13話
「え? 今から?」
「ああ、善は急げだろ。家から持って来るから、準備しとけよ。――薫のセンス、俺が見てやる」
意地の悪い笑みを浮かべながら、伶桜は立ちあがり出て行った。……どうしよう。
軽々に引き受けたし、着てくれって提案したけど……。
これは無いって言われたら、立ち直れないよ。
一先ず、クローゼットから一式を取り出し、眺める。……うん、多分だけど、似合うと思うんだよなぁ。
残暑が残る時期に着てもらうのはキツい厚着だけどさ……。
数分とかからずに、伶桜は部屋へと戻って着た。
ショップの紙袋を手に、目をキラキラと輝かせて。
なんなの、その子供みたいに無垢な瞳は?
「待たせたな」
「いや、むしろ相当早いでしょ」
「この服が日の目を見ると思うと、つい……な」
紙袋から取り出したのは……3点の服と白いヒールサンダル、それに黒いロングのウィッグに、化粧品セットだった。
「まずはこの服を着てみてくれ。それからウィッグと化粧だ」
「……待ちきれない子供なの? ワクワクし過ぎじゃない?」
「当たり前だ。ああ、ちなみに説明しておくと、この白キャミソールにライトブルーのボレロカーディガンを着るんだが、リボン結びした部分が前に来るようにな?」
「成る程? スポッって被るんじゃないんだ。結び目は後ろだと思ってた」
女子の服って、複雑なんだな。
こんなの、間違えた着方をする人もいるんじゃない?
「やりがちなミスだからな。後、俺が着るのを想定したからサイズはデカいけど……」
「……嫌味?」
ちょいちょい、僕を傷付けずにいられない病気なの?
そのうち声上げて泣くよ?
「ちげぇよ。オーバーサイズも流行だし、デニムワイドパンツは多少丈が長くても、ヒールが高いから誤魔化せるなって。そう思っただけだ」
「本当かなぁ?……まぁ良いや。ちょっと着てみるから、あっち向いてて」
「分かった」
女装……。
やると決めたとは言え、抵抗があるなぁ……。
でも、やるしかない。
約束しちゃったんだし……着るしかない。覚悟を決めよう!
伶桜が背を向けたのを確認して、僕は渡された衣服に袖を通していく。
うわぁ……。
このキャミソールとか、胸しかかくしてないじゃん。露出多いな。
カーディガンの生地も柔らかくて薄いし……。
この服を伶桜が着ようとしていたのか。
普通に似合うと思うんだけど……。
自分で着てみたら、イメージと違ったのかな? ……というか僕、本当にレディース服一式を着ちゃってるよ。
初めてだけど……。
どうせ僕みたいに地味なヤツじゃあ気持ち悪くなるんだろうな。
ウィッグしても地味な顔はどうにもならないしさぁ……。
「……着るの、終わったよ」
今更ながら後悔しつつあったけど、約束は約束。
姿見鏡も見ずに声をかけた。
自分で鏡を見て、気持ち悪くなって約束を破る事になるのが嫌だから。
そうなる前に、思い切って声をかけた。
「おお……。意外にサイズは合ってるな。首から上は、アレだけど」
「アレで濁しても、傷つくからね? 顔がアレなのは、僕が1番分かってるよ……。メガネで頭もボサボサだし、冴えないから気味悪いって言いたいんでしょ? もう脱ごうか?」
「そう怒るな。首から上は、これからメイクとウィッグをするんだから良いんだよ」
苦笑しながら言うと、伶桜は屈み――僕の腹筋を指でなぞった。……なんかゾクゾクって来たんだけど。え? セクハラ?
「腹筋に、綺麗な縦線が入ってるな。……機材もあるし、筋トレしてたのか?」
あ、そう言う事か……。
露出が多い服装だし、そこが気になったんだね。
「うん、この4年間は毎日」
「ま、毎日? 凄いな……」
本当に感心したような声を漏らしながら、伶桜が僕の腹筋をペタペタと触る。
確かに、自分でお腹を見ても、縦線は良く見える。……でも横線は見えない。
6パックなんて、夢のまた夢だ。
「……僕が望んだような、格好良い肉体美は手に入らなかったけどね。結局、無駄な努力だったよ」
改めて虚しくなる。
結構、頑張ったんだけどな……。
汗だくになって、毎日毎日続けてさ……。
「無駄じゃねぇよ」
「え?」
「薫が頑張って来たから、服も喜んでる。こんなに服を魅力的に着こなせるのは、薫の努力の成果だ」
「…………」
「自分のして来た努力を、無駄なんて言ってやるな。誇れよ」
初めてかもしれない。
僕が理想の格好良い男を目指して努力して来たのを、こんな風に認めてくれたのは。
思っていたのとは違ったけど……こうして褒めてもらえるなら、筋トレも女装も、やって良かったなぁ。
そう思えるのは……伶桜のお陰かも? なんか……目頭がジンと熱くなって来たよ。
「くびれも綺麗だしな」
「男の身体に、くびれは出来ないんだわ」
「現にあるぞ?」
ペタペタ触りながら、真剣な瞳を浮かべないで。頭をハタきたくなる。
「単純にガリガリだから、骨盤が浮いてるだけだよ。やっぱり、僕に喧嘩売ってる?」
「誇れよ」
「誇れないよ。さっき同じ言葉で感動した僕の純情を返してくれるかな?」
一瞬で泣きそうだった喜びが消えたよ。
伶桜は純情をぶち壊さないと死ぬ病気なの?
「そんじゃ、メイクしてからウィッグするからさ。座れよ」
「ん……。分かった」
僕が床に座ると、伶桜も目の前に座って化粧用品セットを広げる。
量が多いんですけど……。
何コレ、女の子はこんな量の道具を使い分けてるの? ヤバくない? 美術の時間に絵画をした時より多いんじゃないかな?
「えっと……。まずはっと」
伶桜は普段、化粧なんてしてないんだろうな。スマホを弄って化粧方法を確認している。
ネットサイトを直接見るんじゃなくて、異常な数のスクショを見ている事から、伶桜が前々から化粧をしたくても踏み出せずにいたのが伺える。
試す相手が素材の悪い僕でゴメンねと、罪悪感を覚えちゃうんだけど……。
「よし、メガネは外してくれ」
「……分かった。よろしくね」
「おう」
メガネを外しているから視界がぼやけて見えないけど……。
張りのある声から、きっと今の伶桜は楽しいんだろうなと分かる。
まぁ、マネキンだって全部が素材良い訳じゃないだろうし。
伶桜が楽しんでくれるなら、良いかなぁ……。
そのまま20分ほど経過して――。
「――よし、最後にウィッグを被せて……ぇ」
ちょっと眠りかけていたけど、やっと完成したのか。
ボサボサの頭へ乱雑に網のようなものを被せられてから、その上にウィッグを乗せられる。
伶桜が位置を少し調整すると、動きも声も止まってしまった。……なんかこの状態で沈黙って、もの凄く気まずいんだけど?
「何? どうしたの? 言葉を失う程に気持ちが悪いなら、ウィッグ取るよ?」
「取るな!」
「ぇ……」
溜息交じりにウィッグに手を伸ばそうとすると――間髪入れずに、大きな声で制止された。
腕は伶桜にギュッと掴まれている。……握力、強くない? 痛いんですけど。
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