由に生きられたら……。どんなに生きやすくて、呼吸も楽になるんだろうね」
彼らの持論では、学校で大人気の山吹美園に構ってもらえる対価としては安いという認識らしい。
確かに、入学式の日に僕は山吹美園と話をした。
そしてその可愛さと、僕の様に陰気なヤツとは不釣り合いな高嶺の花だと感じのを、今でも鮮明に覚えている。
大人はキャバクラに行き、お金を店や女の子に払う対価として可愛い女の子とお話をするという。
僕もそれと似た対価を本郷たちに払っているんだ。
別に本郷たちは山吹さんの保護者でも雇用者でもないけどね。
正論を告げて自由に話す権利を主張する力や勇気が、僕に無いんだから仕方ない……。
お金で権利が買えるなら安いもんだ。
そう自分に言い聞かせて、僕は毎回黙ってお金を払う。
この世界に僕の居場所は無い。
なんだか毎日、息が詰まりそうに辛い。
屋外では常にマスクをして顔を隠しているけど、マスクで呼吸が苦しい訳じゃない。
むしろ、マスクを外したらもっと息苦しくなる。
暗く冴えない顔を見られるのも恥ずかしいし、他人の目を汚すのが申し訳ないという気さえするから。
「アルバイト、行かなきゃ……」
僕のバイト先は決してホールに出ないファミレスのキッチン。
客前に陰気な顔を出さず、僕にも出来る方法でお金を稼ぐ。
卒業までずっと、お金を稼いでは一部を本郷たちに渡す。
そうする事でしか、僕はこの世界で生きる場所を確保出来ないんだ。
だから……仕方がない。
搾取される側、男らしくなくて弱い僕だから、仕方がない事なんだ……。
1人でトボトボと校門へ向かっていると、元気にランニングをしている女子生徒たちの楽しげな声が鼓膜を揺らす。
走りながら弾むように会話をする明るい声音の1つに、僕は思わず身を固くする。
「――あっ! 蓮田くんだ!」
ビクッと、小さく身体が跳ねたのを自覚する。綺麗で快活な声から僕の名前が呼ばれた。
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