11.あまりにも麻薬的な
電車の走る音が電話の向こうでガタンガタンと何度か消えていった。
「事務所や控室で小野さんに会うたび困った。いつも綺麗で……どこ見たらいいかわからなくなる」
「何言ってるんですか」
堰き切るように否定した。もし仮に私の容姿が綺麗だったとしても、それに値した能力を持ってなければ無意味だ。容姿から勝手に期待され、あとになってがっかりされたことが幾度となくある。仕事もあまりできない。よく間違えて怒られることがしばしばあるし、覚えも悪い。出来が悪いということを、ばれないよう必死に隠して努力しても、いつしか気づかれがっかりされる。だから容姿に言及した言葉は嫌いであり恐怖だ。
「薪さんこそ、いつ見てもかっこいいですよ」
容姿にとらわれた発言が嫌だというのに、同じ言葉を返していた。電話の向こうでぷっと笑うのが聞こえた。だけど本当に仕事をしているときの機敏な動作、それとは対照的に休憩中や仕事が終わったあと、のらりくらりと歩いている様はマイペースな自信が滲み出ていて美しかった。他のどんな人にも見られるような、差し迫った何かに追い立てられるように仕事をしているように見えないところ。周囲や社会の常識など、振り回されそうなものに振り回されていなさそうなところ。それらが気品となり、いっそう美しさを増長させているようだった。
「小野さんから告白されたとき、うれしかった。夢かと思った……」
携帯電話から麻薬のようにしびれる言葉が、あとからあとから降って来て、うろたえた。
控室で一緒になったり、廊下ですれ違うとき、皺を寄せて微笑むあの笑顔が、好意的なものであり、特別なことを意味していたら、どんなにいいかと願っていた。あの笑顔が誰にでも向けられるものじゃないといいのに、と。それほど愚かな望みではなかったということか。
「何か言ってくれよ。酒で回らない頭をふる回転させてるんだから」
「……ちゃんと人がいないとこで電話してますか? 通りすがりの人が聞いてたら、すごく恥ずかしいですよ……」
「それはしまったけど、もう遅い……。すでに俺が今ものすごく恥ずかしい」
それを聞いて思わず笑ってしまうと、携帯電話の向こうで薪さんも笑っていた。
電話を切ったあと、まだ布団の冷たいところを探し、胸に抱いて横になった。いつバチが当たってもおかしくないと思うくらい、夢心地だった。




