9.風の音
居酒屋では、仕事のこと、最近の新譜CDの現状、何が売れ線で人々はどういった物を求めているのか、っていう話に夢中になった。酒の勢いも加算され、声が枯れてしまうんじゃないかというほど熱論した。仕事の合間にちらと話していたときから気が合うんじゃないかと思っていた。価値観がってことじゃない。話し方が。会話のペースが。時計を目にしたときは終電前だった。
猛ダッシュして駅までたどり着き、改札をくぐり、手だけ振って、別々の路線へエスカレーターを駆け上がった。失態である。肝心なこれからについての話を一切していないままだった。
家に着いた頃は走ったせいもあってか、しこたま酔いが回っていて、若干今日の飲みに「?」が浮かんだが、とりあえずは布団にダイブすることにした。細めのシャツを首から引っこ抜き、タンクトップとパンツだけになって眠ろうとしたら、鞄に入れたままになっている携帯電話から着信音が鳴った。ぐでんぐでんだったので無視を決め込むという手もあったが、ゴム人形のように身体をもぞもぞと動かし、鞄に手を突っ込んで見つけた携帯の着信ボタンを押し、耳に当てると、風の音がゴオと届いた。