6.最下層の予測
不倫を始めてから二ヶ月が経った。周りにも悟られておらず、まずまず順調だ。同じ売場のコニーは私が最近薪さんの話をしなくなったから不思議そうにしているけれど。
「ほら、あそこ、あっちに薪チーフがいるよ」
とコニーが洋楽ロックの棚を目配せしながら訴える。
「わあ、ほんとだ。かっこいいなあ。胸がキュルンてするねえ」
コニーはヤクザの親分がチンピラを叱るような目で私を睨み、
「キュルンてなに。気持ち悪いよ」
とのたまったあと「おかしいよー? おのやん寒いよー?」とケチをつけてきた。
「そうかな」
あやしまれている。どこがどう変わったのかはわからないだろうが、私の反応が今までと微妙に違うということくらいは見抜いているようだ。コニーには話してしまうか。しかしなあ、それはそれで問題が。
ここはレジカウンターだっていうのにコニーは軽々しく薪さんの名前を口にしたり、薪さんを見つけると目配せして知らせてきたりする。私が薪さんを好きだということは誰にも秘密なのに。誰が聞き耳を立てているともわからないのに。社内恋愛はいつの時代だってトラブルに成り得る。知られない方がいいに決まってる。たとえおふざけの片想いに見えたとしても。
それにしても薪さんが結婚したということは、下っ端アルバイトには知らされていないようだけど、もしそれが公然になった上で、私が薪さんの熱烈ファンだということがばれたら、下手したら社会のルールを破る無法者として弾かれかねない。
「もう好きじゃなくなったの?」
「そんなことないけど、どうがんばったって薪チーフには手が届かないよ。あきらめたほうがいいんじゃないかとは、思い始めてる」
「そんな心配することないよ。好きになるのに手が届く届かないはない。無理だって思ってても、自分が思ってるほど無理じゃないんだぞ」と、コニーは親指をびしっと立てた。
「そうかなあ」
「恋には意外性しかない」
「ええ、そうかなあ」
いつもどこかで想定内のことばかり起こるんだけど。薪さんが既婚者だったという正体も、奥さんが三船さんだということも、薪さんが私との不倫を楽しもうとすることも、どこか予想の範囲内だった。ありそうな順から予測を立てていき、まずはありえないだろう思っていた、順番でいうとずっと後のほうの、最下層の予測。その最下層の予測が当たって私と薪さんは不倫関係になった。これが意外性といえば、意外性なのか。